7.謎
「何も、無いんやけど」
彩乃は、バレーボール部で、変わった事は無かった。と云う。
美加は、うさぎの死骸が、教室に置き去りにされた日から、学校へ来ていない。
期末テストさえ受けていない。
一週間も、欠席が続くので、斉藤先生が訪ねた。
美加の母親が、斉藤先生に対応したのだが、気持ちが落ち着くまで、見守る事にした。と云う回答だった。
その翌日、土曜日。
千景も美加を訪ねた。
彩乃を誘ったのだが、バレーボールの練習があるので一緒に行けなかった。
保育園の頃から、千景は、美加、彩乃、そして、北海道へ引っ越した乙葉の四人で、よく、遊びに行き来していた。
美加がバレーボールクラブに通い始めて、一緒に遊ぶ機会が無くなった。
もう六年ぶりだ。
だから、訪ねる時は、緊張した。
「同じクラスの秋山です」
千景が訪うと、母親が出てきた。
「ああ。随分、久しぶりやなあ」
母親は、千景を良く覚えていた。
千景が訪ねた理由を察して、礼を云ったり詫びを云ったりする。
母親は、一旦部屋に入ったが、すくに玄関に戻って来た。
「ごめんね。やっぱり」
美加に会えなかった。
昨日、斉藤先生に伝えた事と同じだった。
気持ちが落ち着くまで、待って欲しいとの事だ。
昼食後、彩乃を訪ねた。
部活から戻る時間だ。
「美加と会えんかったわ」
千景が云うと、彩乃は驚いていた。
「美加と、今でも会っとるん?」
彩乃が尋ねた。
「いや、家へ行ったんは五年ぶりや」
千景は答えた。
「私も長いこと、行ってないんや」
彩乃も美加の家に暫く訪れていない。
小学校の頃から二人は、バレーボールクラブへ通っていた。
中学校に入って二人は、バレーボール部に入った。
練習時間も同じだし、よく一緒に居るのだろうと思っていた。
「あまり仲良しじゃないんや」
千景が云った。
「仲が悪いわけじゃないんや」
彩乃がそう云って、美加と柚葉の関係を話し始めた。
美加は、小学生の頃から、近所の柚葉と仲良しだった。
柚葉は、明るく、歌の上手な子だった。
小学校では、美加と一緒にうさぎの飼育係になった。
美加は、中学校でも、柚葉と一緒に、うさぎの飼育係をしようと思っていた。
二羽のうさぎを小学校から譲り受けて中学校に許可を取った。
中学校でもうさぎの飼育が可能になった。
ところが、自宅で、うさぎを飼育したいと云って、柚葉が一羽のうさぎを小学校から譲り受けた。
だから、小学校から譲り受けたうさぎは三羽だ。
中学校で飼育している、うさぎは二羽だ。
二羽とも生きている。
彩乃は、柚葉の家の前を通って、通学している。
時々、一緒に登校している。
「うさぎの死骸遺棄事件」の後、柚葉に家で飼育しているうさぎの事を尋ねた。
学校で飼育しているうさぎは、二羽とも生きている。
遺棄されたうさぎの死骸は、柚葉が家で飼育しているうさぎではないかと思ったからだ。
柚葉は、今でもうさぎは、元気だと云った。
彩乃は、実際に柚葉が飼っているうさぎを見ていない。
そりゃあ、うさぎの遺骸を見れば、衝撃も受けるだろう。
学校で飼育しているうさぎか、柚葉が飼っているうさぎでなければ、そこまで、衝撃を受けるだろうか。
馴染み深い三羽のうさぎは、生きている。
少なくとも、学校で飼育しているうさぎ二羽は、生きている。
それでは、美加が、学校を一週間も休むほどの衝撃を受けたのは何故か。
柚葉の飼っているうさぎが、本当に生きているのを確認するしかない。
「柚葉の家へ行ってみるけど、一緒に行ってみよっか?」
千景が彩乃を誘った。
「行った事あるん?」
彩乃が尋ねた。
「無い」
千景は、柚葉の家を訪ねた事もなければ、学校で喋った事も記憶にない。
「本当に行くん?」
彩乃が重ねて尋ねる。
柚葉を訪ねで、実際に、うさぎが居るかどうか、確認するのが一番確実だ。
「一緒に行く?」
千景は、もう一度誘った。
「それじゃ。今から行こうか」
彩乃も一緒に連れて、柚葉を訪ねた。
「今日は」
千景と彩乃が母親に挨拶した。
「あら。久しぶりやなぁ」
柚葉の母親が、彩乃に声を掛けた。
「柚葉さん。居ますか?」
千景が尋ねた。
「いや。まだ帰ってないけど」
母親は、怪訝な顔で答えた。
柚葉は、家に居なかった。
まだ、歌のレッスンから帰っていない。
帰るのは、午後八時くらいだそうだ。
「何か、あったの」
母親は、彩乃に向かって尋ねた。
「あっ。今日は、レッスンの日でしたね。忘れてました」
彩乃は、慌てたように云った。
「えっ」
千景は、驚いて彩乃を見た。
彩乃は、柚葉がレッスンで家に居ない事を忘れていたのか。
訪ねても、家に居ないのでは、仕方がない。
しかし、折角、訪ねたのだから、ダメでもともとだ。
「おばさん。うさぎを見せてもらえませんか」
千景は、柚葉が八時まで帰って来ないと聞いたが、それまで待てない。
「ええ。良いけど。こっちへ来て」
母親が、玄関を出て横の庭へ案内した。
ケージがあった。
奥に回って見ると、うさぎが一羽いた。
学校で飼育しているうさぎと同じ、鮮やかな茶色だ。
そうすると、これは、どうなるなか。
学校で飼育しているうさぎが二羽。
柚葉の家で飼っているうさぎが一羽。
小学校から譲り受けたうさぎが三羽。
それでは、教室に遺棄された、うさぎの死骸は、誰の、うさぎなのか。
「ありがとうございました」
千景と彩乃は、柚葉の母親に礼をいって帰った。
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