四章

弘田に、ネットの動画を確認させている。

昨年、夏から冬のイベントの動画だ。


葛西が企画したイベントに、出演した少女達を確認している。


それらしい、十五、六歳の少女は見付からない。

時期を遡って確認した。

別の会社のイベントも確認した。

しかし、良く似た少女は、見付からない。


林刑事は、弘田の席の前で、退屈していた。

弘田が、イベントの動画を始めて、もう三日目だ。


実際に葛西が殺害されている。

「殺される」というのも、本当だった。


だから、喫茶「砂時計」の屋根裏部屋に弘田を匿っている。

以前は、マスター夫婦が暮らしていたそうだ。

店の近くのマンションで暮らしている。

息子が、一時期、一人で住んていた事もあるが、結婚して出て行った。

今は、誰も住んでいない。


林刑事は、マスターに頼んで、屋根裏部屋を提供してもらっている。


林刑事は、弘田が、動画を確認する作業に付き合って、三好刑事を待っていた。


三好刑事は、県警本部へ行っている。

大手食品会社、津和木の遠藤常務に会って、話しを聞いても良いか。とお伺いを立てるためだ。


はっきりとはしないが、県警本部捜査二課が、なにやら動いている。

津和木は現在、微妙な状態にある。

中堅商社の三橋と係争になっている。

まだ、どうなるかは、混沌としている。


弘田が、パソコンから目を放して、入口の画面を見た。

屋根裏部屋に、防犯カメラのモニターを設置している。


三好刑事が、「砂時計」の入口から、牛鈴を鳴らして入って来た。

マスターに、コーヒーを注文した。


「お待たせしました」

三好刑事が、屋根裏部屋へ上がって来た。


そして云った。

「何となく、伝えて来ました」

三好刑事が嬉しそうだ。


「何となく?どういう事や?」

林刑事は、不審に思った。


三好刑事は、捜査二課に、ちゃんと筋、通して来る。

と大見得切って、県警本部へ向かって行った。

何となく。とはどういう事だ。


ママさんがコーヒーを運んで来た。

三好刑事の前へコーヒーを置いて、下りて行った。


「だから、今から、説明します」

三好刑事は、ちゃんと、云っていた。

津和木の遠藤常務に話しを聞くと、ちゃんと伝えていた。


しかし、何の抵抗も無く、あっさり「ああ。そうですか。それで、何か…」と捜査二課の刑事が、云ったそうだ。


「変やのお」

林刑事が、首をひねった。


「そうでしょう。変でしょう」

三好刑事も首をひねった。


臨海公園殺人事件の捜査に、捜査二課が出ていた。


今のところ、事件で。捜査二課に関係しそうな人物としては、津和木の遠藤常務だけだ。


まあ、しかし、これで遠藤常務に話しを聞く事ができる。


「行こかぁ」

林刑事が、三好刑事を誘った。

今から、津和木の遠藤常務へ、会いに行く。

予約も入れていない。

会ってもらえる訳がない。


それでも、まっすぐ突き進むのが、林刑事だ。

だから、止めても無駄だ。


三好刑事が、慌てて、コーヒーを飲み干した。


「弘田。ゆっくり、確認しよってくれ」

林刑事は、そう云って、「砂時計」から出て行った。


三好刑事も、コーヒーを慌てて飲み干し、後に続いて出て行った。


「会ってくれますかねえ」

三好刑事が、独り言のように云った。


津和木の本社は、県の西、弥勒市にある。

車で一時間。


大抵、林刑事が運転する。

大学時代から、車が好きで、良くドライブをしていた。

だから、刑事になって、若手の頃から、ずっと、運転手をしている。


「まあ、会えなくても、良えんや」

林刑事は、云った。


相手は、押しも押されもしない、大手企業の常務取締役だ。

逃げも隠れもしないだろ。


ただ、警察が、動いていると分かったら、どうだろう。

しかも、捜査二課ではなく、所轄の、しかも管轄外の栗林北署刑事一課だ。


疾しい事があれば、何か動きがあるだろう。


林刑事は、津和木の本社を訪れたのは、初めてだ。


受付で、身分を告げ、警察手帳を見せた。

そして、遠藤常務への面会を申入れた。

用件は、「臨海公園殺人事件」に関する事であると告げた。

尚、面会の約束は。していない旨を知らせた。

受付の女性が、連絡を取ってくれた。

「暫くお待ちください」

受付の女性が云った。

すぐに、若い男性が受付へやって来た。


「お待たせいたしました。どうぞ、こちらへ」

若い男性は、林刑事と三好刑事の前に立って、まっすぐ、廊下を奥へ向かって歩いて行く。


意外にも、遠藤常務と面会が出来た。

十五、六歳くらいの孫娘が居るような、年齢ではない。

むしろ、十五、六歳くらいの娘が居るくらいの年齢だ。

林刑事と同年代だと思う。

だから、見当違いかなと思った。


常務室まで案内してくれた若い男性が、三百ミリリットルくらいのペットボトルを林刑事と三好刑事の前へ置いた。

見ると、若い男性が、遠藤常務の前にもペットボトルを置いて、隣の部屋へ入って行った。

入口のドアは、開いたままだ。


新型コロナの感染拡大を受けて、お茶の替わりに、ペットボトルを提供しているそうだ。

飲み物が残れば、そのまま持ち帰ってもらっているとの事だった。

ラベルを見ると、津和木のスポーツドリンクだ。


早速、林刑事は、遠藤常務に尋ねた。


臨海公園殺人事件の被害者、葛西との関係を尋ねた。

遠藤常務は、何回か、イベントに招かれて、行った事がある。

直接、葛西と会った事もある。


しかし、イベント会場へ、行った事はあるが、葛西の事務所を訪ねた事はない。


「それでは、こちらで、葛西と…葛西事務所へ、よく訪ねていた人を教えていただけませんか」

林刑事が粘る。


「長谷部さん。井端さんの所へ、お連れしてください」

隣の部屋の前で、遠藤常務が、云った。


「承知いたしました」

林刑事と三好刑事を常務室まで案内した若い男性だ

遠藤常務の秘書のようだ。

立ち上がって部屋へ入ると、常務室のドアを開けた。


遠藤常務が、井端さんに連絡を入れている。

「ああ。それと、今日は、予定がありませんので、ご用がおありでしたら、また、お寄りください」

遠藤常務が、丁寧に云った。

コンビニ大手のグリングラス出身というので、東京の出身だろうか。


遠藤常務は、津和木に着任して、まだ一年足らずだそうだ。

その所為か、地元の方言は、全く無かった。


また、若い男性の後に付いて、廊下を歩いた。

営業部の奥の部屋だった。

入口のプレートは、「販売促進課」となっている。


常務秘書の若い男性が、ドアをノックした。


部屋に入ると、正面に応接セットがある。

奥に、事務机が三台ずつ向い合せに置かれている。


一番奥の席から、若い女性が立ち上がった。


「どうぞ」

と応接テーブルの席を指して、その女性が云った。


林刑事と三好刑事がテーブルの前に進むと、女性が近付いて来た。


渡された津和木の名刺を見ると「販売促進課、課長、井端真紀子」となっていた。

それで、林刑事は驚いた。

今しがた、販売促進課まで案内してくれた常務秘書と、同じくらいの年齢だろうか。


井端課長は、遠藤常務から、林刑事の用件を聞いていたようだ。

席に着くと、すぐに説明を始めた。


井端課長は、何度も葛西事務所を訪れていた。

イベントの協賛金や広告料の交渉、コマーシャルに起用できそうなタレントの紹介などが、主な訪問用件だった。


何度も事務所を移転するので、捕まえるのが大変だったと云う。

確かに、葛西は、事務所を転々としていた。

疾しい事があったからだ。

弘田が、警察署に保護を申出た後からは、頻繁に事務所を移転していた。


林刑事も葛西の事務所を探り出すのに苦労していた。

怯えていたのかもしれない。


井端課長は、葛西となんとか連絡を取っていた。

葛西は、津和木で営業を担当していた。

その頃の葛西は、営業成績が優秀だったそうだ。

当時は、井端課長も営業担当だった。

まだ、井端課長が、役職に就いていなかった頃からの付き合いだった。


まあ、腐れ縁かもしれない。

あるいは、もう少し深い仲だったのかもしれない。


突然、葛西が、会社を退職して、イベント会社を立ち上げた。


暫くして、井端課長は、販売促進課へ異動になった。

ちょうど、津和木が、グリングラスと資本提携した頃だ。


どうやら、葛西は、会社の動向を知っていたようだ。

どうせ、グリングラスから、上司が出向して来るのは、目に見えている。

だから、葛西は退職したと云っていたそうだ。


「これは内緒ですが」

と断って、井端課長が、教えてくれた。


津和木の和木副社長は、それまで専務で、営業本部長だった。

その頃から、怪しい取引は、行われていた。

葛西は、和木専務が副社長に就任した頃に退職した。

その頃、和木副社長は、営業本部長を兼務していた。


もしかすると、平野が云っていた「営業本部長」は、和木副社長の事なのかもしれない。


和木副社長は、創業者の息子で、二代目社長に就任予定だ。

創業者は、弥勒市の漁港で、生まれ育った。


魚の行商から始めて、会社を興し、大きくした。

漁港から、利益を得て、会社を大きくした。

名字の「和木」に港の「津」を冠して、社名を「津和木」にした。


そろそろ、息子に、経営を譲ろうとしていた。

そんな矢先に、中堅商社の三橋と係争になった。


「ちょっと待ってください」

林刑事が、話しを遮った。

それは、捜査二課の案件だ。


「ああ。そうでした。殺人事件ですね」

井端課長が云った。


林刑事は、そんな会社の、重要事項をあっさり喋ってしまう、井端課長に驚いた。

会社に、何か恨みでもあるのか。

それとも、テレビドラマでよく見る、派閥争い?


井端課長が、葛西と連絡を取れていたのは、協賛金と称して、葛西の事務所を支援していたからだ。

金銭を受け取るには、葛西も連絡を取らざるを得なかった。


そして、井端課長としても、葛西と会う必要があった。

最近、聞いていた事がある。

葛西が、才能のある大型新人を見付けたと、云っていた。


名の売れたタレントを起用すれば、予算を大幅に超過する。

だから、津和木は、全くの素人を起用していた。


まあ、それはそれで、そこそこ、印象に残るコマーシャルだ。

だから成功している。

と評価されているらしい。


才能ある大型新人と聞けば、東京で成功するかもしれない。

その前に、津和木で起用すれば。と思っていた。


話半分としても、会ってみても良いと思った。

一度、会いたいと、葛西に申入れていた。


ところが、殺害される四、五日くらい前から、全く連絡が取れなくなった。

そして、遺体で見付かった。


林刑事は、気になった。

殺害される四、五日前というと、葛西の事務所に初老の紳士が、十五、六歳の少女を連れて来ていた時期と重なる。

その少女が、大型新人なのか。


井端課長には、その大型新人というのが、誰だか分からないままだそうだ。


逆に、井端課長から、「もし、大型新人だという子が、誰だか分かったら、教えてください」と頼まれた。


遠藤常務が、営業本部長になってから、循環取引が発覚した。

遠藤常務が暴いたのかもしれない。

あるいは、和木副社長が、遠藤常務を失脚させるために、画策したのか。

井端課長は、遠藤常務派なのかもしれない。

だから、社内の重要事項を喋ったのか。

それとも、林刑事が、テレビドラマの見過ぎなのかもしれない。


林刑事は、三好刑事と「砂時計」に戻った。


ほぼ、収穫は無かった。

ただ、和木副社長が、循環取引を指示していたらしい事が分かった。


「一度、川村へ行ってみますか」

「川村」は、循環取引で、津和木が、経営難を助けたという食品輸入会社だ。


しかし、「川村」は、タレントやイベントとは、関わりが無さそうだ。

イベントに協賛していた形跡が無い。


あるいは、捜査二課が追っているのは、「川村」かもしれない。


葛西の事務所に来ていた、十五、六歳の少女を見付ければ、自然と分かるだろう。


林刑事が、弘田を見た。

弘田が、まだ、パソコンの画面を睨んでいる。

まだ、分からないようだ。


「弘田。ゆっくりで、ええで。身体壊すなよ」

林刑事が、柄にもなく、優しい言葉を掛けた。


弘田が、パソコンの画面を凝視している。

「これは」

弘田が、何か見付けた。

「あの娘だ」

弘田が叫んだ。


どこかの学校の、バレーボールの試合の一場面のようだ。


弘田が、前画面に戻した。

行事報告リストのサイトになった。


更に、前画面に戻った。

新型コロナ関連のお知らせが新しい順に掲示されている。

新型コロナの影響で、行事は限られていたようだ。


もう一画面、戻した。

すると、トップページに戻った。

石木中学校のホームページだ。


そこから、弘田が、辿り着いた女生徒の画面まで進めた。


昨年の、春の球技大会の写真がアップロードされている。


「この娘だ。間違い無い」

弘田が示した女生徒は、鋭く喉から顎のラインを一杯に伸ばしている。

トスをした瞬間だろうか、上げたボールを見上げている。


林刑事は、確信した。

成程。

大型新人か。

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