EPISODE 13:抱擁
「遊っ、受け取るラン!」
そこで伸ばされる救いの手、ピットにとっては横槍が入る。
殴り飛ばされて沈黙していたはずのグランが復活。今度こそ隷属の鍵を拾い、
ぶんっ。
見事なスローイングで宙を舞う金色の鍵。遊は小さな掌でキャッチすると、
「ごめんなさい、ピットさん!」
間髪入れず、鍵先をピットの胸元へと一突き。真紅に輝く蛇の紋章へするりと差し込まれて封印の施錠。ガチャリと鳴ると同時にピットの体がびくんっと跳ねた。
「ひゃあっ! もう遊ちゃんったら、恥ずかしがり屋さんなのね~」
襲いかかった挙げ句失敗したというのに、罪悪感も屈辱感もないらしい。ピットは
「まったく、油断も隙もないランな」
プンスカとグランはご立腹のようだが遊は心ここにあらず。封印し終えたのに未だ呆けてふやけた顔を晒している。
「おーい、遊。色々と無事ランか?」
「あっ、うん。……多分」
危うく新しい扉を開くところだった。ギリギリ踏みとどまったので結果オーライだろうか。後々の性癖開発に影響がないことを祈りたい。
教訓、鍵は絶対に手放してはいけない。
※
「いやー、酷い目に遭ったラン」
「ねー」
鍵のレクチャーついでに歪んだ性のレクチャーも受けるハメになってしまった。だが、どうにかこうにか貞操は守り抜いて一安心。気を取り直して敵の本拠地“
道中は危険でいっぱい、怪人やシャドーとの遭遇は避けられないだろう。ボディガード役をピットに頼もうかと思ったが、先程の件でむやみやたらに召喚するのは愚策と身をもって知ったばかり。命令には絶対服従の関係とはいえ、心はショタコン侵略者のままである。隙あらば反撃して
そんな訳で、男児と妖精の心許ない二人旅をしていたのだが、
「……あそこに誰かいるよね」
「いるランね」
早速、必要な時が来たのかもしれない。
さっとビルの陰に隠れて様子を
赤黒い道の先、バス停のベンチに腰掛けている女性が一人。紺色のロングヘアーを
「僕と同じで、野宿しながら逃げ回っている人かな」
「ちょっと待つラン、あの蛇女の例を忘れてないランか?」
「ピットさんのこと?」
幼稚園の先生か保育士のような格好をしていた怪人、蛇女ことピット。彼女と同様人間の姿に化けている敵ではないか、とグランは
「でも、槍が落ちてきたのは朝早くだったし、あの日からずっと同じ格好をしているのかもしれないよ?」
「認識が甘いラン。出会う女は全て敵くらいに思わないと、いつまた性的に襲われるとも限らないランよ?」
「で、でも……」
「何しているの?」
「「!?」」
やいのやいの言い合いをしていると、いつの間にか少女が目の前にいた。隠れていたのにすぐバレてしまった。遊とグランは驚き二、三歩後ずさる。
「……可愛い子」
ぼそっと一言呟くと共に、少女はぬるりとにじり寄ってくる。日の光を背景に、逆光のせいで余計に表情が読めない。怖い。だがそれ以上に、豊満な胸の進撃が、セーラー服を押し上げるほどの圧迫感が、容赦なく眼前に迫ってくる。恐怖心とは別の理由で鼓動が高鳴ってしまう。
じろじろ見ては失礼かと視線を逸らすも、
「素直ね」
それがまずかった。
またも一言呟きを漏らすと、抵抗する間もなく少女は抱きついてくる。まさに
「ショタコンは滅ぶべしラン!」
光の速さで小ぶりな塊が飛んできて、少女の顔面に直撃ヒット。衝撃でよろけてバランスが崩れ、温もりより解放された遊はその場に尻餅をつく。グランが体当たりで助けてくれたらしい、頭頂部に大きなタンコブをつくって浮遊している。
「え、何? どうしたの?」
「しっかりしろ、ボケてる場合じゃないラン! ノーモーションでいきなり抱きつく女とか明らかに怪人、もしくは野生の変態ランよ!?」
「あっ、はい」
先程盛大に
街中で赤の他人に無許可のフリーハグなんて、普通に考えなくても異常な行動だ。人間だろうとそうじゃなかろうと、危ない人確定からの通報案件で即ピーポー。お縄について監獄行きが自然な流れだろう。
「そう、私はメイデン。四○二九エリア担当兵士、スクィッドメイデンのセルピア」
「だろうと思ったランよ!」
そして予想通り、少女――セルピアの正体は侵略者の一人。彼女も男児に目がない異常性癖の宇宙人だった。
抑揚のない声でぼそっと名乗ると、獲物の品定めをするよう切れ長な瞳を群青に輝かせていた。
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