EPISODE 34:狼煙


「この人間のメスは、四○二九エリアでも最高ランクの素材です。何せその身一つでシャドーメイデンを倒す力量があるのですから」

『ほぅ、その細腕でやりおるな』

「まさに、首領の新たな肉体とするのに最適かと」


 首領が人間の女性を求めている理由、それは自身の新たなる器とするため。素質ある者を探し出させて、軟弱な人間の体を怪人化。意識を乗っ取り、その体を我が物とする。

 ウィンクは首領の願望を叶えるため、塩塚地区で暗躍していたのだ。


『その地球人を捕まえるのは相当骨が折れたであろう?』

「それは、まぁそれなりに」


 それなりどころではない、とんでもなく手こずった。

 何度シャドーメイデンを差し向けても蹴散らされてしまう。変身能力を持たないただの人間の、一体どこにそんな力があるというのか。しかも男児をたった一人で守りながらである。その戦闘力は計り知れない。

 おかげで自ら現場に赴き指揮するハメになり、実力行使でどうにか捕獲出来た。怪人態に変身する必要があったのは想定外。人間相手に本気を出したのは、党幹部としてのプライドが傷ついた。地球人を舐めていたのは否めない。

 だが、これでウィンクの評価はうなぎ登りの滝登りで昇格確定だ。党内の立ち位置も発言力も格段にアップ、これまで以上の特権が見込めるだろう。平兵士との差は言わずもがな、他の幹部達をも大きく引き離せるはず。うまくいけば首領の右腕も夢ではない。

 輝かしい未来を夢想して、ウィンクは口角を三日月状に吊り上げる。


『それはそうと、何やら裏切り者が出ているようじゃが?』


 だが、その顔は急降下の真っ逆さまに青ざめてしまう。

 そう、現在進行形の問題、四○二九エリア担当の党員が次々と離反している件について。具体的に名前を挙げるとピット、セルピア、ハウリ、キュームの四人。彼女らはとある少年の味方となり、恐れ多くも“アモレ”に対して反旗を翻したのだ。まったくもって腹立たしい。

 首領に知られる前に内々で処理するつもりだったのだが、まさか既に情報が回っていたなんて。ウィンクは思わぬ誤算に内心汗だくに焦る。


「む、無論こちらで対処します。どうやら地球の自浄作用とやらが働いているようで……。しかし、この私が徹底的に鎮圧してご覧に入れましょう。必ずや吉報をご報告いたしますので安心してお待ち下さい」

『ふむ、では期待しておくかの』


 勢いの出任せだが納得してくれたらしい。首が繋がった、と胸をで下ろす。

 危ないところだった。首領の命令は絶対であり、それが彼女の気まぐれだろうと変わらない。お気に召さなければその場で処刑すらあり得る、ブラック通り越してブラッドな職場なのだ。基本的にミスは許されない。昇進する前に昇天しては無意味無価値無念の結末。あらゆる手を尽くして自らの地位を死守せねばならないのだ。

 そんなウィンクの奮闘を嘲笑あざわらうかのように、黒々とした爆煙が立ち上ってくる。最上階より遙か下、塔の入り口周辺で風雲急を告げている。


『どうやら裏切り者とやらが挨拶あいさつに来たようじゃのう』

「しゅ、首領、これは……」


 なんとタイミングの悪い。首領との定期報告の時間に何故問題が起きるのだ。ウィンクは憤りのあまり血涙が出そうになる。


『まぁ良い良い。そなたの手腕で見事地球の自浄作用を止めてもらおうかの』


 不幸中の幸いか、首領の機嫌はすこぶる良好。おかげで処罰の類いはなさそうだ。やはり、最高級の素体を用意した功績が大きいのだろう。自身の幸運と優秀さに感謝感激雨あられである。


「裏切り者四人と首謀者の男児を倒してみせます」


 ウィンクは背筋を正して敬礼。足早に最上階の間を後にする。

 自身の立場のために、不埒ふらちな怪人共は一人残らず殺さなければならない。そして主だろう男児を責め立ていじめ抜き、原因の元を叩き潰してみせる。

 充血した目で戦火を見下ろしながら、ウィンクは迎撃準備を始めた。

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