5.説明会

弘は、景子と説明会に出掛けた。

東側の校門には、報道関係者が詰め掛けていた。

三名の警備員が交通整理をしている。

校門を通過すると、すぐに、生徒氏名と保護者氏名を記入する用紙を手渡された。

景子が記入して提出すると、見覚えのある先生が、何かの資料と照合した。

「どうぞ」

弘は、車を前進させた。

運動場の中程に、二十台程の自動車が、既に駐車していた。

車から降りると、すぐ目の前が体育館だ。

体育館へ入ると、ホールがある。

壁には土足禁止の貼り紙が正面の壁に掲げられていた、

一階の体育館へ続く通路と二階の講堂にあがる階段がある。


貼り紙の通り、普段は土足禁止なのだろうが、靴のままで二階へ上がった。


二階の講堂に入ると何列にもパイプ椅子が置かれていた。

正面の舞台中央に演台が置かれている。

正面右側のパイプ椅子に、先生方が掛けている。

皆、緊張している。

保護者が五十人程、二人か三人ずつ思い思いに腰掛けている。

弘と景子は、前から二列目の演台に向かって右端の席に着いた。

すぐ横が学年主任の川口先生の席だ。

弘と景子は、川口先生に向かって会釈した。

川口先生は、やはり、緊張した面持ちで固い会釈を返した。


すぐ後から、何人もの保護者が講堂へ入って来た。

弘の隣に、辻倉さん夫婦が席に着いた。

気付いた景子が、弘の腕を突いて合図した。

弘も気付いて、辻倉夫婦に軽く会釈した。


これだけの大人数なのに、足音以外、咳一つ聞こえない。


午後六時四十五分。

一気に保護者の人数が増えた。

パイプ椅子が足りずに、先生方が座席を増設している。

保護者も手伝い、あっという間に皆、着席した。

講堂は、後方二ヶ所の出入口付近を残して一杯になった。


午後七時、蓑田校長が演台に現れた。

「時間になりましたので、今回の事件について、現時点で判明している内容をお伝えいたしまします」

真っ直ぐ正面、一人一人の保護者に目を向けて話した。

更に、蓑田校長は、後程、時間無制限で質疑応答をするとの事だ。


「私は、三年四組の長野泰裕の父で、長野宗裕といいます。この説明会は、何時迄のお考えですか」

長野氏が校長先生に向かって大声で尋ねた。

「時間は、考えていません」

校長先生が答える。

「私は、明日、仕事があります。何時まで掛かるのか、分からないというのは、無責任じゃないですか」

長野氏が大声で苦情を云った。


しかし、誰一人、声を上げる者は、居なかった。

「三年四組といえば、政木柚葉と同じクラスですね」

校長先生が尋ねた。

長野氏の返事をする声は、聞こえなかった。

着席したままなので、頷いたのかもしれないが、見えなかった。

「泰裕君は、ショックを受けていませんでしたか」

校長先生が、生徒を気遣って云った。

「後程、お話ししようと思っていましたが、先に、お話しします」

そう云って校長先生は、話し始めた。


保護者の方々も心配しているだろう。

ましてや、生徒は、もっと大きな衝撃を心に受けている筈だ。

その衝撃を取り除く事は、出来ないだろう。

しかし、丁寧に寄り添い、相談に乗って、心の負担を軽くする事が最優先だ。

その事について、相談する時間に制限するつもりは、無いと云った。

校長先生の、並々ならぬ決意が窺われる。

長野氏は、まだ納得していないようだが、今は黙っている。

誰からも、長野氏に同調する声が上がらなかった。

「それでは、今回の事案について、説明します」

校長先生は、始めてノートを開いた。

そういえば、何時ものように、メモ用紙に目を落とし、「お忙しいなか」という、ありきたりな挨拶もなかった。


政木柚葉さんは、午前六時三十分頃、体育館と西校舎の間の荷物の搬入口から登校している。

午前六時四十分頃。

少女Aは、政木柚葉と同様に搬入口から校庭に入った。

これらは、防犯カメラに捉えられていた。


「ここからは、岡野先生と川口先生から聞き取りした内容を詳細に、お伝えします」と校長先生が断ってから、話し始めた。

午前六時四十五分頃。

岡野先生が出勤して来た。

職員室の前で、呆然とした少女Aが居た。

声を掛けると、我に返って、岡野先生に「柚葉が死んでる」と云った。

岡野先生は、何か聞き間違えたのかと思って、「早く学校へ行かんと遅刻するぞ」といって、少女Aに近づいた。

うさぎの飼育ケージの前で、女子生徒が倒れていた。

近づいて見ると、政木柚葉さんだった。

警察署の記録では、午前六時四十八分。

岡野先生は、慌てて警察に電話を入れた。

栗林南警察署が、電話に出た。

岡野先生は、警察官から聞き取られるまま、答えた。

生徒が倒れている。と通報した事だけしか覚えていないようだ。

すぐに川口先生と教頭先生が出勤して来た。

川口先生は、状況を見て、岡野先生に、救急車を要請しているのか確認した。

警察に通報した時に、警察から消防へ連絡する。と云われた事を思い出した。

午前七時前。

教頭先生は、校長先生に連絡し、臨時休校の保護者メールを作成して、送信した。

栗林南消防署も栗林南警察署に隣接している。

川口先生は、用務員を探して、新館の中庭へ向かった。

用務員は居た。

いつもの通り、水槽の清掃をしていた。

川口先生が、用務員に東側校門を開けるように依頼した。

数分後、パトカーが四台サイレンを鳴らして到着した。

すぐ、救急車が続いて到着した。

パトカーと救急車は、東校門を通って体育館の前に停車した。

校長先生が学校に到着した。


腕章を付けた刑事らしい警察官が五、六名、制服の警察官が十名以上見えた。

岡野先生が、刑事を先導して、西の中庭へ向かった。

職員室の隣、指導室の前にある、うさぎの飼育ケージに、政木柚葉が倒れている。

その正面に、少女Aが佇んでいた。

女性刑事だろうか、少女Aに声を掛けた。

少女Aは、女性刑事に付き添われて、中央通路からパトカーの停まっている運動場へ向かった。

六人の鑑識課員が、うさぎのケージ周辺を捜索している。

刑事が、鑑識課員に何か尋ねて、救急隊員に会釈した。


救急隊員が担架に政木柚葉さんを乗せると、ストレッチャーに移した。

そのまま、中央通路から運動場の救急車へ運び入れると、サイレンを鳴らして校庭から出て行った。

暫くすると、一台のパトカーがサイレンを鳴らして、校庭から出て行った。


岡野先生は、応接室で刑事に事情聴取されて、それまでの経緯を話した。


午前八時。

刑事が学校へ来た。

岡野先生から、事情聴取をしている刑事に、何か耳打ちした。

そして、メモを手渡すと応接室から出て行った。


校長先生は、同席を求められたので、そこから校長先生は、刑事から捜査状況を伝えられた。

政木柚葉さんと他校の少女Aは、二人だけのグループ登録でメッセージアプリを利用していた。


政木柚葉さんから、大切な忘れ物があるから、朝、学校へ取りに来て。と少女Aにメッセージを送信していた。

政木柚葉さんも少女Aもスマホを所持していなかった。

学校は、校内への持ち込みを許可していないからだ。

持ち込む場合は、電源をオフにして、担任に預ける事になっている。


刑事が両者の自宅を訪ね、スマホの提出を求めた。

少女Aは、忘れ物とは、うさぎの事だろうと思い、政木柚葉さんと話しをしようと思っていた。

政木柚葉さんが先に登校した。

少女Aがうさぎのケージに来た時に政木柚葉さんが倒れていた。

近づいて見ると、息をしていないと思った。

気付いくと、岡野先生が目の前に立っていた。

解剖所見がまだ出ていないが、おそらく絞殺だろうという事だ。

刑事は、署へ戻った。


午後二時。

職員会議を開いた。

ところが午後四時過ぎ、刑事が来た。当校の男子生徒Bが、南署へ出頭して、自分が政木柚葉さんを殺害したと自供した。

真偽の事は、分からないが、早急に保護者説明会を設ける事にして、現在の状況を説明する事になった。

「これで、私からの報告は終わります。何か質問がある方はどうぞ」


景子が驚いた。

「どうぞ」校長先生が、弘を指定し発言を認めた。

「私は、三年二組の秋山千景の父親で、秋山弘といいます。質問があります」

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