2.職員会議

「早急に、保護者説明会を実施すべきです」

斉藤先生が、職員会議で、保護者説明会の早期開催を主張した。


職員会議は、通常、職員室を校長室、指導室と応接室を挟んだ、隣の会議室で行う。

今日は、職員室で、教師は、自身の席に着いての職員会議だ。

用務員も出席している。

「しかし、何も状況が分からないまま、何を説明するのですか」

川口先生は、今の状態で、説明会を開く事を危惧していた。

「ある程度、事実が判明してから、保護者にも、生徒にも説明すべきじゃないですか」

川口先生は、斉藤先生の意見に反論した。


斉藤先生が、今日現在、どのような状況であるのか、学校から、はっきり伝える事が、重要だと説明した。


川口先生は、不確かな状態で、説明すべきでないと考えている。

事実関係が明らかになってから、説明会を実施すべきだと思っている。


職員会議は、午後二時過ぎから、始まった。

まだ、二時間しか経っていない。


「斉藤先生は、この段階で、どんな事を話する、おつもりですか?」

蓑田校長が、喋ろうとする斉藤先生を制して、川口先生に視線を変えた。

「また、川口先生は、どの段階まで待って、説明会を開くべきだと、お考えですか?」

どうやら、斉藤先生の意見に、蓑田校長が、賛成しているようだ。

川口先生は、考え込んだ。


「校長。私は、ある程度、事件の輪郭が、はっきりしてから、説明すべきだと思います」

岡野先生が、川口先生の意見に賛成した。

岡野先生が、西田さんと、最初に接触した。

そして、亡くなった政木さんを見ている。

おそらく、強い衝撃を受けただろう。

まだ、状況を把握出来る思考の整理が出来ていないようだ。


「校長。良いですか」

斉藤先生が、発言の許可を求めた。

蓑田校長が頷いた。

「まず、今朝、起こった事件の事実を説明します。それから」

斉藤先生が保護者に説明する内容を時間に沿って列挙し始めた。

川口先生は、蓑田校長が、説明会の早期開催に賛成していると感じた。

仕方がない。川口先生は、説明する内容を書き留め始めた。


その時、刑事が職員室へ入って来た。

「ちょっと、すみません」

皆、一斉に刑事の方を見た。

「校長先生。ちょっと良いですか」

刑事が、蓑田校長に何か耳打ちした。

「ええっ!」蓑田校長が、驚いた。

蓑田校長が、刑事から聞いた事を伝えた。

―ええっ!―

教師全員、驚きの呻き声が上がった。

大西君が、先程、警察署へ出頭して来たそうだ。

「大西君が、自分が政木柚葉さんを殺害したと自供している。だから」

斉藤先生が、一呼吸置いて続けた。

「やはり、早く説明会を開くべきです」

斉藤先生が強く主張した。

川口先生にしても、一刻も早く、保護者に説明すべきだと云う事は、分かっている。

だからと云って、不確実な事について説明は、出来ないと思っている。

「ちょっと待って。大西君は、確かに自供したのかもしれないけど、その自供が、本当がどうか、分からないわ」

川口先生は、感じている事を云った。

「でも、自供したのは、事実だし、その自供した。と云う事実だけは、伝えるべきだと思います」

斉藤先生が、あくまでも事実だけの説明だから、必要だと主張する。


「だから、大西君が自供したという事実だけを説明すると、保護者の皆さんに、大西君が、犯人だと、印象付けてしまうでしょ」

川口先生は、躍起になって云った。

「えっ?川口先生は、大西君が犯人じゃないと思っているんですか?」

斉藤先生が驚いて、しかし、少し安心したように川口先生に尋ねた。


川口先生は、信じられなかった。

西田さんが、政木さんを殺害した。

と思われても仕方がない状況だった。

しかし、西田さんが、犯人だとは、思っていない。


大西君にしても、遅刻している時間に登校している。

政木さんが、殺害された時間に、まだ、登校していない。


大西君は、いつも学校へ、午前八時半くらいの登校だ。

つまり、遅刻常習犯だ。

今日も、登校して来たのは、午前八時半以降だった。


ちょうど、特別支援学級の塚本君が、登校した後だったので覚えている。

事件が発生して、パトカーが到着し、救急車が政木さんを搬送した後だった。

塚本君をどうやって、帰宅させようかと迷っていた。

その直後、大西君が登校して来た。

大西君に、塚本君を自宅まで見送るように頼んだ。

大西君は、川口先生がお願いすると、素直に応じた。


塚本君は、軽度の障害がある。

同じ地域の生徒が、見守りながら登校する事にしている。

危険な事をするような性格ではない。

勿論、一人で登校する事も出来るとは思う。


塚本君は、登校途中、立ち止まると、その場で、ぐるぐると回り始める。

それを何度も繰り返されると、見守りで、付き添う生徒も、遅刻をしてしまう。

中には、一緒に登校するのを嫌がる生徒もいる。

だから、他の生徒に頼んでも嫌がるだけだと思った。

どういう訳か、大西君には、信用して塚本君を預けられると思った。

大西君は、他の先生方に、評判は良くない。

どうして評判が良くないのか分からない。

特に、授業態度が、悪い訳でもない。

誰かと、喧嘩をする訳でもない。

勉強が出来ない訳でもない。

強いて云えば、毎朝、遅刻する事くらいだ。

仲の良い友達が、居ないからかもしれない。

しかし、同級生から、嫌われているようでもない。

寧ろ、女子生徒には、好かれている。

三年生になって、担任は西川先生だ。

一年二年生では、斉藤先生だった。

西川先生も斉藤先生も、大西君の事を悪くは、思っていないようだ。


また電話が掛かって来た。

教頭先生が電話に出た。

西川先生からだ。

亡くなった政木柚葉さんの対応に、西川先生が追われている。

政木さんが、搬送された病院から自宅へ回っていた。

政木さんの母親に連絡をとり、自宅から母親を伴って病院へ戻っている。


「教頭先生。至急、病院へ行ってあげてください」

蓑田校長が指示した。


また、電話が鳴った。

また、教頭先生が電話を取った。

「校長先生。教育委員会からです」

朝から、何度も連絡をしている。

教育委員会からも、二名、出向いてきている。

当初から、マニュアルに沿って対処するように、要請があった。

特殊事案に対するマニュアルは、存在する。

しかし、マニュアルを運用する人物によって、対応が変わるのだ。


川口先生は、気付いた。

これが、本当の職員会議だ。

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