EPISODE 23:加速


 この一撃は効いたはず、すぐには起き上がれないはずだ。という早合点な思考や台詞は大抵の場合失敗フラグ。慢心は最大の敵、勝ってかぶとの緒を締めよ。そもそも勝利は確定していない。

 そして案の定、今回の場合も当てはまった。


「舐めンなよッ……“刃裏剣亡畏怖ハリケーンナイフ”!」


 疾風が駆け抜けると――ガシャンッ! ガラスが砕け散る音がする。ハウリの放つ風の刃がショッピングモールの窓を破壊したのだ。おかげで風通しが良くなり、霧は穴から抜けていき、視界は次第に晴れやかに。

 やられた。

 閉ざされた施設というフィールドで煙幕を張り視界を奪った。ハウリ最大の武器である素早さを封じていたのはただそれだけ。おかげでたった一発の機転でアドバンテージがひっくり返ってしまった。見た目からして物事を深く考えないタイプかと思いきや、存外頭の回る怪人だったらしい。浅はかなのは自分の方だった。遊は奥歯をギリッと噛みしめる。


「あははっ、ガリ勉ちゃんも意外とやるじゃ~ん。あーしちょっとびっくりよ?」


 頭から緑色の血を一筋流すも、ハウリは未だに健在だ。ダメージは相応にあるはずだが、その闘志は全く衰えていない。軽口とは正反対に激しくメラメラ燃え上がっている。


「じゃあそろそろ本気、出しちゃおっかなぁ……っ!」


 ハウリの足元より渦巻く風が湧き上がる。床に残留するわずかな霧も吹き飛び、黒色は室外へ一掃されてしまう。


「“悪攻流宇印怒アクセルウインド”!」


 ぶわり。

 舞い上がる風はたちまちハウリを包み込み、おおかみの体を持ち上がらせてホバリング。空中浮遊の技なのか。するとハウリはおもむろに爪を振り上げ、次の瞬間、


「うぐっ!?」


 セルピアの脇腹から鮮血が噴き出した。

 深々と刻まれた傷痕、通りざまに斬撃を食らわせたのだ。しかし先程までとはスピードは段違い、高速移動を超えてもはや瞬間移動の領域である。


「まだまだだしぃ、ドンドンいかせてもらうよ~んっ!」


 ズバッ! ザシュッ! ジャキンッ!

 まさにヒットアンドアウェイ。

 高速で肉薄しては一太刀ひとたち。反撃が来る前に素早く離脱。そしてまた踏み込んで斬撃。目まぐるしい立ち回りだ。急所を狙われないよう回避するのに手一杯、セルピアは防戦一方になってしまう。

 見通しが良過ぎて格好の的。それなら黒い霧で再度視界を奪うのが最適解。風通しが良くなったせいで効果は半減だろうが、やらないよりかは幾分かマシのはずだ。


「セルピアさん、もう一度“左煙幕さえんまく”を!」

「もちろん……――うあっ!?」


 しかし、度重なる切り裂き攻撃で妨害されてしまう。セルピアの左腕に緑色のラインが走り、血飛沫がパッと床に飛び散る。速さで上回る相手では全てが後手後手、反撃の出鼻をくじかれっぱなしだ。


「ど、どうすればいいんだ……」


 対応に迷うほど、セルピアの体はより多くより深く切り刻まれていく。このままでは彼女が烏賊いかそうめんになってしまう。のどごし滑らかになってしまう。早く逆転の一手を打たないと。

 だが、思いつくよりも先に、


「とどめだ、“刃裏剣亡畏怖ハリケーンナイフ”!」


 爪より放たれし風の刃が直撃、セルピアの体は遙か彼方に吹き飛ばされていった。

 ぼとり。床に何かが落ちた。

 ぴくぴくと脈打つそれは、鮮緑の体液で濡れた白と青の太長い物体。セルピアから生えていた触腕、その片割れだ。断面から血液をぴゅるぴゅる数度噴き出すと、やがて微動だにしなくなった。


「嘘だ、セルピアさんが負けた……?」


 怪人の中でもエリートと呼ばれていた彼女が敗北するなんて。

 へびも烏賊も戦闘不能、これで仲間の怪人は全滅してしまった。残るは遊自身と妖精のグランだけ。言うまでもなく。どちらも戦闘力ゼロに等しい弱小メンツ。

 万事休す、進退きわまる。

 土俵際のがけ真っ逆さまなギリギリの状況に追い込まれてしまった。


「きゃはっ。遊っちてば、マジでいい顔してんじゃ~ん」


 爪に付着した血を手首のスナップで一振り、ハウリは浮き立つようにこちらを流し目で見据えてくる。仮面でその表情は読み取れないが、きっと舌舐めずりしているに違いない。もはや、彼女の欲望を止める者は誰一人いないのだ。このまま思う存分男児のサクランボを狩るだけ。歓喜の時間を前にドキドキワクワク、胸を十六分音符で弾ませているのだろう。


「ゆ、遊には指一本触れさせないラン!」


 最後の防波堤として、グランはバリアを展開して対抗するが、


「はいはい、“刃裏剣亡畏怖ハリケーンナイフ”」


 至近距離からの風の刃で端微塵ぱみじん。光の壁は砕け散り、易々突破されてしまう。そしてついでにデコピンの一撃。グランは羽虫のような扱いで店舗の裏へと転がっていく。


「これで邪魔者は完璧にいなくなったしぃ、やぁっと美味しく食べられるかんじじゃ~ん?」

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