メイデン☆クライシス~地球は女怪人に征服されました~

黒糖はるる

第一章:Alive A life

EPISODE 1:邂逅


 見渡す限り一面赤黒く染まった大地が拡がっている。

 かつて人々の営みがあっただろう住宅街は、グロテスクに泡立つ粘菌ねんきんにびっしりと覆われていた。それはまるで、世界が滅びた後の景色。荒廃して土に還っていく過程を見せられているかのようだ。

 しかし、こうなったのはつい一週間前のこと。人類は絶滅していないし、世界もまだ終わっていない。あくまでも現在進行形である。

 そう、地球は今、前代未聞で空前絶後の危機にさらされているのだ。

 何の前触れもなく、宇宙の彼方より降り注いだ謎の流星群。その一つ一つが巨大な槍。世界中の地面へ直角に突き刺さり、天高くそびえる塔を乱暴に建造する。それが侵略開始の狼煙のろしだった。

 塔を中心に土地は汚染されていき、同時多発的に赤黒い粘菌が領土を拡大。更にそこから侵略者の尖兵せんぺいが生えてきて、次々と地球人を捕獲し連れ去り始めた。警察も軍隊もあらゆる武力が無意味、宇宙人相手に全く歯が立たない。地球は瞬く間に侵略者の手に落ちていった。

 それはここ、塩塚しおつか地区も例外ではない。


「はぁっ……はぁっ……!」


 赤黒く染まったアスファルトの上を、息を切らせてひた走る一人の少年。

 十歳を迎えたばかりの幼い顔には玉のような汗が浮き、癖っ毛とパーカーのフードが風になびいている。細い手足は爪楊枝つまようじのようにもろく、今にもひざを折って倒れてしまいそうなほど弱々しい。

 彼の名前は黒貴くろきゆう。好きな食べ物はハンバーグ、嫌いな食べ物はピーマン。臆病で引っ込み思案な性格の、一人いたら三十人くらいいそうなごく普通の男の子。特筆すべき項目はない。

 だが、置かれている状況は対極に位置する。

 着実に侵略が進む地球の上、ただの子どもが無事でいられるはずがない。


「だ、駄目だ、追いつかれる……っ!」


 遊の背後に迫るのは怪しき影の集団。うぞうぞと体をくねらせる、その誰もが没個性を通り越してのっぺらぼう。まるで全身タイツを纏っているかのように、頭のてっぺんからつめの先まで真っ黒。ボディラインくっきりで、揃いも揃って恵まれた体格のご婦人ばかり。

 彼女達こそ、けがれた大地より生まれ出でし侵略者の尖兵。漆黒のお姉さんご一行が、無垢むくなる子供一人を執拗しつように追い回しているのだ。見事に犯罪臭かぐわしい絵面なのだが、それをとがめる者はいない。この街はとっくに終わっている、やった者勝ちの無法地帯と化しているのだ。

 影の魔の手がぬるり、と。無防備な遊を遂に捕らえた。


「い、嫌だっ。たす、助けてっ」


 滑るように黒い腕が巻き付いてくる。遊がどれだけ暴れ身をよじろうと、万力よろしくガッチリ掴まれて抜け出せそうにない。そこへ追いついた他のお姉様方も群がる。藻掻もがく手足も順々に押さえ付けられてしまう。多勢に無勢、子どもの力ではもう抗えない。


「や、やめてっ……」


 ふるふると首を振る遊などお構いなしだ。黒い手指は蠕動ぜんどうし体の上を這い回り、幼い肢体のみずみずしさを堪能する。素肌が露わな足を愛おしそうにで回し、絹製品を思わせるきめ細やかな手触りを。あるいはうなじを指先でもてあそび、敏感に身悶みもだえして乱れた吐息を漏らす様を。影のご婦人は無言で狂ったうたげを楽しんでいる。


「んっ……いやっ、そんなところ触らないで……っ」


 上気した声色で懇願するも、影のいやらしい手は緩まない。魔の手はズボンの隙間を潜り抜け、隠されし未成熟の秘宝へと伸ばされる。

 男の子の、大事な場所へと。


「そこまでランよ、変態女共!」


 その時、甲高かんだかい叫びを伴い、目映い閃光が辺り一面を包み込んだ。

 目がないくせに黒いお姉様方はひるみ、たまらず自身の顔を覆う。拘束から解放され、遊は物理法則に従い、尻餅しりもちをついて赤黒い大地に転がり落ちる。


「今のうちに、こっちに来るラン!」

「う、うん」


 したたかに打ちつけた尻をさすりながら、遊は何者かの声に従い脱兎だっとごとく逃げ出す。

 襲われているところを助けてくれたのだから良い人。きっとヒーロー番組の主人公のような正義の味方なのだろう。そんな漠然とした信頼から、相手が誰とも知らずにホイホイ遊はついていく。


「ここに隠れていれば安心ラン」


 光が収まり、段々と周囲の様子がはっきり見えてくる。雑居ビルの一階だろうか。不気味な粘菌に覆われた、赤黒く染まったロビーの中。居心地が良いとは言えないが、黒い変態婦人会は見当たらない。どうにか逃げおおせたようだ。

 しかしその一方、助けてくれた声の主もいない。部屋の中には遊ただ一人だけである。

 もしかして、さっきの声はおばけ?

 血中に氷水を流し込まれたような感覚だ。背筋がぞくりと震えて怖気おぞけ立つ。遊は怪談の類いを苦手としている。学校の催しで肝試しをした時、恐怖で気絶してしまい、ペアだった女子に笑われたくらいである。不可思議な現象を前に、奥歯が噛み合わずカチカチ鳴ってしまう。


「おーい、グランはここにいるランよ?」


 また声が聞こえた。今度は真後ろから。助けてくれた何者かが背後にいる。

 ごくりとつばを飲み込み、遊は意を決して振り返る。

 鬼が出るかじゃが出るか。しかし、そこにいたのはおばけではない。だが、人でもなかった。

 白いワンピースをひるがえす女の子。三つ編みツインテールのつややかな髪は燃えるような朱色。くりくりと大きな瞳は水色で白目部分がない。そして、背中から生えた薄く透き通った羽。

 妖精と呼ぶのが相応ふさわしいだろう、体長十五センチメートルのミニサイズな少女がそこに浮いていた。


「うわぁぁあっ!?」


 ――パシンッ。

 巨大なと誤認して、思わず両手で挟み叩き潰してしまった。

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