EPISODE 14:激突


「やむを得ない、蛇女を召喚するラン!」

「う、うん」


 先程襲われたばかりで不安しかないが、事は一刻を争う。躊躇ためらっている時間は少年の陰毛レベルでゼロに等しい。

 腰のホルダーより赤い紋章を輝かせる鍵を取り出すと、虚空へ掲げて解錠。一時的に封印を解かれ、目映い光と共に人間態のピットが飛び出してきた。


「まぁ遊ちゃん。こんなにすぐ会えるなんて、ママとっても嬉しいわ!」


 と同時に、ハイテンションで抱きついてきた。ほのかに酒臭い。異空間の部屋送りになってから、この短時間で酒盛りをしていたのだろうか。蛇の怪人だけあって相当なうわばみらしい。お酒は適量でたしなむ程度に抑えてほしいと切に願う。


「さっきの続きがしたくなったのかしら? いいわよしましょうやりましょう乱痴気らんちき騒ぎでペロペロレロレロどんとこい」

「ち、違いますよ」

「オイコラアル中変態蛇女、状況をよく見ろラン」


 グランが一発後頭部をはたく。これはふざけている場合ではないな、と気付いたピットは、細い目を見開き蛇の瞳で真っ直ぐ敵を見据える。テンションの乱高下で温度差が凄い。変温動物として大丈夫なのだろうか。


「まさかセルピアと相対するなんて、運が悪いにもほどがあるわね」


 苦虫を噛み潰したようにピットは顔をしかめる。


「もしかして知り合いなんですか?」

「同じエリア担当の同僚で平兵士なんだけど、セルピアは成績優秀鳴り物入りで組織に入党した子。あだ名は“悪魔”とか“死神”とか、私の姉並みにエリート街道まっしぐら間違いなしの強敵よ」

「姉はエリートなのにお前は平兵士ランな」

「うるさいわね」


 ばきっ。

 余計なことを言ったせいで、グランの頭部にガラガラの鉄槌てっついが下る。タンコブ二段重ねの鏡餅になっていた。


「……裏切り者」


 セルピアの冷え切った声が鼓膜を凍えさせる。表情は変わらず乏しいままなのに、語気だけで怒り指数急上昇なのだとひしひし伝わってきた。当然だろう、怪人からすれば人間側につくなんて裏切り行為に他ならないし、はらわたが煮えくりかえるのも無理はない。


「あの、これは違うんです。僕が地球の力で封印したせいで、ピットさんの意志じゃないっていうか……」


 ピットの名誉のためにと、遊はしどろもどろ弁解する。元敵とはいえ今は頼れる仲間なのだ、汚名を着せられたままでは寝覚めが悪い。どこまで理解してくれるか、そもそも聞いてくれるか怪しいが、伝えておかないと気が済まなかった。


「遊ちゃんを美味しく食べるために寝返ったのよ、裏切って何が悪いのかしら?」

「いや、それはそれで困るんですが」


 しかし、折角せっかくの配慮は水泡すいほうし、ピットは胸を張って堂々寝返りを認めてしまった。しかも理由が汚いことこの上ない。喜ぶべきか嫌悪するべきか困惑で脳内混乱大渋滞だ。文字通り頭を抱えてしまう。


「どっちでもいい、あなたを倒すだけ」


 興味なさげにセルピアは宣戦布告、胸元より青い光を湧き上がらせる。怪人共通の特徴である紋章が光っているのだ。

 冷え切った顔に仮面がオーバーラップすると、衝撃波を放ちながらセルピアの姿は怪人態へと変貌していく。セーラー服のえりは鋭角なヒレに、スカートはひだを再現する触手と膜に変化、頭部は丸味を帯びた独特な三角形を描き、ポーカーフェイスを更に覆い隠すように青い仮面が装着された。

 白い体に差し色の群青が映えるボディ。胸元に輝く紋章とその個性的な容姿から、烏賊いかの特質を備えた怪人であるのは明白だった。


「こっちも変身して対抗するラン!」

「ピットさん、お願いします!」

「もちろんよ!」


 隷属の鍵の主たる遊に従い、ピットは紋章を輝かせて怪人態へと変身。赤い仮面を被る蛇女、スネークメイデンの姿を顕現けんげんさせる。

 赤黒く染まったアスファルトの上、二人の異形が睨み合う。ジリジリとひりつく空気で満たされる中、先に動いたのは――ピットだ。


「ピットさん、“蛇炎じゃえん連弾れんだん”だ!」


 遊が技を指示すると、ピットの頭部より生える蛇の群れが開口、一斉に炎の弾丸を連射する。ざっと数十発もの火の玉が敵を焼き尽くそうと降り注ぐ。


「“右激流うげきりゅう”」


 対するセルピアは右手を掲げる。その手首には烏賊の漏斗ろうと彷彿ほうふつとさせる噴射口。その銃身より高圧の水流が迎撃として噴出、火炎弾は瞬く間に消火されてしまった。


他愛たあいない」


 仮面に覆われてその表情は見えず――見えたところで感情は読み取れないだろうが――声色からして一切動じていないのだろう。ピットの技を軽々と無力化するあたり、エリートの名に恥じない風格である。


「炎属性と水属性。この勝負、蛇女の方が不利なのは火を見るより明らかラン! ……炎属性だけに」


 グランがうまいこと言ったとドヤ顔になっていたが、ピットに殴られて沈黙する。

 そのわずかな隙にセルピアの反撃が迫る。烏賊特有の伸縮自在な触腕しょくわんをしならせると、がら空きなピットの背中へとしたたかな殴打。


「きゃああっ!?」


 打ち据えられたピットは道路上を滑り、血飛沫をまばらに撒き散らせていく。赤黒い地面を緑色の鮮血が鮮やかに彩っていた。


「さすが、私より年配の平兵士らしい弱さ」


 触腕を引き戻しながらセルピアは冷徹に煽る。短い言葉で的確に心をえぐってくるあたり、頭脳面もピットより上なのだろう。嫌な頭の使い方である。


「何ですって……?」

「姉が昇進する中取り残されているのが良い証拠」

「随分と舐めてくれるじゃない。私を舐めていいのは遊ちゃんだけよ!」


 そういう意味じゃない、というツッコミを入れる者はおらず。

 侮辱された怒りをバネにピットは跳ね起きる。むち打ちで背中は裂けて血まみれ、うろこがれて痛そうだ。しかし彼女の戦闘意欲はムクムク急上昇、プライドとリビドーによって沸き立っている。

 勝負はまだまだこれからだ。

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