9.転校

また事件か?

教室に入ると、何か騒がしい。

すくに、彩乃が近寄って来た。

挨拶もせずに、スカートに付いた引っ付き虫を引き抜いている。


「今日、一年生の女子バレー部、全員。欠席しているんや」

彩乃が、引っ付き虫を取りながら、喋り始めた。

しかし、彩乃もバレー部だ。


女子バレーボール部のキャプテンは、西田美加だ。

二学期になって、美加がキャプテンになった。

一年生の女子バレーボール部員と、対立していた。

原因は、美加と柚葉の仲違いだ。

美加と柚葉は、仲良しだった。


柚葉は、アイドルを目指していた。

美加も応援していた。

夏休み。

柚葉が、出演するイベントのチケットを女子バレーボール部員に販売していた。

しかし、バレーボール大会に向けて、練習がある。

美加は、柚葉に、イベントへ行けない部員のチケット代を返金するようにお願いした。

そこから、一年生女子バレーボール部員との対立が始まった。

柚葉とも仲違いしてしまった。


そして、三学期の中間テスト直前に、うさぎの死骸遺棄事件が発生した。

以来、美加は、不登校になっている。


昨日、ペットショップで、お父さんと偶然会った。

ペットショップから帰って来て、お父さんと話した。

うさぎ死骸遺棄事件で、想像した事を説明した。

誰が、何のために、どんな方法で、うさぎの死骸を教室へ遺棄したのか。


誰が?と云うと、それは、分からない。

仮に、確執のあった、一年生の女子バレーボール部員の誰かだ、とする。


だとすると、美加に対する、嫌がらせだろう。

もしくは、そこまで、疑っては、いけないのかもしれないが、柚葉かもしれない。


それ以外に、そんな事をする人が、思い浮かばない。

それにしても、執念深さは、異常だと思う。


その、異常に執念深い誰かが、防犯カメラの無い、運動場の南側のフェンスを乗り越えた。

そして、教室にうさぎの死骸を遺棄した。

また、フェンスを乗り越え、校外へ出た。

何食わぬ顔をして、登校した。


確認した限りでは、穴うさぎの数に異常は無い。

とすると、四羽目のうさぎは、一体どこから来たのか。

それで、ペットショップへ行った。

穴うさぎを購入したのは、四十代の男性だった。

中学校の生徒の、父親世代だ。

店員が云うには、サラリーマンではない。

女子バレーボール部員の父親で、サラリーマンではない人。だろうか?


「千景。ちょっと、のお。信頼できる先生。居るんか?」

お父さんが尋ねる。

「うん。川口先生や」

千景は、学年主任だと答えた。

「そしたら。その先生に、相談してなぁ…」


それで、川口先生に相談しようとした。

お母さんに尋ねれば、同学年の生徒くらい、保護者の仕事は、大抵分かる。

少なくとも、会社員か自営業か、くらいは分かる。

しかし、一年生の保護者となれば、情報が無い。

勿論、川口先生に相談しても、父兄の個人情報を教える訳が無い。

しかし、何か、ヒントくらいは得られるかもしれない。と、お父さんが、考えたのだ。


指導室で待っていると、川口先生が、すぐに入って来た。

「大変や。西田さんが、転校する事になった」

相談する間もなく、川口先生が喋り始めた。


美加が転校する事になった。

住居は、そのままだ。

引越す訳ではない。

三学期が終了すると、四月から丸肥中学校へ通うそうだ。

何も解決していないのに。


一年生の女子バレーボール部員が、全員学校を休んだ事を学校は、重く受け止めた。


職員会議を開いて、即座に対応した。

教頭先生と一年生の学年主任が、一年生の女子バレーボール部員を家庭訪問した。

何人かは、保護者と会えたが、殆んどが、会えなかった。

それでも、生徒と会って、状況の聞き取りを実施した。


一年生は、うさぎの死骸遺棄事件も、美加の自作自演だと云っている。

バレーボール部のキャプテンとして、失格だ。と、まで云っているそうだ。


その後、教頭は、西田さんの母親に連絡を取り、家庭訪問した。

女子バレーボール部員を家庭訪問して、確認した状況を説明した。

すると、家族間で話し合っていたのだろうか、転校するとの回答だったそうだ。


「他に、何か方法は、無かったんですか。キャプテンを辞めるとか」

千景が云った。

「もう、随分前に、辞めているわ。バレーボール部も、退部していたのよ。皆には、云ってなかったけどね」

川口先生が云った。


女子バレーボール部員は、美加が、被害者を装っているのだ、と非難している。

「どうして、そんな事を云ってるんですか」

うさぎの死骸遺棄事件で、一番ショックを受けたのは、美加なのに、そんな酷い事を云うのが、信じられない。

「美加の、お母さんから、聞いたんだけど、丸肥のペットショップで、うさぎを購入しようと、していたそうなのよ」

川口先生の言葉に、千景は、唖然とした。

美加は、父親に、うさぎを飼いたい。と云ったそうだ。

家庭の金庫を預かっているのは、母親だ。

これは、どこの家庭も同じなのか。

父親は、母親に、こっそり、相談したそうだ。

ただ、美加は、思い詰めた真剣な表情で、父親に相談したそうだ。

でも、何のために。

理由は、頑として、云わなかったそうだ。

美加が、ペットショップで、うさぎを購入したのか?

その、うさぎを美加が殺して、教室へ遺棄した。

何のために。


「いつも、そうなんだけど、誰が、そんな噂を流したのか。分からないのよ」

川口先生が悲しそうに云った。


「でも、あのペットショップでは、穴うさぎを取扱っていないんです」

千景は、昨日、そのペットショップで確かめた事を説明した。


「それじゃあ。これは、全くの嘘だわ」

今度は、川口先生が唖然とした。

「それにしても、その店員さん。どうして、その男性をサラリーマンではないと、分かったのかしら」

川口先生は、不思議そうだ。


「つまり。店員さんは、うさぎを購入した男性を知っている。という事だと思います」

千景が答えた。

「ああ。成程」

川口先生は、感心していた。

しかし、千景のお父さんが、云った言葉だった。


そんな噂を流すのは、柚葉くらいしか、思い浮かばない。

一年生の、女子バレーボール部員かもしれないけど、ここまで、陰湿とも思えない。

今回のように、学校を休むという、ストレートな手段で表現する。

だから、柚葉だろう。

あれ程、仲良しだったのに。


その時は、そう思った。


それにしても、こんな、謎だらけを残して、美加は、転校するのか。


「それで、女子バレーボール部のキャプテンは?」

千景は、川口先生に尋ねた。

「辻倉さんよ」

川口先生が答えた。

辻倉彩乃がキャプテン?

大丈夫なのか。

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