6.状況
三年生が百七十六名、内、欠席者は二名。
二年生が百七十八名、内、欠席者は一名。
一年生が百八十五名、内、欠席者は四名。
川口先生は、うさぎの死骸が遺棄された当日の全校生徒の登校を防犯ビデオで確認した。
登校した生徒全員が、三ヶ所の校庭への出入口の防犯カメラに捉えられていた。
勿論、うさぎの死骸を遺棄した後、また、運動場のフェンスを乗り越えて、外に出た。という事も考えられる。
そして、今度は、校門か、搬入口から登校したのかもしれない。
あるいは、校庭から出た後、帰宅して、そのまま欠席したのかもしれない。
しかし、学校へは登校したが、すぐに帰宅した生徒も居なかった。
保護者に無断で欠席した生徒は、居なかった。
欠席者全員、午前七時三十分前後に、保護者から電話連絡があった。
教頭先生が電話を受けて、担任の先生に伝えている。
これは、余談だが、欠席者のなかには、欠席理由の曖昧な生徒はいる。
三年生は、発熱が理由だが、テスト前に学校を休んで、受験勉強をしているのだろうと思われる電話の内容もあったそうだ。
体調不良という仮病だ。
欠席者には、放課後、担任の先生が、保護者に電話で状況を確認する事になっている。
保護者も共謀していれば別だが、不審な内容は、なかった。
その日、一番初めに登校した生徒は、三年生の男子だ。
すぐに職員室へ入室し、鍵を持って退室している。
数分後、鍵を返しに職員室に戻っている。
「チカは、いつも遅刻ギリギリなの?」
川口先生にバレてしまった。
「でも、クラスでは、私の後から何人も教室に入って来ます」
千景は、弁解した。
「そうねぇ。男子四人組と、ええっと、三原さんと筒井さんね」
川口先生は、確認した通り云った。
「そうです」千景が頷くと「その後、塚本君が搬入口から登校して来たわ」川口先生が云った。
「えっ?塚本?君?」
千景は、塚本君を知らなかった。
「知らないのかぁ」
川口先生は、寂しそうに云った。
塚本君は、特別支援学級に通っているそうだ。
千景と同じ学年だが、特別支援学級の生徒の事は、全く知らない。
本来なら三組では、高木君と藪内君が、一緒に付き添って登校する筈なのだそうだ。
学校から各クラスに何人か声を掛けて、一緒に登校するように依頼していたそうだ。
他の特別支援学級の生徒で希望者は、スクールバスで送迎している。
しかし、塚本君は、車の中の空間に置かれると、パニックになるそうだ。
高木君も藪内君も塚本君に付き合っていると遅刻してしまう。
塚本君と一緒に登校する事を嫌っている訳ではないが、毎回、遅刻してしまうと困るのだ。
それで、二人は、学校の手前で塚本君を置き去りにして、登校してしまう。
千景は、そんな状況を全くしらなかった。
クラスメートの四人組は、単なる遅刻の常習犯では、なかった。
塚本君が登校してすぐ、大西君が搬入口から登校してきた。
それが最後だった。
一番後に登校して来たのは、大西君だった。
「先生。大西君は、いつも登校して、教室に入るのが八時半くらいなんですけど、誰も、何も非難しないのは、何故ですか?先生も、叱ったり、注意したりしないのは、何故ですか」
千景は、川口先生に何時も不思議に思っていた事を尋ねた。
「大西君の事、気になるの」
川口先生が、少し考えて、千景を揶揄うように云った。
「違います。絶対に違います」
千景は、躍起になって否定した。
「大西君は、西田さんが好きなんです」
美加が、うさぎが居なくなったと云って、大騒ぎになった時。大西君は、うさぎが逃げたのを見たと嘘を吐いた。
その時は、クラスの腕白男子が、何故、美加に教えなかったかと非難した。
後で、美加が、うさぎが逃げたと云ったのは、嘘だったと誤った。
と、云う事は、大西君が、うさぎが逃げるのを目撃した、と云う事も嘘だった事になる。
けれど、誰も、大西君の嘘を指摘したり、非難したりしなかった。
千景は、大西君が、美加を庇って嘘を吐いたのだと思っている。
「想像力が豊かなのね」
まだ、川口先生は、疑るような目で、笑みを浮かべている。
「それに、その放課後、今度は、本当に、うさぎが逃げたんです」
千景は逃げたうさぎを追い掛けた。大西君が千景を追い抜き、うさぎを捕まえた。
大西君が美加に、うさぎを手渡す時、とても優しい表情だった。
「残念ね」川口先生が云った。
「何がですか」
千景には、何が残念なのか分からなかった。
「そう。大西君には、チカに、理解出来ない、人徳があるのかもしれないわね」
川口先生が云った。
「一年生の時。覚えてる?」
大西君の事だ。
川口先生が、千景に尋ねた。
三組の教室の前の廊下で女子生徒が何人も、大西君を見に行っていた。
当時は、大西君は、今のように、遅刻していなかった。
いつも、友達と楽しそうに笑顔で会話をしていた。
勉強の成績も良かったし、野球部の練習も熱心取り組んでいた。
女子生徒の人気の的だった。
二学期に入って、部活を辞めた。
友達とも会話が減った。
勉強の方は、今でも成績優秀だ。
夏休みに何かあったのか。
「チカは、何があったのか知らない?」
千景は、川口先生に尋ねようとしたのだが、逆に尋ねられた。
千景は、首を横に振った。
二年三組の教室に、うさぎの死骸が遺棄された事件から、千景は、川口先生と放課後に話し合っていた。
お互いに自分の推理を云って、辻褄の合わない箇所を指摘し合ったりした。
最初は、意見交換だった。
それが、雑談するようになっていた。
あれから一週間経ったのに、手掛かりがない。
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