EPISODE 13:抱擁


「遊っ、受け取るラン!」


 そこで伸ばされる救いの手、ピットにとっては横槍が入る。

 殴り飛ばされて沈黙していたはずのグランが復活。今度こそ隷属の鍵を拾い、貞操崖がけっぷちのピンチに駆けつけてくれたのだ。

 ぶんっ。

 見事なスローイングで宙を舞う金色の鍵。遊は小さな掌でキャッチすると、


「ごめんなさい、ピットさん!」


 間髪入れず、鍵先をピットの胸元へと一突き。真紅に輝く蛇の紋章へするりと差し込まれて封印の施錠。ガチャリと鳴ると同時にピットの体がびくんっと跳ねた。


「ひゃあっ! もう遊ちゃんったら、恥ずかしがり屋さんなのね~」


 襲いかかった挙げ句失敗したというのに、罪悪感も屈辱感もないらしい。ピットは恍惚こうこつとした表情で赤い光に包まれて消滅、鳥籠の中に蛇の紋章が再び灯るのだった。


「まったく、油断も隙もないランな」


 プンスカとグランはご立腹のようだが遊は心ここにあらず。封印し終えたのに未だ呆けてふやけた顔を晒している。


「おーい、遊。色々と無事ランか?」

「あっ、うん。……多分」


 危うく新しい扉を開くところだった。ギリギリ踏みとどまったので結果オーライだろうか。後々の性癖開発に影響がないことを祈りたい。

 教訓、鍵は絶対に手放してはいけない。





「いやー、酷い目に遭ったラン」

「ねー」


 鍵のレクチャーついでに歪んだ性のレクチャーも受けるハメになってしまった。だが、どうにかこうにか貞操は守り抜いて一安心。気を取り直して敵の本拠地“侵略の聖槍インヴェイジョン・ランス”に向けて出発だ。建物がひしめく先にそびえる塔が、その凶暴なフォルムを青空に刻み込んでいる。

 道中は危険でいっぱい、怪人やシャドーとの遭遇は避けられないだろう。ボディガード役をピットに頼もうかと思ったが、先程の件でむやみやたらに召喚するのは愚策と身をもって知ったばかり。命令には絶対服従の関係とはいえ、心はショタコン侵略者のままである。隙あらば反撃してむさぼり食おうと、襲う機会を虎視眈々こしたんたんと伺っているのだ。呼び出すのはどうしても必要な時、緊急時だけに限ると決めておいた方が良いだろう。

 そんな訳で、男児と妖精の心許ない二人旅をしていたのだが、


「……あそこに誰かいるよね」

「いるランね」


 早速、必要な時が来たのかもしれない。

 さっとビルの陰に隠れて様子をうかがう。

 赤黒い道の先、バス停のベンチに腰掛けている女性が一人。紺色のロングヘアーをなびかせる少女。背丈やセーラー服を着ているあたり女子高生だろうか。表情に乏しく何を考えているのか読み取れない。こんな場所で何をしているのだろうか。


「僕と同じで、野宿しながら逃げ回っている人かな」

「ちょっと待つラン、あの蛇女の例を忘れてないランか?」

「ピットさんのこと?」


 幼稚園の先生か保育士のような格好をしていた怪人、蛇女ことピット。彼女と同様人間の姿に化けている敵ではないか、とグランは危惧きぐしているようだ。確かに侵略開始以降社会は機能不全。病院警察公共交通機関、無論学校も例外ではない。それなのに少女はセーラー服姿のまま出歩いている。怪人と疑うのも筋違いとは言い切れない。


「でも、槍が落ちてきたのは朝早くだったし、あの日からずっと同じ格好をしているのかもしれないよ?」

「認識が甘いラン。出会う女は全て敵くらいに思わないと、いつまた性的に襲われるとも限らないランよ?」

「で、でも……」

「何しているの?」

「「!?」」


 やいのやいの言い合いをしていると、いつの間にか少女が目の前にいた。隠れていたのにすぐバレてしまった。遊とグランは驚き二、三歩後ずさる。


「……可愛い子」


 ぼそっと一言呟くと共に、少女はぬるりとにじり寄ってくる。日の光を背景に、逆光のせいで余計に表情が読めない。怖い。だがそれ以上に、豊満な胸の進撃が、セーラー服を押し上げるほどの圧迫感が、容赦なく眼前に迫ってくる。恐怖心とは別の理由で鼓動が高鳴ってしまう。

 じろじろ見ては失礼かと視線を逸らすも、


「素直ね」


 それがまずかった。

 またも一言呟きを漏らすと、抵抗する間もなく少女は抱きついてくる。まさに早業はやわざ、乳圧の間に顔がうずまるまで何をされたのか理解すら出来なかった。人間離れしたスピードからの重量感ある幸せ空間。明らかにおかしい気がするも、豊かな乳を前に抗えない自分がいる。これがオスの悲しいさがなのか。それでもいいかもしれない。難しいことは考えず、ただ欲求を満たすがために抱擁される。たおやかな温もりに包まれていれば不安も恐怖も薄れていくはず。根拠はないが、何故かそう思えた。


「ショタコンは滅ぶべしラン!」


 光の速さで小ぶりな塊が飛んできて、少女の顔面に直撃ヒット。衝撃でよろけてバランスが崩れ、温もりより解放された遊はその場に尻餅をつく。グランが体当たりで助けてくれたらしい、頭頂部に大きなタンコブをつくって浮遊している。


「え、何? どうしたの?」

「しっかりしろ、ボケてる場合じゃないラン! ノーモーションでいきなり抱きつく女とか明らかに怪人、もしくは野生の変態ランよ!?」

「あっ、はい」


 先程盛大にもてあそばれたせいで感覚が麻痺まひしていた。

 街中で赤の他人に無許可のフリーハグなんて、普通に考えなくても異常な行動だ。人間だろうとそうじゃなかろうと、危ない人確定からの通報案件で即ピーポー。お縄について監獄行きが自然な流れだろう。


「そう、私はメイデン。四○二九エリア担当兵士、スクィッドメイデンのセルピア」

「だろうと思ったランよ!」


 そして予想通り、少女――セルピアの正体は侵略者の一人。彼女も男児に目がない異常性癖の宇宙人だった。

 抑揚のない声でぼそっと名乗ると、獲物の品定めをするよう切れ長な瞳を群青に輝かせていた。

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