EPISODE 42:残虐


「平兵士の分際で私に刃向かうとは、実に愚かな選択をしたな。身の程を知るがいい」


 ウィンクの胸元が目映まばゆく光り輝く。刻まれし紋章は血走る目玉を模している。

 刹那せつな、白い閃光、拡散する衝撃波。

 巻き起こるプレッシャーにピットが目を細める。そのわずかな間に変身完了、禍々まがまがしい怪人態が顕現けんげんする。

 赤いマントとボンテージ衣装は変身前と変わらず。肌は青白く紙やすりの如くザラつき、紫紺しこんに染まる血管が張り巡らされている。全身の至る所には眼球が埋め込まれており、それぞれ意識を持つようにぱちくり瞬き。本人の素顔は白い仮面に覆われて、代わりとばかりに巨大な瞳がひたいに鎮座していた。

 ハイランクメイデン、ウィンク。

 幹部クラスの怪人は、その名の通り格の違う戦闘力を誇る。通常の生物とは異なるモチーフを取り入れた特別な存在なのだ。


「何よ偉そうに、あなたなんか……――きゃあっ!?」


 バシンッ!

 額の瞳より高速で撃ち出される白色のビーム。高熱のラインがピットの太腿ふとももかすめていく。

 肉の焦げる臭いが漂い、ぽたりぽたりと緑色の血液が滴り落ちる。


「偉そうなのではない、偉いのだ!」


 息つく暇もなく次の光線が放たれる。ピットはすぐさま後方へ飛び退いて回避。反撃に出ようとするも、二の矢三の矢ビームが絶え間なく降り注いでくる。回避に全力を尽くすしかない。

 このままでは防戦一方、いずれはじり貧になってしまう。

 逃げてばかりでは勝ち目はない。


「くっ、“蛇神じゃしん炎舞えんぶ”!」


 手足に業火を纏い、ビームの固定砲台と化したウィンクへと真っ直ぐに突撃。

 肉を切らせて骨を断つ。

 近距離戦に持ち込んで、高慢ちきな顔面に特大パンチをお見舞いしてやる。

 バババババババババッ!

 機関銃の如くビームが連続で撃ち出され、へびの体表は確実にあぶられていく。それでも炎の拳でガードし、威力を軽減。一気に距離を詰めていく。

 幹部相手のタイマン、無傷で勝てるはずがない。刺し違えるつもりで挑まなくては、勝機など掴めるはずもないのだ。


「食らいなさいッ!」


 燃え盛る拳が白い仮面へと鉄槌を下す。が、渾身の一撃は通らず。灼熱の炎をものともせず、ウィンクの青白い掌が受け止めていた。

 ギリギリと、強烈な握力で握り返してくる。ピットの右手が悲鳴を上げる。


「この程度の攻撃で私を倒せるとでも?」

「思っているわよ」


 だが、受け止められるのは想定内。浅慮なピットも、幹部相手に単調な格闘技が通用するとは考えていない。

 パンチはおとり、本命は死角より伸ばした蛇の髪の毛だ。

 “毒牙どくが調律ちょうりつ”。牙には猛毒が仕込まれており、一噛みすれば血流に乗って全身を回り、いかなる生物も冒し尽くす。幹部であるウィンクも生き物、毒を前にすればひとたまりもないはず。仮にピットが死亡しても毒は有効、遊のために貢献出来るのだ。

 絶対に決めてみせる。

 忍ばせた蛇が、ウィンクの背後より噛みつく――が、牙が刺さる前に爆発四散。蛇の頭が千切れ飛ぶ。ビームを撃たれたのだ。

 一体どこから?

 答えは背中に生える眼球から。細い白煙が立ち上っている。光線は額の眼球以外からも発射可能らしい。


「フン、からめ手も程度が低いな」


 目玉の特性を有する怪人だけあり、ウィンクの視野は三百六十度死角なし。ピットの付け焼き刃な作戦は最初から無意味、肉を切らせても骨折り損だったのだ。


「それなら、“蛇炎じゃえん連弾れんだん”で――」

「遅い」


 ゼロ距離で火炎弾を放つ、その直前でウィンクの足払いが炸裂。バランスを崩したところへ更に回し蹴り。爪先つまさき鳩尾みぞおちにめり込んで、ピットの体は軽々と蹴飛ばされてしまう。蛇の体は無様にも床を跳ねていく。


「げほっごほっ……。まだまだ、これからよ……!」


 嘔吐おうと感にさいなまれながらもピットは身を起こす。ただの蹴りでダウンする訳にはいかない。意地と誇りを支えに立ち上がる。しかし、すぐにそのひざは折られる――物理的に。


「ひぎぃっ!?」


 巨大な球体が落下し、ピットの左足を押し潰す。

 バキッ、ブチブチッ、ゴリリッ。骨と肉がすり潰される、不愉快な音が鼓膜を震わす。が、激痛で聞いている余裕はない。

 膝を破壊した凶器はウィンクの眼球だ。左手の甲より飛び出したそれはさながら分銅鎖ふんどうくさりのよう。視神経が繋がったまま瞬時に巨大化し、対象を的確に圧砕したのだ。

 立っていられず、ピットはもんどり打って倒れる。

 左足はぐちゃぐちゃだ、もはや使い物にならない。出血も多量で止まらない、早く“スグナオルンデスX”を飲まなければ命に関わる。

 だが、戻ることは許されない。自分が前線を退いてしまえば、ウィンクの魔の手が遊に伸びてしまう。そんな本末転倒な展開はまっぴら御免である。


「私を、舐めないでよね……っ!」


 気力と両腕の力だけで体を起き上がらせる。

 負けてたまるか。死ぬならせめて道連れだ。

 そんなピットをあざけるかのように、ビームの豪雨が容赦なく叩きつけてくる。

 足先を吹き飛ばし、二の腕の肉を削ぎ、脇腹の上澄みをえぐっていく。

 そのどれもが致命傷にならない。敢えて急所を狙わず、じわじわいたぶるようにビームを撃っているのだ。この場にキュームがいたら「舐めプじゃないっスか」と一人で非難囂々ひなんごうごうブーイングだっただろう。ウィンクの悪辣あくらつっぷりが滲み出ている。


なぶり殺しの苦しみとはずかしめを招いた、自身の愚かさを悔いながら息絶えるがいい」

「誰が、愚かなものですか。私は、私は……っ!」


 己の力量を見誤り、勝てない戦いに身を投じたのは確かだ。はたから見れば滑稽こっけいな失策。しかし、自分の選択が誤りだったとは思わない。思いたくない。

 あくまでも、最優先事項はえるの救出だ。遊の願いを叶えられたのなら、それで御の字である。

 運命の相手、最愛の子どもたる遊のためになるのなら、この命さえ惜しくない。

 それこそがピットの、自称母親としての覚悟。

 ただ一つ、後悔があるとすれば。


「……やっぱり、遊ちゃんの……もらいたかったなぁ」

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