6.世間話し

長野泰裕君は、毎朝七時三十分頃に自宅を出る。

学校に着くのは、徒歩で十五分くらい。

自宅を出て、十分くらいすると、塚本君が、用水路の口蓋の上で回っている。

塚本君は、障害があり、支援学級に通っている。

塚本君は、立ち止まって、回り始めると、いつ終わるか分からない。

大抵は、高木君と薮内君が付き添っている。

二人は、自転車を押して登校している。

塚本君に付き添っているので、自転車を押すしかない。


用水路の角を渡ると、東校門まで真っ直ぐ歩道がある。

歩道には、ガードレールがあるので、塚本君一人でも危険は無い。

五分くらいで学校に着く。と思っている。

高木君と薮内君は、塚本君に東校門へ続く歩道まで付き添う。

そこから、二人は、慌てて東校門を通って自転車置場へ向かう。

だから高木君も薮内君も、その後の塚本君を知らない。


勿論、校庭の周囲は、南の農道を除き、歩道になっている。

車道と歩道の間には、ガードレールもある。

だから、高木君も薮内君も、塚本君を置いて登校するのだ。


ある日、長野君が用水路の角で、忘れ物を思い出した。

体操服を入れたバッグを持っていない。

玄関の下駄箱に置いたままだ。

八時には間に合わないが、一時限目の授業には間に合う。

長野君は、自宅へ急いで戻った。


やはり、下駄箱に置いていた。

そして、急いで学校へ向かった。


東校門を過ぎた辺りに、塚本君が見える。

何処へ行くつもりなのか。

塚本君が、正門の方へ曲がった。

その後を誰かが、付いて行っている。

大西君のようだ。


だが、長野君は、忘れ物を取りに戻る途中、大西君とすれ違っている。

「おはよう」

大西君が、長野君に挨拶した。

長野君は、会釈するだけだった。

大西君は、その数分後に、東校門から校庭に入っている筈だ。

一体、何をしているのだろう。


午前八時十分。

長野君は、我に返って東校門から登校して、教室へ向かった。


その日も大西君は八時半頃、席に着いた。


長野君は、石木竹原小学校で、大西君と同じクラスになった事がある。

しかし、話しをした事は無かった。

長野君は、大西君に限らず、滅多に会話する事が無かった。

周囲は、長野君は、無口だし、一人で居る事が、好きなのだろうと思っている。

話し掛けられる事はおろか、挨拶さえする人も居なかった。


ただ、大西君は、長野君に話し掛ける事は、無いが、挨拶だけはする。


その翌日、長野君は、いつも通り、自宅から学校へ向かった。

しかし、遅刻覚悟で、運動場の南側農道で、時間を潰していた。


昨日と同じ。

高木君と薮内君が塚本君に付き添って用水路の角を渡った。

その後を大西君が歩いている。


東の校門の手前で、塚本君を置き去りにして、校庭に自転車を押して入っていった。

時間は午前八時を過ぎていた。

立哨当番の先生も居ない。


塚本君は、東校門を通り過ぎた。

その後を大西君が付いて行く。

今度は、角を曲がり、北の正門へ向かった。

やはり、その後を大西君が付いて行く。

しかし、正門を通り過ぎた。

また、角を曲がり、西の搬入口へ向かった。

塚本君は、西の搬入口から校庭に入った。

大西君もその後に付いて、搬入口から校庭に入った。

塚本君と、その後を歩く大西君が西の中庭を通っている。

大西君は、塚本君が一階の支援学級へ入ると自分の教室へ向かった。

随分と遠回りしている。


それにしても、まさか、二人が、東の校門も北の正門も通り過ぎて、西の搬入口から校庭へ入っているとは思わなかった。

長野君も慌てて教室へ向かった。


これは、明らかに、大西君が塚本君を支援学級まで、見守っているのだ。と思ったそうだ。


弘は、交通安全指導の、立哨当番表を確認した。


事件直前にストンウッドの交差点で立哨当番をしていたのは、井川さんだ。

ストンウッドは、イベント会場で、片側二車線の交差点になっている。

竹原方面から登校する生徒の交通安全指導の立哨当番は、この交差点で実施する。

井川さんは、うどん屋を営んでいる。

この道路を南に進み、何軒かの農家の間を通って辿り着ける。

店の構えは、本当に、まったくの、古い農家の納屋だ。

看板も暖簾も無い。

納屋の前の敷地に、人が並んでいるのを見て、やっと、うどん屋だと分かる。


弘は、店に入った。

井川さんが居た。

店のおばあさんに、二玉注文して、皿にゲソ天を取ろうとすると「飯蛸。あるで」井川さんが云った。「じゃあ、飯蛸四つ」弘が乗った。

井川さんが、飯蛸を天ぷらにしている。

おばあさんが、うどん二玉入った丼を差し出した。

弘は、うどんを湯で捌かない。

そのまま、出汁をかけ、ネギと生姜をうどんに載せた。


「随分、ご無沙汰やなあ。どこで浮気しとったんな」

井川さんが云った。

新型コロナで、外食を控えているのは、分かっている。

「こないだ、警察に聞かれたんやてぇ」

弘は、話しを向けた。

「そうなんや」

意外と、あっさり、話してくれた。

長野君というと、ガリ勉で、学級委員長のイメージだ。

こんな事件が起きても、塾へ通っているそうだ。

塾帰りに話しを聞いてみるしか無いなあ。


大西君は、一年生の時、野球部に所属していた。

父親は旅行代理店に勤めていた。

新型コロナの影響で、仕事が激減した。

いや、仕事が失くなった。

母親は、スーパーでパート勤務している。

大西君は、二学期に野球部を退部した。

三年生になって、中学卒業すると、就職する事に決めた。

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