2.糸口

待ち合わせ時間に、少し早いが、大西君の自宅を訪れた。

大西君は、玄関で待っていた。


弘は、大西君と、待ち合わせをしていた。車に乗せて、笠本工務店へ向かった。


「両親に話したんか?」

大西君が、大工さんに、なりたいと思っている事を両親に相談した。

そして、今日、笠本社長と面接なのか相談なのか、話しをする事になった。


「あっ。それで、警察に持ってった、うさぎ。どうなりました?」

大西君が尋ねた。

答える前に、笠本工務店へ着いた。


「そう言われたら、まだ、何の連絡も無いなぁ。すぐ聞いてみるわ」

弘は、答えた。


笠本工務店の事務所へ入ると社長が待っていた。

大西君が、すぐに、応接テーブルへ招かれた、

事務所の応接テーブルで、大西君が笠本社長と話しをしている。


事務所の隅で、栗林南警察署に、電話を入れようとした時、着信があった。

「お疲れさまです。秋山です」

林刑事からだ。

要件は、すぐに「砂時計」へ来いという事だ。


大西君の面接が、終わるまで少し時間がある。

すぐに戻ると笠本社長に伝えて、「砂時計」へ向かった。


「いやあ、すまん。遅うなってしもた」

林刑事が、ドアの牛鈴を鳴らして入って来た。


「遅かったなあ」

弘は、林刑事に呼び出されて、喫茶「砂時計」に来ている。


「打ち合わせが、長引いてなぁ」

林刑事が言い訳をする。



「儂は、忙しいんや」

弘は、以前、林刑事を呼び出した時、同じ言葉を云われた。

だから、仕返しに、云ってやった。


ただ、本当に急いでいた。

大西君を笠本工務店へ、迎えに行く事になっている。

あまり、時間が無い理由を説明した。


「まあ、そう言うな」

林刑事は、素直に謝った。


林刑事から、呼び出しておきながら、待ち合わせ時間に、遅れて来たのだ。

だから、仕方が無い。


「マスター。コーヒーお願い」

林刑事が、注文して「アッきゃんも、もう一杯どうや?」

弘にコーヒーを勧めた。


弘は、頷くと、林刑事がマスターの方に向いて頷いた。

それを見たマスターが頷いた。


頷くだけで、注文が通っている。

林刑事は、余程、頻繁に通っているようだ。


マスターが、コーヒーを運んで来た。

弘は、二杯目のコーヒーに、口をつけた。

その時、スマホに着信があった。

笠本社長からだ。


弘は、林刑事に、場所を指定して、待ち合わせる事にした。

急いで、笠本工務店へ、大西君を迎えに行った。


事務所へ入ると、大西君が、応接テーブルで待っていた。

大西君の顔を見て、思い出した。

栗林南警察署へ、電話するのを忘れていた。


「栗林南警察署でしょうか…」

弘は、早速、南警察署へ電話を入れた。

日置刑事を呼び出してもらったが、いなかった。


「どうか、したんか?」

笠本社長が弘に尋ねた。


「あっ。いや、警察署へうさぎを届けたんですけど…」

弘は、笠本社長に、女子中学生殺人事件に関する、うさぎの事を説明した。


「うさぎ。かぁ」笠本社長が、何か思い出したように「そう言うたら、あの有名人。うさぎ、買いよったなあ」と云った。


「有名人。って、誰ですか」

弘は尋ねた。


「平野や。あの音楽教室してる平野や」

笠本社長が答えた。


「それは、いつ頃ですか」

弘は尋ねた。

政木柚葉さんが、通っていたのは、平野スタジオ。


「去年。いや、今年やなぁ。今年の、初めくらいやったと思う」

笠本社長が、記憶を辿るように云った。


ちょうど、時期も符号している。

政木柚葉さんが、平野に頼んだのか。


「その、うさぎを警察に届けたんか」

笠本社長が、何か、興味を持ったようだ。


弘は、それは、分からないと答えた。

「平野さんと、何かあったんですか」

平野さんを知っていたのが、不思議だった。

また、うさぎを購入していたのを覚えているのも気になった。


「いや、以前、ちょっとな」

笠本社長が言葉を濁した。


「大西君。よう、考えてなぁ」

笠本社長が、話題を変えるように云った。


「けど、社長。平野音楽教室、やないそうですよ」

弘は、笠本社長に云った。

今は、「平野スタジオ」と云うそうだ、と教えた。


大西君を送って、自宅へ向かった。

「どうやったんや」

弘は、大西君に尋ねた。


どんな話しになったのか、聞きたかった。

深く聞くつもりは、無かった。

立ち入った話しになると思って、遠慮したのだ。


ところが、大西君から、喋り始めた。

「それが、笠本工務店に、誘われました」

大西君が意外な事を云った。

いや、意外な事を云ったのは、笠本社長だ。


内容としては。

笠本工務店の社員になる事。

下請の大工の親方から、技術を習得する事。

定時制高校へ通学し、卒業する事。


一人親方の許で修行するとなると、収入が不安定だ。

笠本工務店に就職すれば、安いが、安定した賃金が支給される。


更に、定時制高校の授業料も負担する。

という事だ。

近頃流行りの、詐欺じゃないのか、という程の好条件だ。


「詐欺やないか。と思いました」

大西君が、不思議そうに云った。

大西君も疑ったようだ。


弘は、大西君を自宅まで、送り届けた。

林刑事との待ち合わせ場所へ向かった。


ストンウッドホールの駐車場に入ると、入口付近に林刑事が居た。

ストンウッドホールは、大規模なイベント会場だ。

最近では、新型コロナの影響で、殆どイベントは開催されていない。


林刑事と三好刑事が、弘の車に乗り込んで来た。

林刑事が、スマホを操作している。

「早速やけど、ちょっと、これ見てくれ」

スマホを操作していた林刑事が、画面を弘に見せた。


石木中学校のホームページだった。

学校行事で、昨年、春の球技大会を指差した。


「その女子生徒、誰なんか、教えてくれ」

林刑事が云った。


「この娘か」

弘は、確認して、自分のスマホで、同じ画面を開いた。


「何か、分かったんか」

弘は、林刑事に尋ねた。


「それは言えん」

林刑事が、即座に答えた。


ただ、林刑事が、その娘に話しを聞いた後、話せる範囲で教えると約束した。

本当は、警察から、石木中学校へ問い合わせれば、すくに判明する。


だが、石木中学校では、女子生徒が殺害された事で、過敏になっている。

妙な誤解を招いても不味い。

相手は、中学生だ。

事情聴取は、慎重にするよう、指示されているそうだ。

だから、林刑事は、弘を呼び出した。

という事のようだ。


林刑事が捜査しているのは、臨海公園殺人事件だ。


「確か、ヤッシは、臨海公園の事件を調べとったんやなあ」

弘は、林刑事に云った。

ヤッシとは、林刑事の高校時代のあだ名だ。


「そうや」

林刑事が頷いた。


「つまり、臨海公園の事件と、政木柚葉さんが殺された事件が、繋がった。という事やな」

弘は、想像した。


「それは、まだ判らん」

林刑事が慎重に云った。


「けど、儂んとこへ、来たやん」

弘は、思い出した。


以前、林刑事を呼び出した。

ペットショップで、穴うさぎを購入した人物を探してほしいと依頼した。


ああ。その時だ。

「俺は、忙しい」と林刑事と云って断られた。


「その娘。教える代わりに、あん時の。穴うさぎを購入した男。探してやるで」

林刑事が、商談でもするように云った。

事件に関係も無いのに、うさぎを購入した男を捜す訳が無い。


これは、臨海公園殺人事件と女子中学生殺人事件が、繋がったという事だろう。


「いや。それは、もう分かったんや」

弘は、おそらく、平野らしいと教えた。


「えっ?」

林刑事が、何か、考えていた。

ちょっと、見当が外れたような表情だ。


「まあ、良いわ。連れてってくれ」

林刑事が、急がせた。


石木町の開発が進み、人口が急増した。

近くに、保育園が無かったので、千景を丸肥町の、弥勒保育園へ通わせた。


その娘は、石木町から丸肥町の弥勒保育園へ、一緒に通っていた。


小学校の低学年の頃までは、千景とよく一緒に遊んでいた。


その後、その娘は、石木スポーツクラブでバレーボール部に通い始めた。

それからは、一緒に遊ぶ時間が無くなった。

それでも、小学校、中学校と、学校では、以前と変わらず、仲が良い。


弘は、気になる事を喋った。

あくまでも、想像だと断って、林刑事に話した。


西田さんという女子生徒が、小学校から二羽のうさぎを譲り受けた。

西田さんが、その二羽の、うさぎを中学校で飼育していた。


実は、政木柚葉さんも、小学校から、一羽のうさぎを譲り受けていた。

更に、後一羽のうさぎを購入して、二羽のうさぎを自宅で飼っていた。


中学校で飼育していた、うさぎの一羽が逃げた。

いや、一羽のうさぎが、すり替えられた。

「うさぎ?また、うさぎか?」

林刑事が不審に思ったようだ。


「まあ、もうちょっと、我慢して聞いてくれ」

弘は、うさぎの話しを続けた。

唐突に、話し出した弘は、事の発端から説明を始めた。


一羽のうさぎが、逃げた。

のではない。

うさぎの「ラブ」が「ラヴ」に、すり替えられた。

政木柚葉さんは、自宅で「ラヴ」を飼っていた。

だから、現在、学校に居る、うさぎは「ラヴ」だ。

すり替えたのは、政木柚子さんしか居ない。

その頃から、事件は、始まっていた。


そして、今度は、「ラブ」の死骸が、教室へ遺棄されていた。


多分、その娘は、「ラブ」の死骸遺棄に関わっている。


すり替えられた「ラヴ」は学校で飼育されている。

うさぎの、世話をしていた西田さんが、間違い無い。と云っている。


政木柚葉さんは、女子中学生殺人事件の被害者だ。

政木柚葉さんが、殺害されているので、本当の事は、分からない。


弘は、林刑事を辻倉彩乃さんの自宅へ案内した。

弘の自宅から、徒歩でも十分足らずだ。

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