7.会合

スーパーのイートインなら、誰かに襲われる心配が無い。

もし、襲われたとしても、沢山、人が居るから、助けを求める事が出来る。


誰に襲われるかは、誰にも分からない。


しかし、安全だが、誰かに目撃される可能性もある。

中学生が、三人集まって、会話をしていても、気にする人は、居ないだろう。


ちゃんとマスクを着用していれば、お喋りしていても、不自然では無い。

考えてみると、目撃されて困る事は無い。


いや、石木中学校の生徒と、殺人現場に居た女生徒だと、報道関係者に知られると、少し、困った事になるのかもしれない。


と、千景が美加と下村さんに、メッセージを書込んだ。

すると、美加からは、「知れたら、知れた時の事やわ」と返信があった。

下村さんからは、「言いたい事を言いたいように言う」と書込みがあった。


覚悟の上なのか、開き直りなのか、少し、危うさを感じた。

そこで、カクヤのイートインコーナーで、話題に出来る内容を決めて置く事を提案した。


美加からは、「謎の野球部員」と書込みがあった。


下村さんからは、「西田先輩に関する流言」と書込みがあった。


困った。

千景は、その話題、以外の話し合いを想定していた。


こうなったら、千景が、会話を誘導するしか無い。

と云って、千景は、話術が得意な訳でもない。


よし、出たとこ、勝負だ。

千景には、何の策も無かった。

結局、このメッセージの遣り取りは、何ら意味を為さなかった。


午後五時半頃、カクヤへ出掛けた。

既に、下村さんは、イートインコーナーで待っていた。


「ミカは?」

千景が尋ねた。

何か、食べ物と飲み物を買いに、店内を物色しているとの事だ。


「どうして、犯人を捕まえたいの?」

千景は、下村さんに尋ねた。


「やっぱし、やられっ放しでは、収まらんし」

下村さんは、負けん気が強い。

千景が、美加に云った言葉と同じだった。


「お待たせ」

美加が、カレーパンと、ペットボトルのお茶を持ってやって来た。


カレーパンには、「四割引」のシールが貼られている。

千景は、午後六時で、既に、割引シールが貼られている事に驚いた。


「チカは、食べんの?」

美加が、千景に尋ねた。


「うん。家で食べる」

千景は、この二年間、外で食べないようにしていた。

やはり、新型コロナの感染に注意している。


カクヤのイートインコーナーの一番奥は、カウンター席になっている。


一席おきに、カクヤの四角いマスコットキャラクタの、ぬいぐるみが置かれている。


壁に向かって、三人は、横並びに腰掛けた。

真ん中が美加、右隣がぬいぐるみ、その右隣が千景だ。


同じく、左隣がぬいぐるみで、その左隣が下村さんだ。


どうも、会話が、ぎこちない。

三人横並びで会話するのに、慣れていない。


「それじゃ。柚葉が飼っていた、二羽のうさぎに付いて」

千景が、うさぎの話題で口火を切った。


教室に遺棄された、うさぎは、「ラブ」だった。

美加は、「間違い無い」と云って、頷いた。


もし、「ラブ」が死んだ後、男が、うさぎを購入して、柚葉に渡していたとすると、うさぎは、二羽、居る筈だ。


柚葉が、殺害される前日までは、二羽居たそうだ。

それは、千景のお父さんが、柚葉の母親に確認した。

その後の事は、覚えていないそうだ。


千景のお父さんが、柚葉の両親から依頼されたのは、うさぎ一羽だけだ。


だから、美加は、柚葉の云う「忘れ物」は、うさぎだったのではないか。

と思った。


千景は、思った事を云った。

事件当日、柚葉は、一羽のうさぎを連れて、学校へ行った。


ところが、柚葉は、美加と会う前に、殺害された。

その時、連れていた、うさぎが逃げた。


何日も経っているから、逃げたうさぎは、絶望的だ。

探すにしても、北の正門と東の校門方面は、広い道路だ。

決して、交通量は多くないが、車に轢かれる可能性がある。

だから、生きていても、死んでいても、人目に付く。


西の搬入口から、逃げると、川沿いの道路だ。

北側や東側と同じく、車に轢かれる可能性がある。


ただ、人目には、付かない。

更に、川に転落すると、溺れ死ぬ可能性がある。


「いや。うさぎ、泳げるんよ」

美加が云った。

川に転落したとしても、生きている可能性がある。

しかし、朝練に参加するサッカー部員が西の搬入口から登校している。

また、同じく、西の搬入口から下校した。

しかし。うさぎを目撃していない。


最後に、南の運動場だ。

運動場のフェンスの外は、ストンウッド通まで、田畑が広がっている。

草木の茂みもある。

だから、唯一、生きている可能性があるとすれば、南側の田畑だろう。


「事件の直後だったと思うけど、うさぎは居なかった」

西の中庭に、うさぎは居なかったと、美加が云った。


美加だけではない。

事件直後、うさぎを目撃した人は居ない。


「それと、もう一つ」

美加が云った。


柚葉が連れて来た、うさぎを謎の野球部員が連れ去ったのではないか。

柚葉を殺害した時、うさぎに、柚葉、あるいは、謎の野球部員に繋がる何か、が付着した。

だから、そのまま、置き去りに出来なかった。


もし、そうだとすると、その、うさぎを持っている人が犯人だ。

勿論、処分した可能性は大きい。


成程。

千景は、感心した。

柚葉を殺害した犯人が、うさぎを連れ去った。

とは、考え付かなかった。


「まず、南方面で目撃証言、当たってみますか」

下村さんが、刑事ドラマで、ベテラン刑事のセリフのように云った。


「何か、誘き寄せる方法。無いん?」

千景は、何か、餌で誘き寄せる手段は無いかと考えた。


「それは、考えてみるわ。それと」

美加が云った。

そして、千景のお父さんが、柚葉の両親から引き受けた、うさぎの性別を尋ねた。


「分からない」

千景は、答えた。

何故、美加が気にしているのかも、分からない。

お父さんに、確認すると答えた。


「今日、彩乃。辻倉さんから何か、云われなかった?」

美加が、下村さんに尋ねた。


「昨日、あの人が教えたそうです」

下村さんが答えた。

あの人とは、美加が、最初に声を掛けた下級生だ。


しかし、彩乃は、二年生に何も云っていない。


千景は、彩乃が、何かを知っていると思っている。

お父さんが、彩乃から、一緒に犯人を探すと、申入れがあれば、協力し合えば良いと云った。


お父さんは、彩乃に関する情報を知っているのかもしれない。

あるいは、彩乃の行動に疑問を持っているのかもしれない。


会合は、一段落した。

千景は、安堵した。

変な方向に、話しが向かないかと思い悩んだ。

そんな心配は、必要無かった。


「ところで、うさぎの捜索範囲は」

美加が云った。

運動場の南から、ストンウッド通までの田畑は、探す対象にする。

更に、ストンウッド通の南側も探す対象にするかどうかだ。


しかし、ストンウッド通の南側、石木竹原は、民家が点在しているたけだ。

しかも、田畑が、ずっと広がっている。


「まずは、通の北側を探しましょ」

千景が提案した。

ストンウッド通の南側に付いては、後回しにした。


「事件の日、塚本君を大西君が自宅まで、送って行ったの知ってる?」

下村さんが聞いた。


「知ってる」

千景は答えた。美加も頷いた。

塚本君の自宅は、ストンウッド通の、南側にある。

下村さんの自宅も、石木竹原で、塚本君を送っている大西君を見たそうだ。


事件当日、下村さんは、体調不良で、かかりつけの片丘クリニックへ、母親に車で送ってもらっていた。

片丘クリニックは、発熱外来を受付けていた。

新型コロナ感染の事を考えて、検査を受けに行く途中だった。


保護者メールで、臨時休校になったのは、分かっていた。

だが、理由が分からない。


下村さんの母親が、路肩に車を停めて、大西君を呼び止めた。

臨時休校になった理由を尋ねたが、大西君は、知らなかった。


そこから、大西君の話題になった。


「知らんかったわ」

美加も下村さんも、大西君が、塚本君を見守っている事を知らなかった。


Web朝会で、長野君が質問した。

その後、クラスのグループメッセージの書込みで分かった。


高木君や薮内君は、まだ、真面目に、付き添っている方らしい。


名前は書込まれていないが、他のクラスの生徒は、悪ふざけが酷かったそうだ。


通学経路は、当然、安全な経路を設定している。

だから、通学路に、危険な場所は無い。


ただ、道路工事が始まったりすると、登校経路を変更したり、大変なのだそうだ。


「大西君の事は、みんな、知ったんやな」

千景は、考えた。

大西君の事は、皆、感心している。


しかし、塚本君の事は、誰か、知っているのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る