3.二時限目

二時限目は、斉藤先生の数学と振替った、川口先生の国語の授業だ。

しかし、この時間も、国語の授業には、ならなかった。


千景は、授業が始まると同時に、川口先生の上着が気になっていた。


川口先生は、授業開始から、教壇を下りた。

机の列と列の間を前から後ろへ、そして横の列に移動して、後ろから前へ歩いている。

歩きながら今朝の出来事を話し始めた。

川口先生の上着の後ろの脇口に何か付いている。

茶色のジャケットと同じ色だったので、初めは、糸屑か毛糸が丸まっているのかと思っていた。


川口先生は、授業が始まって二十分ずっと今朝の出来事を話した。


和やかな中にも、熱気のある。

ちょっと矛盾しているけど、そんな、いつもの授業ではなかった。


川口先生は、推理小説で、トリックを暴く名探偵のような、あるいはベテランの刑事が、アリバイを崩すような口調で、今朝の出来事を説明した。

流石、国語の先生だ。

千景は、川口先生の話しに聞き入っていた。


川口先生は、今朝、午前七時に学校へ出勤していた。

午前七時三十分から午前八時まで校門に立ち、生徒を見守る事になっている。

午前七時頃。

この辺りが、怜奈の説明とは、数段違う。

きっちり、時間が折り込まれている。


三組の怜奈が、職員室に教室の鍵を預かりに入って来た。


怜奈は、午前七時過ぎに鍵を開けて教室へ入った。

教室後方の出入口のロックを回して開けた。

その時に、うさぎの死骸は、無かった。

怜奈は、教室後方の出入口から職員室へ鍵を返しに行ったので、間違いない。


それから数分後だから、午前七時五分頃。

怜奈が、教室の鍵を返しに職員室へ戻って来た。

鍵を返すと、すぐに退室した。

怜奈が、誰かと挨拶している声が聞こえた。


怜奈は、話をしていた相手と二人で、教室へ向かったようだった。

川口先生は、誰と話しているのかと思い怜奈を見た。

怜奈は、会釈した。

会話していた相手は、美加だった。


午前七時十分頃だった。

怜奈が鍵を返して、美加と教室へ戻ったのが、午前七時十分過ぎ。


暫くして、慌てたように、怜奈が職員室へ駆け込んで来た。

同時に、川口先生の携帯のアラームが鳴った。

それは確実に午前七時十五分だった。


午前七時三十に校門で立哨当番をするため、十五分前に携帯のアラームを設定していた。

「先生!」職員室へ入り、辺りを見渡して、怜奈が叫んだ。

「どうしたの」

川口先生は、怜奈を落ち着かせようとした。

川口先生は、出勤していた岡野先生に、正門の立哨当番を替わってもらった。

他の先生方も東側の校門と搬入口の方へ向かった。

斉藤先生の席へ腰掛けるように促した。

「何があったの」川口先生は、怜奈に尋ねた。

怜奈は、まだ焦っている。

早口に喋り始めた。


話しを聞いて、今度は、川口先生が慌てた。

川口先生と怜奈は、中央階段から二階に上がった。

そこ迄では、誰にも会わなかった。


二階に上がり、東に向かって、空き教室、一年四組と五組の教室が見渡せる。

誰も居なかった。


本館から本館南棟へ曲がる角に、掃除用具ロッカーがある。

ロッカー横の洗面台から、二年の一組から三組までの教室が見える。

やはり、誰も居なかった。


勿論、美加と怜奈が来る前に、本館の東階段、あるいは、南棟の南階段から一階へ降りる事も可能だ。


川口先生は、急いで二組の教室へ駆け込んだ。

美加が、両膝を付いて、膝立ちのまま呆然としていた。

両手で、うさぎを抱えている。


僅か数分の間に、うさぎの死骸が床に横たわっていた事になる。

うさぎが、自ら二年三組の教室へ来て、突然死んだ。


訳ではない。

美加が抱き上げた時、うさぎは、板のように、既に硬くなっていた。

誰かが、二年三組の教室へ、うさぎの死骸を遺棄した事になる。


川口先生は、怜奈に石田さんを探して、呼んでくるように指示した。

石田さんとは、用務員さんの事だ。

怜奈は、新館へ向かった。

石田用務員さんは、新館中庭の清掃をしている時間だ。


川口先生は、美加を保健室へ連れて行った。


まだ保健室は開いていなかった。

川口先生は、指導室で美加を落ち着かせる事にした。


美加が、うさぎを抱えたまま、うなだれていた。

川口先生は、職員室へ戻り、机の引出しから、コンビニのレジ袋を取り出した。

レジ袋を持って指導室へ戻った。


そこまで川口先生が話した時、千景は、ふと、正面の黒板の方を見た。

クラスのほぼ全員が、うつ向いて、机を眺めている。

丁度、川口先生が千景の隣を前に向かって通り過ぎるところだった。

だ。

一センチくらいの楕円体に刺々が、いっぱい突き出ている。

引っ付き虫だ。

千景は、机に片手を着き、中腰になって手を伸ばし、引っ付き虫を取った。

川口先生は、振り向くと怪訝な顔で千景を見た。


千景は、川口先生に引っ付き虫を見せて「付いてました」と教えた。

川口先生は、不思議そうに引っ付き虫を見て「ありがとう」と云った。

千景は、引っ付き虫を筆箱に仕舞った。


川口先生は、美加に、死骸は、学校で処分すると伝えた。

そして、美加を帰宅させた。


暫くして、慌てたような、足音が近づいて来た。

川口先生は、指導室から廊下へ出て、顔を覗かせた。

怜奈と石田さんが職員室へ駆け込もうとしていた、


川口先生は指導室から出て、膨らんだレジ袋を石田用務員さんに預けた。


川口先生は、怜奈を伴って中央階段を上り、二組の教室へ向かった。

途中、二年生の教室へ曲がる手前で掃除用具ロッカーから雑巾を取り出した。

すぐ隣の洗面台で洗って絞った。

「歩行注意」の赤いカラーコーン二個と黄色と黒の縞になったバーを二本取り出した。

バーには両端にワッカが付いている。川口先生は、三組へ向かって歩き始めた。

怜奈が、「先生。持ちます」と云って、カラーコーンとバーを受け取った。

教室へ入ると、川口先生は、うさぎの死骸があった辺りの床を雑巾で拭った。

怜奈は、「歩行注意」のカラーコーンを置いて、バーをカラーコーンへ渡し掛けた。


川口先生は、「ありがとう。事情を聞かせて」と云って、指導室へ怜奈を連れて行った。


後は、怜奈が説明した通りだ。


でも、何の為に。

嫌がらせ?

誰に?


うさぎと云えば、亀。ではない。

勿論、餅つき。でもない。


石木中学校でウサギと云えば。

石木葛原小学校から、強引に二羽のうさぎを譲り受けた、いや、渡りに舟で押し付けられたのが、二年三組の美加と二組の柚葉の二人だった。


柚葉は、自宅でペットとして飼っているので、話題にもならない。

だが、美加は、小学校から譲り受けうさぎを中学校で飼育している。

だから、うさぎ二羽の飼育作業を美加が一人で担当している。

それに、うさぎの死骸が置かれていたのが、二年三組。

美加のクラスだ。

美加に対する嫌がらせとしか思えない。


誰が?

千景は、美加、彩乃の三人と保育園、小学校、中学校まで一緒だ。

だから、美加の事は、良く知っている。

美加は、学業の成績は優秀だ。

スポーツはバレーボールのクラブに小学校から通っていた。

だから、スポーツも得意だ。

そして、何より、綺麗で、優しい。


嫉妬こそ、されるかもしれないが、嫌がらせを受けるような理由は思い浮かばない。

特に、誰かから恨みを買うような事は、無いと思う。

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