EPISODE 35:拠点


「うわぁ……凄いおっきい」


 近くに来て見ると、一段とその巨大さを感じる。

 青空を背景にそそり立つのは、赤黒く染まる魔の塔――“侵略の聖槍インヴェイジョン・ランス”。塩塚地区に飛来した怪人達の宇宙船にして、地球を汚染する悪の本丸たる根城。深々と突き刺さるそれは大量の粘菌で覆われており、まるで大地と一体化しようと試みているようにも見える。

 遊達一行は、ついに決戦の地へと踏み入れる。

 約一ヶ月ほど前までは地区一番の繁華街だった。だが、今では見る影もない臙脂えんじ色に腐食した街。人っ子一人いないのに、シャドーメイデンは嫌と言うほどうじゃうじゃ徘徊はいかいしている。汚染が最も濃ゆい区域だ。さすがに丸腰では危険なので、あらかじめ怪人を召喚した上で慎重に先へと進む。


「ふひひっ。パーティを組んで街を歩いていると、まるでロールプレイングゲームをやっているような気分になりますな、遊氏」

「う、うん。そうだね、多分」


 しかし、ボディガード役のキュームが逐一やかましく絡んでくる。これまた面倒極まりない。呼び出してからずっとこの調子だ。口を開けばアニメかゲームの話ばかり。他に話題はないのか。どう返答してよいかわからず、遊は終始愛想笑いで誤魔化ごまかしている。


「ゲームといえば、遊氏は普段は何系をプレイするっスか? マルチプレイで絵の具をシューティングしたり動物モフモフなオープンワールドで自給自足したり、まさか恋愛シミュレーションでキャッキャウフフの純愛ライフとか? 実は自分、ギャルゲーでオススメのタイトルが山のようにあってですな」

「僕はその、そういうのは……」

「自分は腐女子ですが守備範囲は広い方で。意外に思われます? エッチな女の子がニャンニャンなゲームだってやるっスからね。というか、この戦いが終わったらプレイしたいゲームリストにもたっぷり入ってますんで。あ、今のって、かなり死亡フラグ臭する台詞っスよね。戦場から帰ったら云々うんぬんとか鉄板過ぎて逆に珍しい、パロディのネタっぽさしかない」

「さっきからゴチャゴチャうるせぇランな」


 身を潜めながら塔に接近中だというのにキュームはお構いなし。長々ダラダラ聞いてもいない講釈を垂れ続けている。怪人をよく思っていないグランは神経がプッツン寸前なのだろう。可憐な顔が般若はんにゃな形相に歪んでいる。さながら小鬼、これが闇堕ち妖精だろうか。口は最初から悪いのだが。


「あの、キュームさん。もう少し静かにしてほしいんですけど」

「うぇっ、まさかの苦言っ。もしかして自分のこと嫌いになったんスか!? そんな、遊氏にまで見捨てられたら生きていけない。もう死ぬしか……」


 なお、ちょっと責めたらこの始末である。リストカットよろしく手首をかじって自傷行為。性質たちの悪いメンヘラとしか思えない。大変扱いに困る。


「ああもうっ。いい加減にするラン!」


 すぱこーん。グランの一撃がうなる。

 光輝くハリセンが、キュームの頭を鋭くはたく。タンコブが出来ている。かなり痛そうだ。それもそのはずこのハリセン、バリアーを折り畳んで作った物。そこそこの威力にも納得だ。実に器用な妖精だこと。


「何するっスか、このとんぼ!」

「だ~れが蚊とんぼラン、この陰キャひる女! さっきからベタベタベタベタ、湿度が高くて鬱陶うっとうしいラン!」

「は? 妖精には関係ないと思うんスが? 愛する遊氏と楽しく雑談、趣味のお話することの何が悪い!?」

「全部に決まってるラン! 異星の未成年相手に馴れ馴れしくネトネトギトギト絡むのが許されるとでも!? 大体、普段は陰気な空気の権化なくせに、好きな話には急に饒舌じょうぜつになって……ぶっちゃけ気持ち悪いランよ!?」

「あーっ、言ったっスね、絶対言っちゃいけないライン踏み越えたっスね! 今、全宇宙の陰キャ腐女子を敵に回したっスからね!」

「スッススッスうるさい、後輩キャラのつもりランか!? いくら新参者でも、怪人には容赦しないランからな!」


 売り言葉に買い言葉、程度の低い口論はヒートアップしていく。

 日頃の鬱憤うっぷんが溜まっている妖精と、陰湿で欲望が溜まっている女怪人。最悪の組み合わせだ。一度ギアが入れば手に負えない。

 どうしたものか、と遊は手をこまねいていたのだが。


「あっ」


 気が付けば、シャドー眼前、即ピンチ。

 黒貴遊、辞世の句。


「遊、バトル開始ラン!」

「ここは自分に任せるのですぞ!」


 否、まだ辞世の句を詠む段階ではない。

 いがみ合いの喧嘩けんかモードより百八十度大回転でチェンジ。グランはすぐさまバリアを展開し、続けてキュームの跳び蹴りが雑兵を吹っ飛ばす。


「お前がずっとしゃべっていたせいで、敵が集まったランよ」

「グラン氏だって大声出してたけど、棚上げしないでほしいですなぁ?」

「あ? なんだコラやんのかラン」


 前言撤回、二人の険悪さは変わっていない。

 一行の周囲にぞろぞろと、シャドー軍団が集まってくる。騒ぎを聞きつけやってきたのだ。そして案の定、本能的に男児を襲おうと沸き立っている。目がないのにジロジロ視姦しかんしてくる勢いだ。遊は悪寒に身震いする。


「きひひっ。自分のアピールチャンスに丁度ちょうどいいっスね。全員叩きのめしてやりますよ」

「うーん、否めないマッチポンプ感ラン」

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