EPISODE 36:無双


 一歩前に出ると、キュームの全身より衝撃波がほとばしる。

 怪人態へと変身だ。黄色の仮面にぬらりと光る体表、ひるの力を備えたリーチメイデンの姿を現す。


「さぁ遊氏、自分にご指示を」

「う、うん」


 正直なところ、未だキュームの異形さに慣れていない。が、仲間の容姿に尻込みしていてどうする。最終決戦はもう目の前、己を奮い立たせろ。と、遊は自身の両頬を叩いて意を決する。


「キュームさん、“狂い咲く大地メルティ・アンダーグラウンド”だ!」


 真っ先に繰り出すのは、地面をドロドロにとろけさせる技だ。

 キュームのてのひらがアスファルトに触れる。途端に足元は泥まみれの大地に変化。足を取られたシャドー達は慌てふためき盆踊り。ある者はスッテンコロリン転倒し、またある者は踏ん張ってバランスを取るのに精一杯だ。


「今だ、“狂愛の傷痕ブラッドサッカー・キスマーク”!」


 そこへキュームの指先――牙剥き出しの十匹の蛭が伸びていく。放物線を描き、食らいつき、吸い付き。強烈バキュームで体液を一気にすすり上げていく。シャドー達はたちまちしぼむ。空気が抜けた風船のように、ひょろひょろ紐状となって倒れ伏す。


「うえっ、まっず。おぅぇぇぇえええええっ」


 気持ち悪そうにキュームが嘔吐えずいている。指を離すと蛭の口より黒い粘液がドボドボこぼれてきた。

 シャドーは人工生命体のため血液は存在しない。代わりに漆黒の流体が体を満たしているらしい。しかも相当不味まずいようで、キュームはひざを突いて必死に吐き出している。無論、指先から。体の構造がどうなっているのか、若干気になってしまう。


「オイコラ蛭女、潰れている場合じゃないラン! 敵のおかわりがわんさか来ているランよ!?」

「痛っ、ちょっ、待って。地味に痛いんスけどっ!」


 スパンッ、スパンッ、スパンッ、スパンッ!

 往復ビンタで気合い注入。グランの小さな手が激しく荒ぶる。二日酔いの人間にむち打つような光景である。


「おえっぷ……。はいはい、自分復活しましたっスよ」


 仮面に覆われた上の口はそう言うものの、下の口はぐったりしたままだ。無論下ネタではない、蛭を模した指先の口が元気ないだけの話である。

 と、ふざけている場合ではない。

 塔の方角より、シャドーの大群がぞろぞろ塊になって迫ってくる。


「キュームさん、敵の援軍に“狂った泥塊マッド・ブラスト”だ!」

「了解っス!」


 ズドドドドドドドドドドッ!

 指先より泥の弾丸がどばっと連射、次々とシャドーを撃ち抜き消滅させていく。気分悪そうにしているも、命中精度は衰えていない。さすが、ゲーム三昧で鍛えただけある。もっとも、流れ弾が一発グランに命中していたのだが。恐らくビンタのお返し、わざとなのだろう。普通に陰湿だ。


「てめぇコラ陰キャ女コラ、よくもやったなラン。こんな奴、とっとと交代させるのが吉ランよ!」


 地球生まれの妖精なのに相も変わらず言葉が汚い。

 仕方ないのでキュームは一旦封印、代わりにハウリを召喚する。


「ふぅん、それであーしの出番って訳ね」


 緑色の仮面を被り、黄金の毛皮を持つ怪人態へと変身。ウルフメイデンの姿となったハウリは準備運動にストレッチしている。準備は万全、いつでもどんと来いのようだ。


「ハウリさん、“悪攻流宇印怒アクセルウインド”で高速移動だ!」


 襲いかかるシャドー軍団に対して真っ向勝負。センター一点、真正面から駆け抜ける。追い風を纏ってスピード上昇切れ味上々、次々と鋭利な爪を閃かせる。


「遅い、遅い、遅過ぎるンだよッ!」


 刹那せつなで黒い体をザクザク切断。黒い粘液が飛沫しぶきを上げて舞い散る。一瞬の静寂、シャドーは瞬く間に崩れ落ちて大地に還る。

 だが、まだ危機は去っていない。

 頭上より新手のシャドー、落下傘らっかさん部隊が飛来してくる。


「ジャンプして“刃裏剣亡畏怖ハリケーンナイフ”!」


 “悪攻流宇印怒アクセルウインド”の追い風を地面に叩きつけ、ハウリは天高く跳躍。中空の敵へと肉薄すると、続けざまに風の刃を全方位へと放つ。シャドーは地面に降り立つ暇もなく、五体バラバラブロック肉に調理される。


「こんな奴ら倒すのなんてちょー余裕だし。もっと骨のある相手はいない訳?」

「シャドーに骨はないランけどな」


 そんな挑発的な発言を聞いたか否か、大型バスが爆音吹かして突撃してくる。運転手から乗客までもれなく全員シャドー。窓からはみ出るほどに満員御礼、重量オーバーのギッチリぎゅうぎゅう寿司詰め状態だ。


「ふ~ん上等。やってやンじゃんッ!」

「ハウリさん、“魔破数羅終マッハスラッシュ”だ!」


 クラウチングスタートで猛ダッシュ。跳び蹴りでバスのフロントガラスを突き破り、おおかみの体が車内へと転がり込む。

 次の瞬間、シャドーはおろか車体すらも細切れに。

 縦横無尽に飛び交う斬撃が、全てを切り裂き破壊しとどろいた。

 ――ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!

 巻き起こる色の爆炎を背に、黄金こがね色の狼が遠吠えを上げた。


「ぎゃああああああああっ!?」


 なお、グランは悲鳴を上げていた。原因は飛んできたガラス片がひたいに突き刺さったため。不運である。


「マジごめんって、わざとじゃないのよ。許してってばグラっち~」

「うっさい言い訳するな、こいつもとっとと交代ランよ!」


 怒りで余計に血がぴゅーぴゅー噴き出している。これ以上血圧が上がるとグランが死にかねないので、クレームの通りにハウリを封印。次に召喚するのはセルピアだ。

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