EPISODE 21:駆動


「この辺がいいランね」


 やってきたのは施設の二階中心部に位置する玩具売り場だ。プラモデルやぬいぐるみ、カードゲームになりきり衣装など、小さいお友達御用達の商品がずらりと並んでいる。遊にとって馴染み深い場所だ。丸一日入り浸っても飽きがこない。しかし、ここも既に赤黒い粘菌がへばりつきまくりの地獄絵図。否応なく残酷な現実をつきつけてくる。平和な日常はもうないのだ。

 一人と一匹は店舗奥、フィギュアコーナーの棚と棚の間に身を潜める。


「ピットさん、大丈夫かな……」


 負傷した仲間に強敵の相手を任せてしまった。その負い目からひざを抱えて縮こまってしまう。提案したのがピット本人とはいえ、最終的な判断を下したのは遊だ。自責の念にかられてしまう。


「ねぇ、セルピアさんを召喚してもいいかな?」

「二匹同時は駄目って言ったランよ」


 先程のやり取りでも出た返答だ。未熟な使い手である遊の力では、怪人二人の手綱を制御しきれない。指示が通らないだけならまだしも、下手すればハウリと合わせて三人同時に性的な意味で襲われてしまう。選択肢としては最悪の部類だろう。

 だが、それでも。


「ピットさんを助けたいんだ」


 仲間を救うためなら、危険を冒す価値があるのではないか。


「あんな変態蛇女なのにランか?」

「確かにピットさんはエッチなことばかりで後先考えないし色々な面で危なっかしい人だけど。それでも、僕のために戦ってくれるお姉さんだから……任せっきりになんてしたくない」

「ふーん、遊は随分と優しい考えをお持ちランね」

「だったら」

「でも駄目なものは駄目ラン。あくまでもあいつらは侵略者の怪人、一時的に支配下にあるとはいえ、その根本は全く変わっていないラン。だから、わざわざ助ける義理なんてナッシングランよ」


 しかし、グランは頑なに認めてくれない。

 遊からしたら冷血で無情な対応に見えるのだが、妖精の身になって考えれば至極当然な判断である。彼女を生み出した地球からすれば怪人は敵以外の何者でもなく、封印したのも手駒として使役するためだ。そこに友情や愛情といった甘えた考えは存在しない。あるのは侵略された側の憎悪と復讐心だけなのだから。


「そんな……酷いよ、グラン」

「諸悪の根源はあいつらの方ラン。むしろ生かしてもらってるだけ、地球の温情だと思ってほしい……――って、何の音ラン?」


 ――ドドドドドドドドドドドドドドドドド……。


 遠くより腹の底に響く重低音が聞こえてくる。方角からして食品売り場、戦場と化した方から何らかの駆動音が床を振動させているらしい。

 一体何事かと首を傾げた一人と一匹は、商品棚の間からそっと顔を出す。そして目を見開いた。

 ギャルがバイクに乗ってやってきた。


「遊っちーっ! あーしだよ、ハウリだよーっ! どーこいーるのーっ!?」


 怪人態のハウリが単車をブンブン吹かせている。遊っちとは黒貴遊に対する愛称なのだろう。爆音に負けじと声を張り上げて呼んでいる。

 ショッピングモールの通路をバイクで爆走とは、これまたド派手に激しく迷惑行為である。そもそもどこからマシンを持ってきたのだろうか、謎過ぎる。

 しかし、彼女がツーリング中となると、戦っていたピットは無事なのか。まさか敗北して死んでしまったのか。

 最悪の可能性に怯えながら、恐る恐る目をこらすと、いた。

 バイクの尻に結ばれ伸びるロープ。その先にはぐるぐる巻きに縛られた人間態のピット。彼女は、


「あばっ、あばばばばばっ、あばばばっ、あばばぶべらっはっ」


 盛大に引きずり回されていた。

 西部劇か何かで見た気がする構図。あちらは馬だったが、こちらはバイクという名の鉄の馬。抵抗する度にびくんびくん、活きの良い魚のように跳ねて藻掻もがいている。もっともピットは蛇だし、活きが良いどころか死にかけなのだが。というか、生きているのが奇跡的だ。さすが怪人、結構タフである。


「こっちに来る、早く隠れるランよ」


 市中引き回しが玩具売り場へ真っ直ぐやってくる。遊とグランはすぐさま棚の奥へと身を隠す。

 息を潜めてギャルの嵐が通り過ぎるのを待つ。

 耳をつんざく爆音は次第に近づき、ついには目の前までやってきて――そして、素通りだ。

 どうやら気付かれなかったらしい。体が小さくて見落とされたのか、それともうるさいエンジン音で気配がかき消されたのか。どちらにしろ、ひとまず一難去ったと言えるだろう……――キキーッ、ドンガラガッシャァァァァァンッ!


「うわっ」


 激しいスキール音がして大爆発。通路の先でバイクが突っ込んで交通事故だ。爆風で粉塵ふんじんが舞い踊り、揺れる棚からフィギュアがボロボロ落ちてきた。


「あのおおかみ女、何がしたかったラン?」

「さぁ?」


 追いかけてきたかと思えば自損事故で盛大に炎上火祭り状態。手の込んだ自殺だろうか、といぶかしんでいると、翡翠ひすい色の突風が吹きすさぶ。

 風圧で商品棚はぎ倒され、転がる玩具が次々と切り裂かれていく。身を隠す物がなくなり遊達は丸裸にされてしまう。


「あはっ、遊っち見ぃつけたぁ♪」


 風の発生源にいるのはハウリ。事故を起こした張本人のくせに無傷、それどころか遊達の居場所に気付き障害物を根こそぎ吹き飛ばしたのだ。


「さ、こんな玩具よりもっと楽しいこと、あーしと一緒にしようよっ!」


 楽しいのはハウリだけだろう。幼い遊でも直感でわかった。絶対にろくでもない遊びに付き合わされる、と。

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