5.通学路

千景は、いつもの通学路を自転車で自宅へ帰っていた。


川口先生から聞いた話しに、衝撃を受けた。

美加が、柚葉を虐めている。という事になっている。


しかし、柚葉は、美加の親友だ。

いや、親友だった。


川口先生には、美加が柚葉を虐めているという事は、とても信じられなかった。


柚葉から相談を受けて、川口先生は、バレーボール部を注意して見ていた。

やはり、美加と一年生部員の関係が拗れているようだ。


美加と同じ、二年生は、遠巻きに、それを眺めているように感じる。


美加と柚葉の仲が良かった時は、一年生との関係も良好だった。


夏休みで、部活をしている時期から一年生が反発するようになったようだ。

それは、美加が柚葉と仲違いした時期だ。


夏休みに、柚葉が、イベントに出演する事になった。

柚葉が、バレーボール部の一年生に、イベントのチケットを販売した。

バレーボール部は、夏休みも練習がある。

三年生は、最後の大会がある。

その事は、一年生も知っていた筈だ。

それにも関わらず、柚葉からイベントのチケットを購入した。


仲違いした理由は、そのイベントへ行けなかった人のチケット代の返金を美加が柚葉に申し入れたからだ。


柚葉が、川口先生に相談した内容では、そうなっている。

確かに、それもバレーボール部の一年生と関係が悪化した原因かもしれない。

川口先生は、他に、何か原因があると思っている。


川口先生は、美加にも話しを聞いた。

美加が話した内容は、柚葉の云った事と違っていた。


美加は、イベントに行けなかった部員のチケット代を返金するように、柚葉へ申し入れた事は無いと云っている。

一年生部員が、イベントのチケットを購入していた事さえ、知らなかったと云った。


川口先生は、再度、柚葉に確認した。

一年生部員は、美加がそう云っていると聞いたそうだ。

柚葉は、直接、美加から聞いた訳ではなかった。


川口先生は、バレーボール部の一年生部員の一人に確認した。

その部員は、イベントのチケットを購入している一人だった。

その部員は、美加が、柚葉にチケット代の返金を申し入れると、部内で噂を聞いたそうだ。


噂話だった。

それでは、誰が噂を流したのか。

川口先生は、再度、美加に尋ねた。

美加は、チケット代の返金を柚葉に申し入れると云った事はない。と云った。

柚葉は、一年生のバレーボール部員からそう聞いたという事を美加に伝えた。

すると、柚葉が、そう云うのなら、その通りだと云ったそうだ。

その後、美加は、何も云わなくなった。


川口先生は、美加と彩乃が、小学校の時から、同じバレーボールクラブに通っていたので、仲は良いと聞いていた。

それで、彩乃にバレーボール部で、何が起こっているのか尋ねたのだった。

彩乃は、川口先生に、特に変わった事は無いと云った。

川口先生は、彩乃が、何か隠しているように思ったそうだ。


千景は、他の誰かが、柚葉を虐めているのではないかと思った。

それを美加の所為にしているのではないか。


バレーボール部で、何が起こっているのか。


「どうして。バレーボール部で、部員全員と柚葉を含めて、話し合いをしないのですか」

千景は、川口先生に尋ねた。


「岡野先生には、全部、伝えているんやけどね」

岡野先生は、一年三組の担任で、女子バレーボール部の顧問をしている。

川口先生でも、バレーボール部内の問題には、介入出来ないのかもしれない。


「もう一度、岡野先生に話してみるわ」

川口先生が、そう云って立ち上がった。

今日は、それで、終わった。


スピードを上げた車のエンジン音が聞こえた。

千景の後方から、かなりな速度の車が近付いて来る。

思わず自転車を止めて降りた。

車が千景の横を追い越した。

タイヤの軋む音を立てて、空地の角を北へ曲がって行った。


通学路といっても歩道がない。

少し広めの路肩を通っている。


この空地だ。

千景の通学路で、登校時、引っ付き虫が付く。


彩乃が千景のスカートに付いた引っ付き虫を取ってくれる。

家に帰った時に、引っ付き虫は、付いていない。

彩乃が取ってくれる引っ付き虫は、細長く、先に二つの刺が出ている。

この空地以外に、スカートが雑草に触れる場所は無い。


川口先生に付いていた引っ付き虫は、楕円体の表面にビッシリ刺が突き出ていた。

彩乃が取ってくれる引っ付き虫とは、形が違う。


千景と同じように、どこかの空地で、誰かに付いた、引っ付き虫だろうか。

道際には、細長い引っ付き虫がびっしり生えている。

この空地の道路側には、楕円体の引っ付き虫は無い。

空地の奥へ入って行けば、あるのかもしれない。

誰が?入るの?うさぎ?

うさぎが、どこかの枯れ野へ逃げ込んだ。

うさぎは、死んでしまった。

誰かが、うさぎの死骸を見付けて、学校へ持ち込んだ。

美加がうさぎを抱き上げた。

うさぎに付いた、引っ付き虫が、美加に付いた。

美加に付いた、引っ付き虫が、川口先生にくっ付いた。

かもしれない。


あるいは、うさぎの死骸を学校へ持ち込んだ誰かに、引っ付き虫が付いていた。

その引っ付き虫が、川口先生にくっ付いた。

のかもしれない。

何れにしても、生徒の誰かだろう。


下校時は、側溝を塞いだコンクリートの上を通って帰宅している。

こちらにも歩道は無い。


以前、路肩の端に柵は無かった。

それで、帰宅途中、田圃に落ちた事がある。

側溝を塞いだコンクリートの通路には、グレーチングが何ヶ所かある。グレーチングの上は、滑り易い。

後ろから、猛スピードで走って来る車を咄嗟に避けた時、転んでしまった。


今は、田圃に落ちることはない。

田圃側に柵が出来たからだ。

本当は、道路側にガードレールも欲しいのだが。

それでも、柵が設置されたので、田圃に転倒する事はない。

筋向かいのように、雑草の枯れ草が覆い被さってもいないし、引っ付き虫が付く事はない。


それでは、登校する時も、側溝のコンクリート上を通れば良いと思うかもしれない。

でも、それは出来ない。


自転車は、左側通行と、決まっている。

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