EPISODE 24:赤面


 仮面を穿うがつ両穴より鋭い眼光が射貫いてくる。獲物を狙う肉食獣の瞳そのもの、おおかみの怪人なので当然と言えばその通りなのだが。


「さぁてとぉ……どうやって食べよっかなぁ~?」


 ピンと爪を立てて、くるくる回しながら調理方法を思案している。その切っ先が哀れな肉に突き刺さるまでそう時間はかからないだろう。数秒後の自身を想像し、遊は恐怖で全身をわななかせる。


「うーん、やっぱまずは皮きっしょ。まずはち○ちん剥いてぇ、それから全身むきむき皮剥きしてぇ」


 要するに剥製はくせい、日本狼よろしく絶滅種として展示するつもりだろうか。あと、包茎ほうけい手術と同列に扱って良いのか疑問が残りまくる。



「あ、でもでもぉ。皮被りのままの方が可愛いかもだしぃ、中からいじめる方がいい系じゃない?」


 責め方を考えてばかりでハウリは中々実行に移さない。焦らしプレイをしているつもりなのか。怯える姿を楽しむサディスト。優しいギャルなんて幻想だったのだ。いつか訪れるその時が長引くほど、恐怖は増大し続け心をむしばんでいく。


えてお尻から爪をねじ込んで、ほじほじしまくるのもアリ寄りのアリ?」


 泣きたい。

 叫びたい。

 逃げ出したい。

 いいや、駄目だ。情けない姿を晒す訳にはいかない。

 えるを絶対に助け出すと決意したのはどこの誰だ。聞くまでもない、自分ではないか。それなのに、いつも逃げてばかりで味方に任せてばかり。敵にも仲間にもされるがままもてあそばれているだけの日々。この体たらくで本当に思いを貫けると、えるを救えると本気で思っているのか。

 恥を知れ。やられっぱなしでどうする。

 今こそ男児の意地を見せる時じゃないのか!?


「好き放題言って……」


 キッ、と。

 遊は顔を上げると、未だ焦らしの言葉責めに勤しむハウリを睨み付ける。


「僕は子どもだ、弱くて頼りない」


 そして、一歩踏み出すと、


「それでも……!」


 全体重をかけて押し倒す!

 ハウリは呆気なくひっくり返り尻餅、思わぬ反撃に目を白黒させている。受け身すら取れず何が起きたか理解する間もなく、そのまま馬乗り状態にされてしまう。


「もう逃げない、立ち向かってみせる。お姉さんが僕を食べるって言うのなら、食べ返してやるんだからッ!」


 仮面の向こうの変態ギャルに向けて宣戦布告だ。

 それは単なる決意表明。ただの男児が勢いに任せて思いをぶちまけているに過ぎない。遊が非力という事実に変わりはないし、圧倒的不利な戦況を覆すなど不可能。次の瞬間「だからどうした」と押し倒し返されてもおかしくない。

 だが、そうはならなかった。

 初々しい男児の発揚はつようは、思わぬ効果をもたらしたのだ。


「え、ちょっと、やだ待って」


 押し倒されたハウリがもじもじ、急に身悶みもだえを始めた。かと思えば突然緑の仮面がパーン! 物の見事に砕け散った。

 露わになったハウリの素顔は、どういう訳か鮮やかに紅潮。ほかほか熱を帯びた朱色に染まっている。よく見れば、狼の耳もほのかに桃色で湯気が立ち上っていた。

 何が起きたのか意味不明だ。

 しかし、まずいことをしてしまった、というのは本能的に察した。遊は申し訳なさそうにそろりそろりと立ち上がる。


「え、どうしよ……マジやだ、あーしってば何よもう」


 一方のハウリは狼狽うろたえてしどろもどろ、あたふた慌てふためき右往左往している。戦闘どころではなくなったせいか、変身も解除されて人間態に戻っていた。全身汗ばみ目はグルグルマーク、誰がどう見ても混乱状態だ。

 そんなハウリの褐色肌に、白くて太い帯がにゅるりと巻き付いた。両腕を巻き込んで身動きが取れないよう、雁字搦がんじがらめに徹底的に。


「……捕まえた」


 束縛の実行犯は――セルピアだ。伸ばす触腕は右側のみ、もう一方は千切れてしまったので弱体化しているだが、それでも人間態相手なら十分強力。ハウリは逃げ出せないどころか身じろぎ一つ出来なくなっていた。


「セルピアさん、大丈夫なの!?」


 重傷のセルピアの身を案じて駆け寄る。触腕の断面から鮮血が溢れているし、度重なる斬撃で体中飾り切り状態だ。そのまま寿司屋か料亭に出荷出来そうだし、全身激痛待ったなしだろう。だがセルピアは平然としており、


「それより、早く封印して」

「あっ、そうだよね」

「私より先にあっち」


 ハウリの封印を促している。

 事情は不明だが、相手は戦意喪失している。封印する絶好のチャンス、逃す手はないだろう。確かに彼女が催促する通りなのだが、それはそれとして、傷だらけでも冷静な判断が出来るセルピアが少し怖くなってしまう。痛覚が麻痺まひしているのか、それともポーカーフェイス極まるやせ我慢なのか。少なくとも、遊なら痛みで転げ回っているだろう。怪人って凄い。


「じゃあ、封印しますね」


 顔が真っ赤のもじもじ乙女モードなハウリの、無防備に晒される胸に向けて鍵をかざす。狼の紋章の上に現れるのは封印の鍵穴、躊躇ためらうことなくそこへ差し込み施錠する。

 ハウリは目映い光に包まれて消滅。と同時に、鳥籠型のキーホルダーに緑色の紋章が浮かぶ。封印完了の証が灯ったのだ。

 これで使役可能な怪人は三人。人間性もとい怪人性に問題ありの異常性欲者ばかりのパーティだが、地球を取り戻す戦力としては申し分ないだろう。不安なのは自身の貞操だけだ。


「える姉さん、絶対に助け出してみせるからね」


 窓ガラスが割れて見通しがよくなった外の景色。その先にそびえる、雲を貫く巨大な塔に向かい、遊は改めて決意を口にするのだった。

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