EPISODE 11:情報


「それはもう、ずっとずぅっと遠くの方からよ」


 遊の質問に対し、ピットは特に躊躇ちゅうちょもなく滔々とうとうと話し始める。

 彼女達怪人は、遙か彼方宇宙の果てに浮かぶ星、惑星メイデンからやってきた地球外生命体。中でも過激な思想を持つ侵略推進派、その一団こそ地球にやってきた者達の正体らしい。侵略の目的は現地の住民で知的生命体である人間を労働力として使役するため……というのは建前で二の次。本命は、若いオスの個体を捕らえて愛玩と子孫繁栄のために囲うこと。惑星メイデンにおける知的生命体――人類にあたる生物たる怪人は女性ばかり。種族単位でオスにえており、種の保存のために男児を欲しているそうだ。もっとも、若く優秀なオスを獲得出来るのはごく一部の上流階級だけらしいのだが。


「あの大きな槍みたいな塔は?」

「“侵略の聖槍インヴェイジョン・ランス”っていう名前の、宇宙船兼前線基地よ」


 怪人達は人間を凌駕りょうがする圧倒的なパワーを誇る一方、地球環境に適応出来ず肉体の維持が不可能という致命的な弱点を抱えている。そこで開発されたのが、他の惑星を母星に近い環境へと上書きする技術とそれを打ち込むための装置。

 “侵略の聖槍インヴェイジョン・ランス”。

 巨大な槍はボーリングマシンよろしく大地に深々と突き刺さり、塔として自立すると共に上書き効果を保有する怪人エキスを流し込む。すると刺した地点を中心に辺り一帯赤黒い粘菌で覆われ、擬似的に惑星メイデンが再現される。おかげで怪人達は自由に活動可能、無事侵略も捗るらしい。因みに便宜べんぎ上汚染と表現しているだけで、地球の生態系自体に大きな影響はないそうだ。あくまでも人間の奴隷化が目的であり、他の生物を含めて滅ぼすつもりはない。むしろ死滅されても困るとのことだ。


「地面から生えてくる黒いお姉さんは何なの?」

「シャドーメイデン、私達の分身みたいなものかしら」


 遊を襲った黒い女性型の集団、その名はシャドーメイデン。地球に打ち込んだ怪人エキスの成分、その副作用で自然発生する疑似生命体だ。怪人の遺伝子情報から生まれたせいで、自我はないのに本能で男児を襲うというはた迷惑な存在。大地が赤黒い粘菌で覆われている限り無尽蔵に湧き出すため、地球侵略の人手として多種多様な用途に用いているとのこと。怪人の指示には従順らしい。いわゆる戦闘員というポジションだろうか。


「……と、こんなかんじかしら。平兵士のママレベルで知っているのはここまでね」


 ピットはふぅと息をつくと、おもむろに土管の上へと腰掛ける。わざと胸元を強調しているのか、前屈みの姿勢で視線をちらちら送ってくる。エプロンを押し上げるたわわな果実が主張激しく色香を撒き散らし。何を誘っているのだろうか、目のやり場に困ってしまう。


「あ、あのっ。もう一つ質問なんだけど、いいかな?」

「遊ちゃんのお願いなら何でも」

「どうしてえる姉さんはあのタワー……“侵略の聖槍インヴェイジョン・ランス”に連れ去られたの?」


 エプロンの上からくっきりの、胸の双子山を見ないように遊は問う。

 ピットの証言を聞いてなお疑問に思ったのがそこである。地球人の特に男児を拉致らちしたりわいせつ行為に及んだりする理由は理解出来た。しかし、女性のえるが、他の人とは別の場所に連れ去られる理由がわからない。繁殖行為に必要ないはずなのに、何故特別な扱いを受けているのだろうか。どうにも腑に落ちない。

 ピットは口元に指先を当ててしばらく思案した後、


「うーん、ママにもわからないわねぇ」


 申し訳なさそうにお手上げポーズを取っていた。


「もしかしたら、ママも知らない極秘の指令で動いているのかも。多分だけど、四○二九エリアの性格悪い隊長なら何か知っているかもしれないわ。普段は前線基地の塔に引きこもって、上司相手に胡麻ごまをすりすりしているんだけどね。性格悪いし」

「二回言うんだ……」


 平兵士には知らされていない、トップシークレットな理由。ピットの推測が正しいとすると、えるを必要とする特殊な事情が怪人側にあるというのだろうか。怪人達の秘密は気になるのだが、幼い頭脳ではそれらしき答えは思いつかない。考えたところで仕方ないだろう。どちらにしろ、怪人の本拠地たる塔に向かうという方針に変わりはない。どんな理由であったとしても、彼女を取り戻すという決意は揺るがないのだ。答えはついでに聞き出せれば御の字くらいに考えておこう。


「よーし、続けて戦闘訓練をするランよ!」


 空中で仁王立ち、もとい大の字になって飛んできたグランが、レッスンを次の段階へと進ませる。


「戦闘って、どうすればいいの?」

「さっきと同じ、鍵を持ってそいつに攻撃を命じればいいラン。ほら、お前もさっさと準備するランよ」

「あらあらまぁまぁ、お口の悪い妖精さんね」

「怪人なのに人権があるだけ感謝しろラン」


 げしっ、げしっ。

 グランはピットの尻に回し蹴りを連続で決め、早く立ち上がるよう乱暴に促す。妖精に、否、同性に命令されるのに嫌悪感があるのか、ピットの奥歯がギリリと鳴った気がした。


「試しにそこの土管を敵だと思って攻撃してみるラン」

「う、うん」


 遊は鍵をぐっと握りしめて、ピットへの指示をしてみようとするが、


「えっと、うーん……と、とにかく何か攻撃して!」

「うわ、大雑把過ぎるラン」

「いいわよ遊ちゃん!」

「いや、全然良くないラン」


 いきなりやれと言われても困ってしまう。


「おい蛇女、お前どんな攻撃技が使えるラン?」

「うーん、攻撃なら火炎弾を撃ち出す“蛇炎じゃえん連弾れんだん”とか、あと――」


 ピットは胸の紋章を輝かせると怪人態に変身、両腕両足を燃え盛る業火で纏う。


「格闘系なら“蛇神じゃしん炎舞えんぶ”があるけど?」

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