1.臨時休校

弘は、自家用車で、千景を中学校まで送っている。


三年生になって、すぐの実力テストで、英語が六十四点だった。

もう、高校受験だというのに。と云って、景子は、恐ろしい剣幕で叱った。

ただ、千景の名誉のために云っておくと、英語以外は、九十点以上だった。


それ以降、本来は、自転車通学なのだが、何を考えているのか、車で登校している。

そして、学校から、歩いて帰宅するようになった。


朝は、いつも、始業時間ぎりぎりに登校している。


車の中では、以前から学校へ行きたくない。と云っていた。

弘は、「おっ。あの子は、誰や」と千景に話し掛ける。

車の窓から徒歩や自転車で登校している生徒を見付けては、千景に尋ねている。

こうして、千景を自動車で、学校へ送っていると、遅刻ギリギリに登校している生徒も多い事に驚く。


学校へ行きたくない。と云う言葉を聞くより、誰かの噂話をする方が、登校する憂鬱さよりましだろう。

しかし、今日は、誰も学校の方へ向かっていない。

いつもの辺りで、同級生の二人も見掛けない。

学校に近づいても人気が無い。

千景を車から降ろしている北側の教職員専用駐車場には、いつもの通り、車が満車だ。

千景を車から降ろすと、ハンドルを切り返し、方向転換して帰りかけた。

千景は、東側校門で立っている教師だろうか、挨拶している。

突然、千景は慌てたように走って戻ってきた。

「とうしたんや」弘が尋ねると「今日、臨時休校になったわ」千景が云った。

嬉しそうだ。

千景を車に乗せると、駐車場側の通用口に立っている教師に、軽く会釈して引き返した。

「あの先生は、誰や」

弘が尋ねると、「学年主任の川口先生。それより、何かあったみたいや」

ああ。あれが川口先生か。と云う前に、千景が学校の異常事態に、心を奪われているようだ。


校庭の内に救急車とパトカーがいたそうだ。

何かあったのか。

救急車とパトカーがいて、学校が休校になるくらいだから、間違いなく、相当な事件が起こっている。


帰宅すると、景子は、まだ家に居た。

休校になった事を説明すると、慌ててメールを確認した。

保護者メールは、午前七時丁度に着信になっていた。

保護者メールを景子が見ていなかったようだ。

景子は、そのまま出勤した。


秋山は、便利屋の「何でもするゾウ」に電話を入れた。

今日、休む事にした。


千景は、ココアを入れて飲んでいる。

最近、千景は、朝食も水分も採らない。

休日は、遅く起きて、朝食と昼食を兼ねた食事をのんびりと食べる。

しかし、今日は違う。

食卓でスマホを熱心に見ている。


千景は、メッセージアプリを見ている。

クラスでグループメンバーのメッセージを確認しているようだ。

千景が何か返信しているようだ。

「怜奈からや」

片山怜奈さんは、登校する時間が早い。

テスト期間の一週間前から、午前七時くらいに登校して、勉強している。

三年生になってからは、高校受験に備えて、毎日、午前七時に登校している。

つまり、保護者メールの着信がある前に、登校していた。


「何か、あったんか」

弘は、尋ねた。

「美加が、西田の美加ちゃんが、学校に来とったらしい」

千景がスマホを見ながら伝える。

「美加に、何かあったらしい」

西田美加。

千景と同じ保育園、同じ小学校。

クラスは、一緒になった事もある筈だ。

同じ中学校に通っていた。

一年生の時は、別のクラスだったと思う。

二年生では同じクラスになった筈だ。


二年生の三学期終了後に、転校した。

それも、すぐ隣町の丸肥中学校へ転校した。

住居は、そのままで、引越などはしていない。

丸肥中学校へ転校した筈なのに、石木中学校へ来ていた。

どういう事だろう。


千景は西田美加さんと、比較的、仲が良かった。

美加さんは、政木柚葉さんとの仲違いした事や、一年生女子バレーボール部員との対立で悩んでいた。


その後、うさぎの死骸遺棄事件があって、美加さんは、不登校になっていた。

千景が、学年主任の川口先生と一緒に、うさぎの死骸遺棄事件を調べていたようだ。

誰が、うさぎの死骸を教室へ遺棄したのか、結局、分からないままだ。

死骸になったうさぎと、美加さんの関係も分からない。

美加さんは、穴うさぎを購入しようとしていた。

何故、美加さんは、穴うさぎを購入しようとしていたのか。


それと、無関係かもしれないが、ペットショップの丸肥店に、何件か、うさぎのそれも、穴うさぎの問い合わせがあった。

そして、ペットショップの西入浜本店では、四十代の男性が穴うさぎを購入している。

調査した結果、分かった事は、ここまでだ。


美加さんは、何も云わずに。いや、千景に会う事もなく、転校する事になった。



スマホを睨む千景の顔が強張った。

ひぃーっ

声にならない千景の悲鳴が聞こえた。

「お父さん」千景の驚いた声。

弘も、千景の声で、訳も分からず驚いた。

「大変」千景の声が震えている。

千景が、思いもよらない事を云った。

「柚葉。死んだ?」

千景が誰かに問い掛ける。

「柚葉が死んだ!」叫ぶ。


「それは」弘が云いかけた時。

「ちょっと待って」千景が、息を呑んだ。

今度は、誰の書き込みを見ているのか。


玄関から大きな音が聞こえた。

引き戸が、木枠にぶつかった。

すぐ「お父さん。居る?!」景子が、血相を変えて、帰って来るなり「大変な事になってるわ」と云って、居間に駆け込んだ。


景子が、居間に入ると、千景の表情を見て、こちらも、心配そうに、テーブルに着いた。

「どうなってるん?」

景子が、心配そうに聞いた。


「うん」

弘は、政木柚葉さんが死んだらしい事。西田美加さんに、何かあった事を伝えた。


「何か。って、何があったの?」

景子が更に尋ねる。


千景はスマホを見ている。

「美加が、警察に連れて行かれた」

千景が、スマホを睨むように見詰めて云った。

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