8.発見
弘は、呪いの呪文を唱えながら、草叢をかき分けて、うさぎを探している。
しかも、確証がある訳では無い。
可能性がある。と云うだけだ。
中学校の運動場、南に広がる田畑。
まだ、田起こしは、始まっていない。
そこに、事件当日、うさぎが逃げた可能性があると云う。
ただ、千景が、友達に云ったそうだ。
「お父さんは、仕事で、犬や猫を探すのが得意だから、手伝ってもらう」
大丈夫。すぐ見付かる。かもしれない。
と大見得を切ったそうだ。
そして、千景と下村さんは、西田さんに関する、流言を広めた人を探す事にした。
弘に、うさぎ探しを押し付けて。
弘は、仕事だから、依頼を受ければ、逃げた飼い犬を探したり、床下に居る猫を捕まえたりしている。
しかし、今回の、うさぎ探しは、一円にもならない。
うさぎは、既に、死んでいると思う。
だから、死骸を見付ける事になるだろう。
ちょっと、虚しさが、心を掠める。
大体、うさぎの習性を知らないまま、無闇に探しても、見付かる訳がない。
「秋山さん。見付かりましたか」
後ろから、声を掛けられた。
振り返ると大西君だった。
「秋山さんに、何度も連絡したんですけど、繋がらなくて」
大西君が云った。
えっ。
弘は、スマホを見た。
「ああ。ごめんなさい」
何回か、大西君からの着信が残っていた。
弘は、うさぎ探しに没頭して、気付かなかった。
大西君は、千景に連絡した。
弘が、この辺りに居る事を教えてもらったそうだ。
大西君は、弘に連絡する事情があった。
弘は、大西君が将来、大工になると云う事を聞いていた。
中学一年生までは、ごく、当り前に高校、大学へ進学して、就職するものと思っていたらしい。
ところが、新型コロナの影響で、父親の勤める旅行代理店は、大きな打撃を受けた。
大企業なら、業態を変更して雇用を維持出来るのだろう。
地元の企業で、もろに影響を受けた場合でも、自治体から補助金が給付されるくらいだ。
他に、これといった支援は無い。
そこで、大西君は、将来の事を考えて、手に職を付けようと思った。
進学するより、早く仕事を覚えた方が良いと思った。
勿論、今、大西君が、進学出来る程度の家計に、余裕はあると思っているようだ。
ただし。
コツヤ連邦のオモテハーデナ大統領が、東欧のソニアシュニク国へ、侵略戦争を仕掛けた。
これが長引くと、ますます家計は、圧迫されるだろう。
賃金は、上がらないのに、物価だけは上り続けている。
このままでは、家計の余裕も、何時まで持つか分からない。
大西君が、就職を考えたのは、辺りだろう。
ただ、何故、大西君が、大工になろうと思ったのかは、定かでない。
しかも、大西君に、知り合いの大工は、居ないそうだ。
どうやって、大工に辿り着いたのか。
話しは変わるが、二日前、お世話になった「笠本工務店」の社長に呼び出された。
以前、笠本工務店に、原価管理ソフトを納品していた。
最初は、見積書等、得意先への提出書類の管理から始めていた。
そろそろ、「原価管理」の運用を始めたいと云う相談があった。
それで、笠本社長を訪ねた。
ソフト運用の、サポートをするためだ。
ソフト運用の説明を終えて、大西君の事を思い出した。
笠本社長に相談してみると、すぐにでも会いたいと云う事だった。
それで、早速、大西君に話した。
「もし、それで、良えんやったら、話しとくけど」と云って、弘は話しを持ち掛けた。
大西君は、一度、両親とそうしてから、返事をすると云った。
至極、御尤もな回答だった。
両親と相談して、回答を持って来たのだった。
大西君の回答は、一度、笠本社長と、お会いするとの事だ。
ただ、お世話になるか、どうかは、時間を掛けて考えたい。と云う事だ。
弘は、頷いた。
「まだ、探すのですか?」
大西君が、弘に用件を伝えて、尋ねた。
弘は、もう、今日の捜索を止める。と答えた。
弘は、不意に思い出した。
「塚本君。やったかいなあ」
今、学校がオンライン授業になっている。
塚本君が、学校へ通えなくなると、家人は大変だろうと思ったのだ。
「初めてです」
大西君が云った。
塚本君の事を心配して、話しをする人に、初めて会ったと云う。
大西君が、塚本君の事を話した。
昨年、父親は、長く勤めた会社を退職したそうだ。
理由は、よく分からなかった。
最近、塚本君の父親は、早朝に帰って来るようだ。
大西君が、近所の大人達の井戸端会議の内容を繋ぎ合わせて、想像してみたそうだ。
勤めていた会社が、倒産した。
すぐに、以前のように、スーツを着て、出掛けているのを目撃したそうだ。
仕事に出掛けたのか、職業安定所へ向かったのかは、分からない。
微妙な状況なので、近所の人も、話し掛ける事を憚ったようだ。
ここまで聞いていて、大西君の家庭の事情に、似ていると思った。
ある日、警備会社の制服で出掛けるのを見掛けたそうだ。
どうやら、警備会社へ勤めていて、不規則な勤務形態で、勤務しているようだ。
大抵は、午後八時頃、家から出掛ける。
翌日、午前五時頃、帰宅しているそうだ。
母親は、朝早くから出勤している。
清掃会社に勤めている。
それこそ、アックスで午前六時から清掃作業をしている。
月曜から金曜日までの勤務だそうだ。
塚本君が自宅に居る間は、外出が出来ないようだ。
大西君が、塚本君を気に留めている理由が、何となく理解出来たように思う。
本当に、当たっているかどうかは、分からないけど。
塚本君の母親の勤務が、月曜日の午前六時なら、弘とは、何度か会っている筈だ。
「家、知ってるんか?」
弘は、家を訪ねてみようと思った。
何かを考えての事ではない。
弘は、大西君に、塚本君の自宅へ連れて行ってもらう事にした。
大西君は、住居を知っているが、訪ねたのは、事件の当日だけだ。
それも、塚本君を見送って、玄関先から、家に入るのを見届けただけだった。
「それにしても、学校へ行く時は、誰かが付き添うそうやけど」
弘は、下校時は、どうしているのか、気になった。
「それは…」
大西君が云った。
大抵は、父親が、迎えに来ているそうだ。
弘は、大西君の自宅を訪れた事がある。
大西君の自宅へ入る道を通り過ぎて、まだ、南へ向かった。
少し広い農道へ入ると、すぐだった。
「ここです」
大西君が、塚本君の自宅に着いた事を伝えた。
古いコンクリートの門がある。
表札に「塚本」とある。
門を通ると前庭がある。
以前は、農家をしていたそうだが、農機具は無いようだ。
畝立てして、畑を作っていた跡がある。
その端に犬小屋がある。
「ワンちゃん、飼ってるんかな」
弘が大西君に尋ねた。
「分からないです」
大西君は、首を横に振って云った。
今日で、訪れるのは、二回目だから。
ただ、先日、訪れた時、犬小屋はあったが、犬は居なかったそうだ。
玄関からインターホンを押した。
誰も出ない。
辺りを見渡した。
誰も居ない。
再度、インターホンを押した。
暫く待ってみたが、出て来る気配がない。
住居が分かったので、後日、出直して訪ねる事にした。
大西君を促して、門へ向かった。
あっ。
驚いた。
どこから現れたのか、塚本君が、前庭の畑跡に立っていた。
犬小屋の前に立っている。
「塚本君」
大西君が、声を掛けた。
塚本君は、振り向かない。
弘は、犬小屋の前に回った。
塚本君の横から、犬小屋を見た。
犬小屋の前で、不審に思った。
犬小屋の入口に、金網を張ってある。
どうして、金網を張っているのかと、思った。
弘は、しゃがんで、犬小屋の中を覗いた。
ああっ。
驚いた。うさぎが見える。
居た。
うさぎが居た。
柚葉が、自宅で飼っていた、二羽のうさぎの、一羽だろうか。
振り向くと、大西君が、塚本君に話し掛けている。
「このうさぎ。どうしたん?」
「あそこで、寝ていた」
塚本君が指差して答えた。
弘は、また、驚いた。
塚本君は、ちゃんと理解して、喋っている。
大西君の問い掛けに、ちゃんと答えている。
門の内側、草叢で寝ていたらしい。
疲れて倒れていたのかもしれない。
中学校の校庭から、ここまで、自力で来たとは考え難い。
誰かが、この辺りまて、連れて来たのだろう。
大西君は、弘の驚きに気付いた。
「パニックにならなければ、普通に話します」
大西君が云った。
そうか。
弘自身が、塚本君を偏見の目で、見ていたのだ。
大西君が、更に尋ねた。
「いつから、うさぎは居るの?」
「休みになってからや」
塚本君が答える。
休み。というと、事件があった日だ。
しかし、その日、大西君が塚本君に付き添って帰宅した筈だ。
「その時は、居なかった」
大西君が云った。
うさぎが、毛づくろいだろうか、体を舐めている。
うん?
うさぎが、弘の方へ尻を向けた。
何か、黒い小さな、枝のような物が見える。
尻の周囲の毛に、絡まっているようだ。
うさぎは、気になるのか、小さな枝を舐めている。
大西君も気付いたようだ。
うさぎを抱き上げた。
弘は、うさぎの毛に絡んだ、黒い小さな枝を摘んだ。
十分程掛けて、絡んだ毛をゆっくり解いて、枝を取り除いた。
大西君が、うさぎを犬小屋へ戻すと、また、毛づくろいを始めた。
何だろう。枝ではない。
小さな、黒く細い筒だ。金属だろうか。
黒く塗っているのかもしれない。
所々、灰色の下地が見える。
あっ。
分かった。
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