4.スタジオ

保護者説明会の当日。

午前十一時に、林刑事を白亀町商店街の脇道にある喫茶店「砂時計」へ呼び出した。

政木柚葉が、通っていた音楽教室を調べようと思った。

音楽教室の名前が分からない。


約束した時間通り、林刑事がやって来た。

もう一人、知った顔と一緒だった。

三好刑事だ。

三好刑事とは、以前、二十四時間営業のスーパーで会っている。

防犯カメラの映像を見ていた。

当時は栗林南署だった筈だ。

お久しぶりです。と挨拶を交わした。


今回の事件に絡んで、林刑事から、それなりの情報を得ようとしたのだ。


「アッきゃん。俺、忙しいんや」

林刑事が、迷惑そうに云った。

今、「事件」と云えば、「女子中学生殺人事件」だろう。


話しを聞いてみると、捜査本部が、二本立っている。

一つは、去年の秋に起きた「臨海公園殺人事件」だ。

ある事件を起こした男から情報があった。

誰かが、殺害されている筈だと云う。

イベント会社の事務所で偶然聞いてしまった。

警察は、半信半疑だったが、注視していた。

イベント会社代表の居所を突き止めて、張り込んでいたが、見失った。

警察の失態だ。

そして、遺体が臨海公園で発見された。

警察の大失態だ。

事件の周辺に、イベント会社とレッスン教室がある。

弘は、おぼろげに、地元の報道を思い出した。


この事件は、県警本部に捜査本部が設置されている。

県警本部は、官公庁街の内町にある。

北署は、県警本部の目と鼻の先にある。

未だ、犯人逮捕に至っていない。


そして、今回の事件だ。

「女子中学生殺人事件」の捜査本部は、南署に設置されている。


それでは、と。

殺害された政木柚葉さんは、音楽教室へ通っていた。

千景の友達に尋ねれば、分かると思う。

しかし、事件が起こった後なので、千景の友達を刺激したくない。

そこで、政木柚葉が通っていた、音楽教室を教えてもらいたい。

と、手短に用件を伝えた。


「アッきゃん。何で、首、突っ込むんや」

林刑事は、あくまでも迷惑そうだ。

「実を言うと、この二月に、娘の教室に、うさぎの死骸が遺棄された事があるんや」

弘は、うさぎの死骸遺棄事件の経緯を説明した。

「誰が遺棄したんか、まだ分からんのや」

学校内に、どうやって入る事が出来たのかも、分からない。

更に、今回の政木柚葉が殺害された。

生徒の安全対策に欠陥があるのか、不可抗力なのか。

犯人を逮捕するのは警察だ。

だが、子供を預ける親としては、じっとしていられない。

安全対策に欠陥があれば、改善するのは、当然だ。

弘は、柄にもなく力説した。


「アッきゃんの娘さん。石木中学校やったんかいな」

林刑事は、初めて知ったようだ。

それは、その筈。

弘は、今、初めて林刑事に云ったのだから。


「被害者は、アイドル、目指しとったんやなあ」

林刑事が、独り言のように云った。


「ああ、北署の三好です」

三好刑事が電話をしている。


そして、林刑事が、何か思い付いたようだ。

「ちょっと待て」

林刑事が、何か考えていた。

「平野の、とこ。ちゃうかな」

林刑事が、弘の目を見て云った。

「ちょっと、事件で調べた事があるんや」

アイドルを目指している子に、レッスン出来る教室は、限られている。

「平野か、どうして?」

弘は、確認した。

「捜査内容は、喋らん」

林刑事が、当然の事を云った。


「ありがとうございました」

三好刑事の電話が終わった。

「自首して来た男の子。妙な目撃証言があったみたいです」

三好刑事が云った。

「当日か?」

林刑事が驚いた。

「いや、何日か前。交通指導日だったそうです」

三好刑事が答えた。

交通安全指導の一環で、PTAが、横断歩道の指導をしている。

弘も交差点の横断歩道で、立哨当番をした事がある。

その立哨当番の人が、少年Bの跡を追う少年を見た事があるそうだ。

午前八時を過ぎていた。

少年Bも、跡を付けている少年も、東校門を北へ通り過ぎて行った。

という事だ。


また、少年Bの跡を付けていた少年が、自転車で、近くの塾へ通っているのを何度か、見た事があるそうだ。


「少年Bって、誰」弘は、三好刑事に尋ねた。「それは言えん」林刑事が答えた。

「跡を付けていた少年って誰」弘は、三好刑事に尋ねた。「それは言えん」今度は、三好刑事が答えた。


まあ良い。後で調べてみる事にした。

ヒントは、沢山ある。

交通安全指導の立哨当番。

立哨当番の日程表を見れば、誰だったか分かる。


少年Bもその跡を付いていた少年も、東校門を通り過ぎた。

自宅から学校へ向かっている筈だから、石木町竹原からだ。


石木町竹原から自転車で、塾へ通っている。

つまり、丸肥町のスーパー周辺の塾だろう。

地域住民を舐めてもらっては困る。


「しかし、まず、平野音楽教室か」

弘が呟いた。

「平野先生と言えば、あの平野先生か」

弘は、全国音楽コンクールへ生徒を導いた先生だ。

「そうや。まだ三十代前半や」

林刑事が云った。


弘は、スラッとした長身で、ハンサムだったように思うが違うかなあ。と確認した。

「そうやで。その平野や」

林刑事が云った。

「ただ、最近では、ハンサムとは言わんのや」

林刑事が憐れむように云った。


林刑事がイケメンと云うそうだ。と教えてくれた。


まあ良い。

ちょっと調べてみよう。

「平野音楽教室やなあ」

また、弘が呟いた。


「そう。ただ、それはなあ」

林刑事が、弘を憐れむような眼差しで云った。

「平野スタジオ。ちゅうんやけどな。最近は、音楽教室とは、言わんらしいで」

林刑事が得意そうに云った。

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