3.発端

「ごめんなさい」

朝会で、彩乃が謝った。


オンライン授業の前、朝会の時間だった。

欠席者は居なかった。


彩乃が、挙手をした。

担任の西川先生が、彩乃に発言を許可した。


「昨日、刑事さんが、自宅に来ました。柚葉さんの事件に付いて、尋ねられました」

彩乃が、話しを始めた。


そこまでは、昨夜、弘君から聞いている。

ただ、その先は、そのうちに分かる。

と弘君に云われた。


彩乃が、柚葉を殺した犯人なのか。

少し、心配した。

しかし、こうして、授業にも出席して警察に拘束された居ない。


「ちょっと待ちなさい!」

途端、西川先生が、発言を制止した。


「話しをして、大丈夫なの?」

西川先生が、発言を止めて尋ねた。

政木柚葉さん殺人事件の話しになると、かなり、差し障りがあるからだ。



西川先生が悩んでいる様子だ。


「分かったわ。ただし、人の名前に付いては慎重にね」

西川先生が、発言を許可した。

彩乃が、柚葉を殺した犯人ではない。

と確信したようだ。


刑事さんも彩乃を、警察署へ連行していないと思ったのだろう。

西川先生の孤独な決断だ。


「去年、学校で、うさぎが、逃げた事がありました」

彩乃が云った。


同じクラスだった生徒は、覚えている筈だ。

ここが、発端だ。


彩乃の話しは、続く。

昨年、柚葉のイベント活動は、新型コロナの影響を受けていた。

一年間、イベント活動は、無くなっていた。

やっと、今年、夏のイベントが復活した。


ただ、バレーボール部の大会とイベントの日程が重なった。

バレーボール部員の一、二年生が、試合に出場する可能性は無い。


だから、柚葉が、一、二年生に、イベントへ来場してもらいと云った。

柚葉は、美加と彩乃に、一、二年生がイベントに来場できるよう協力を依頼した。


彩乃が、柚葉の意見に賛成した。

去年、夏休みの練習に参加して思った。

三年生のためだけの、大会だった。

一、二年生は、試合を応接するだけだった。

しかも、これだけ、新型コロナの影響で、皆、ストレスを抱えている。


更に、彩乃は、柚葉のイベントのチケットを既に、一年生が、購入している事を聞いた。


ところが、その一年生は、夏休みに入って、そんな事を云える状況ではないと感じた。

三年生は、必死だった。


彩乃は、同じポジションの一年生を宥めた。

三年生に、イベントへ行けるように、交渉すると云った。


ただ、交渉が成立する否かは、分からない。

だから、他の部員に口外しないようにと云った。

つまり、口止めした。


彩乃が思ったのが、一、二年生には、試合に出場する機会が無い。

それなら、夏休みの練習には、参加すべきなのだろうが、大会の応接にまで参加を促すのは、間違っている。

と思ったようだ。


だが、美加は、少し違っていた。

一、二年生に、夏休みの練習を強制しない。

大会の応接への参加も強制しない。


しかし、美加自身は、三年生が、大会で優勝できるように、協力したい。

三年間、練習した集大成だ。


だから、美加は、大会の応接も全力でする。

三年生と、そんな交渉は、しないと云った。


それを聞いて、柚葉が、どう思ったのか分からない。


成程。

ここから、美加と彩乃のすれ違いが、始まったのだ。


夏休み、バレーボール部は、三年生、最後の大会に向けて、練習に励んでいた。

一年生、二年生も練習に参加していた。


ある日、彩乃が練習後、うさぎの飼育ケージの前を通った。

ケージの留金が開いていた。

美加が、練習前に締め忘れたのだろう。

そう思ったそうだ。


彩乃が、留金を留めようとした。

その時、「何してるの!」柚葉の声がした。

突然だったので驚いた。


その拍子に蓋のバネが弾けた。

うさぎが逃げた。

しかし。うさぎは、殆ど動かなかった。

柚葉が、うさぎを捕まえて、ケージに戻した。


「ありがとう」

彩乃が柚葉に礼を云った。


「彩乃も美加に不満があるんや」

柚葉が何か誤解したようだ。

決して、わざと、うさぎを逃がした訳ではない。

しかし、柚葉は、彩乃が故意に、うさぎを逃がそうとした。と思っているようだ。


夏休み明け。

美加が、この九名の、チケット代の返金を柚葉と交渉した。

イベントのチケットを購入していたバレーボール部員は十一名。

内、イベントへ行かなかった部員が九名。


美加と柚葉の交渉は、随分と長引いた。結局、柚葉が、チケット代の返金に応じた。


更に、彩乃が、柚葉にイベントへ参加した部員へ、いくらかの返金を求めていた。

彩乃は、以前、チケット代の仕組みを柚葉から聞いて知っていた。

チケット販売の仕組みと、報酬の割合だ。

だから、返金は、可能だと思ったそうだ。


彩乃は、何度も、返金交渉のため、柚葉の自宅を訪ねていた。


ある九月下旬、また、柚葉の自宅を訪ねた。


「こら!止めなさい」

庭の方から、柚葉の声が聞こえた。

玄関脇の庭の門扉から覗くと、柚葉が居た。

柚葉の足元にうさぎが二羽居る。

飼っている「ラヴ」と「コロ」だ。


相性が悪いのか、喧嘩が絶えないらしい。

柚葉が、困っていた。


そんな時、学校で飼育している、うさぎが逃げた。


いや、すり替えられた。

「ラヴ」と「ラブ」か、すり替えられた。

美加は、それを知っていた。


美加は、「ラブ」、「ミミ」と「ラヴ」を見分ける事が出来るから。

だから、すり替えられても、すぐに分かったと思う。


学校の飼育ケージに居たのが、「ラヴ」だった。

だから、すり替えたのは、柚葉しか居ない。

しかし、美加は、それを誰にも、云わなかった。

美加は、これ以上、柚葉との仲を拗らせたく無かった。

千景は、美加本人から聞いている。


もう、柚葉が殺害されているから、本当の事は、分からない。


彩乃は、転校する前に、一度、美加と話したかった。

バレーボール部も退部してしまった。

話しをする機会を失くしてしまった。

美加が、学校へ来なくなった。

そして、転校してしまった。


その、きっかけとなったのが、あの事件だ。

教室へ、うさぎの遺骸が、遺骸された事件だ。


「その、うさぎを殺したのは、私です」

彩乃が、衝撃的な内容を淡々と。話し続けた。

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