EPISODE 12:暴走


 ――ガンガン、スガンッ!

 灼熱しゃくねつの拳が土管をワンツーパンチ、続けて繰り出されるかかと落とし。ひび割れ砕けて端微塵ぱみじん。罪はないけど貴重でもない土管はコンクリートのつぶてと化していた。

 人間が食らえば即死、打ち所が良くても重傷は免れないだろう。隷属の鍵で封印して従者にしているとはいえ、真っ向勝負は絶対回避の危険極まりない戦闘能力である。昨日の一件がほぼ無傷で済んだのは、もはや奇跡としか言いようがない。


「うわぁ、すっごくかっこいい……!」


 だが、それはそれとして、遊は思ったままに素直な感想をつぶやく。

 炎を纏い舞踊るように相手を粉砕するバトルスタイル。一般男児の遊目線では憧れれのヒーローに匹敵する勇姿、禍々まがまがしい怪人態もダークヒーローの一種とすればまた一興。惚れ惚れするのも当然であろう。


「うふふ。遊ちゃんに褒められるなんて、ママとーっても嬉しいわ」


 憧憬どうけいの眼差しを受けて、ピットもご満悦の様子。なのだが、


「でも、おだてたら何でも出てきちゃうわよ?」


 そこは性欲最優先の怪人、見事に別方向で捉えてしまう。

 変身を解除して人間態に戻ると、汗ばんだ肉体を妖艶ようえんな仕草でアピールしてくる。エプロンが貼り付いて豊満な胸は形くっきりと浮き彫りなっており、はちきれんばかりの魅力を目前で晒していた。

 ただの戦闘訓練をご褒美タイム、すなわちエッチな流れに持ち込もうとしているらしい。封印された身分なのに中々したたかだ。と表現したいところだが、あまりにも露骨で隠す気は一切感じられない。種族の特性通り、欲望に忠実な性格が故だろう。ムードもへったくれもない無理矢理な持ち込み加減である。性欲の強い男子中学生でも、もう少しまともな策をろうするだろう。ページ数の足らない読み切りエロ漫画の導入に似ている。


「ち、近いです、ピットさん」

「駄目なの?」

「べ、別に駄目じゃないですけど、その、胸が思いっきり当たっているし」

「だってわざとだもん。ほら遊ちゃん、ママのおっぱい好きにしてもいいのよ?」

「そんなっ、僕もう赤ちゃんじゃないから……」


 エプロンを脱ぎ捨てシャツもはだけて開襟かいきん、たわわに実った果実がこぼれ落ちるようにご解禁。汗のせいで薄紫色の下着が透けており、レース模様が網膜に焼き付く。まるで催眠術、思考をクラクラ惑わしてくるようだ。

 相手は侵略者の蛇怪人、でも見た目は普通の人間で妙齢の女性。

 正直に言えば見たいし触りたい、ついでに揉みたいし吸い付きたい。でも見ちゃいけないし触っちゃいけないし、揉んだり吸ったりなんて言語道断。

 理性と欲望がない交ぜの葛藤から、遊は思わず両手で目を覆い隠す。自身を無条件で受け入れてくれる誘惑から目を逸らそうと、焼け石に水だとしても視界から巨乳を追い出そうとそっぽを向く。


 ――カシャンッ。


心地良い金属音がして、隷属の鍵が地面で跳ねた。


「……えっ」


 一迅の風が吹くと、遊の両腕はガシリと掴まれていた。凄い力だ、振り解こうとしてもびくともしない。

 嫌な予感がしてゆっくりと顔を上げる。恐る恐る、涙目で小刻みに震えながら。


「ふふふ……ありがとう、遊ちゃん」


 そこには、肩で息して舌舐めずりするピットの顔。頬と耳は湯上がりのように紅潮し、細い目の奥ではあやしいあめ色の瞳がギロリと覗いていた。

 どさり。

 気付けば押し倒されて馬乗りだ。幼い体にむっちりボディの成人女性もとい星人女性が騎乗位体勢。圧倒的力関係、益々ますますもって抜け出せない。何がどうしてこうなった。


「ちょっ、鍵を手放したら駄目ラン! コントロールを外れて暴走するに決まっているラン!」


 焦って両目をグルグル回しながらグランが言う。


「それ先に言ってよ!?」

「説明を聞かない奴が言うなラン! とにかく、もう一度鍵を握らないと――ぎゃぶふぉっ!?」


 鍵を拾おうとしたグランだったが、ピットの一撃で吹っ飛ばされてしまう。

 ぼてっ、ぼてっ、ぼてん。

 綺麗に胴体着陸の三段跳びだ。芸術点の高い吹っ飛び方だが、より驚くべきはグランを殴った道具である。

 ピットの手に握られているのはガラガラ――赤ちゃんをあやすのに用いる音の鳴る玩具だ。一体どこから取り出したのか、それをフルスイングして邪魔者を排除したのである。


小蠅こばえ退治も済んだことだし……うふふ、ママが優しく食べてあげるからね?」

「や、やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだっ!」

「大丈夫、本当に食べちゃう訳じゃないからね、ほぉら安心して?」

「安心出来る要素ゼロだけど!?」

「ずっとお風呂に入っていないのね。あぁ、濃厚な男の子臭がたまらない……んん、濡れちゃう」

「何が!?」


 上から抑えつけられて身動きが取れない中、ピットの鼻先が遠慮なく密着してくる。すんすん、と鼻息を立てて体臭を堪能されてしまい、恐怖と恥ずかしさが混合した濁流が押し寄せパニック寸前。呼吸も段々浅くなっていく。


「きめ細かい白い肌、細い首筋がぴくぴく跳ねてて可愛いんだから❤」


 ぺろり。

 ピットの細長い舌が唾液だえきを伴い這い回る。湿った生温かさが蛇行しながら首からあごへ、顎から頬へ、そして頬から右耳へ登ってくる。

 ちゅる、じゅるるるっ。


「ひぃっ!?」

「んふっ、ほほはひもひいいほへ?(ふふっ、ここが気持ちいいのね?)」

「はうっ……そこ、中は駄目……っ」


 耳の周りを舐め回されたかと思うと、今度は耳の奥へと舌先が侵入してくる。唾液の粘つく音と吹き込む吐息のウィスパーボイスが響く度、不本意ながら体をビクつかせてしまう。背筋がゾワゾワ思考がトロトロ。これまでの短い人生、一度も味わったことのない不思議な感覚だ。このまま身を任せていたら、どこか知らぬところまで堕ちていってしまいそうになる。元に戻れないほどとろけてしまいそうになる。

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