EPISODE 22:霧中


「まずい、早く烏賊いか女を召喚しろラン!」

「さっきと言ってること違くない?」


 同時召喚は危険だと禁止宣言したくせに。この妖精、掌返しが酷い。くるくるドリル並みの回転数だ。

 じっとり視線を送りつつ、遊は青く光る鍵を取り出して封印解除。虚空よりセルピアを呼び出す。


「大騒ぎね」


 ショッピングモールに降り立つと即座に衝撃波、セルピアは怪人態へと変貌する。胸元より青い紋章を輝かせるその姿は、ぬらりと海洋生物独特の光沢をしならせる烏賊ボディ。仮面の奥底より、鋭い瞳がハウリを見据えている。


「あ、エリートガリ勉で有名なスクィッドメイデンじゃーん。あんたも裏切るなんてびっくりなんですけどー」

「……ちっ」


 ガリ勉という呼び名が地雷だったらしい。やけに大きな舌打ちが聞こえた。


「人生設計考えた上での行動だから」

「ふーん。それってつまりぃ、“アモレ”の一員でいるよりも、遊っちと一緒の方がいいって思った訳なんだ」

「そういうこと」

「なーんだ、スネークメイデンとおんなじじゃん」

「ちっ!」


 更に大きな舌打ちである。ガリ勉呼ばわりよりもピットと同列に扱われる方が嫌らしい。仲が悪過ぎる。

 一触即発の危険を肌で感じ、遊とグランはそろりそろりと退避。ハウリの相手は彼女に任せて、こちらはピットの救出を優先しよう。断じて、セルピアのイラつきが怖かった訳ではない。


「うわっ」

「これは酷いラン」


 バイクが突っ込んだ事故現場はキッチン用品のコーナー。しかしズタボロ荒れまくりで店舗とは思えない有様、床には真っ黒に焦げたタイヤ痕が残っている。そして、散乱した商品に紛れて転がっているのはピット。青汁を拭いて汚れた使い古しの雑巾みたいになっている。引き回しが相当堪えたのか、遊が近寄ってもぴくりとも動かない。


「ピットさん、起きてよピットさん!」


 抱き起こすと、怪我けがの深刻さが視界に飛び込んでくる。ピットの顔面は、生肉のユッケとアボカドサラダを足して二で割ったようにぐっちゃぐちゃ。モザイクをかけた方がいいレベルの大惨事。かろうじて息はあるものの、無事とはとても言えない容態である。


「ぐぶっ、げぼっごぼっ……うぐぅっ」


 呼びかけに反応して、声とも鳴き声とも取れないうめきが漏れた。


「ピットさん!」

「ごべんだざい、ママまげぢゃっだ……」

「まったく、なんで負けたラン?」

「ぞれば……ぞの、あの子がぐでだコレにきぼどられで……」


 血が逆流しているせいか、ごぼごぼ言って聞き取りづらい。

 どうやら、ハウリから渡された物で油断したため敗北したらしい。一体何のせいだったのか。ピットが見せてくれたのは一冊の本だった。


「何コレ」


 血塗れで深緑にふやけたその表紙に並ぶのは、『コミックSショタOオー』の文字と裸の少年の絵。おねショタ専門誌として一部界隈で有名な雑誌であり、一流の漫画家とイラストレーターが魂を込めた逸品。ショッピングモールの本屋に陳列されていたのだろう。成人向けなので中身は遊に見せられない。


「やっぱコイツ馬鹿ラン」

「うわぁ、辛辣しんらつ


 要するに、エロ本に気を取られて大ダメージ。敗北した上に縛られ引き回されてこの始末、という経緯いきさつである。黒歴史確定、末代までの恥だろう。

 呆れつつも、遊は隷属の鍵を血まみれの胸に差し込む。


「とりあえず、向こうで傷を治してね」


 敗北原因にドン引きではあるものの、わさびのすり下ろしもどきになりながらも戦ってくれたのだ。満身創痍まんしんそういの身を労って再封印しておく。万能な回復薬を飲めばミンチになりかけの体もどうにかなるだろう。ひとまず安心だ。

 それより問題なのは、


「“右激流うげきりゅう”」

「“刃裏剣亡畏怖ハリケーンナイフ”!」


 目の前で繰り広げられる、水と風がとどろくバトルだ。

 セルピアの放つ水流とハウリの放つ風の刃が激突し、飛沫しぶきと爆風が商品棚の隙間を吹き抜ける。


「セルピアさん、相手はスピード重視の強敵だ!」

「知ってる」

「だから、まずは動きを封じよう!」

「わかった」


 指示に対して素っ気ない返しだが、セルピアは意に沿って二本の触腕を伸ばす。彼女お得意の拘束技で相手の速度を殺すのだ。


「今だ、“触腕縛しょくわんばく”で縛りつけて!」

「遅いよ、“魔破数羅終マッハスラッシュ”!」


 烏賊の腕が伸びる先にハウリはもういない。それどころか、


「うぐっ」


 逆にこちらが切り刻まれてしまう。

 二本の触腕には無数の裂傷、隠し包丁が刻み込まれて血の花が咲き乱れる。高速で駆け抜ける切り裂き攻撃。ハウリの両手足に備えられた爪がズタズタにしていったのだ。


「動きが速過ぎるっ。……だったら、“左煙幕さえんまく”で姿を隠して戦って!」


 見通しの良い空間では機動力の高い相手に分がある。ならば辺り一面黒一色で染めて動きを鈍らせるのが最適解。視界を奪えばこちらのものだ。

 セルピアは左腕より黒い霧を噴射、ショッピングモールを自身に有利なフィールドへと塗り替えていく。


「ちょっと何なのよ~。全然見えないとかあり得ないしぃ」


 霧の中でハウリは文句を垂れている。


「隙だらけ」

「きゃっ、痛いんですけど!?」


 触腕の殴打が閃き、がら空きのおおかみボディを打ち据える。

 全方位死角と化したため、ハウリの長所たる高速移動はさっぱり活かせない。逆にセルピアの不意打ちが通りやすくなったのだ。


「ちょっ、痛い、マジで痛いから! むちで叩くとか、あーしは馬じゃないからね!?」

「うるさい」


 バシン、バシン、バシン、バシン!

 しなやかな鞭が繰り返し毛皮を殴りつけていく。


「このまま“右激流うげきりゅう”で一気に攻め込んで!」


 右腕の噴射口が構えられる。しかしハウリはそれに気付けない。

 放たれる濁流。思いもしない方向からの水流に、ハウリは受け身をとれずに飲み込まれていく。押し流されるままに壁へ激突、「ぎゃっ」と短い悲鳴が黒霧こくむの中で木霊こだました。

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