EPISODE 37:突破


「シャドーがいっぱい」


 “侵略の聖槍インヴェイジョン・ランス”周辺はバリケードで囲まれており、所狭しと大勢の影が押し合いへし合いひしめき合っている。無策で突っ込めばたちまち捕縛、哀れ男児は彼女達の玩具となるだろう。


「大丈夫、問題ない」


 軍勢を前にしてもセルピアはおくせず怯えず平常運転。真顔で衝撃波を放ち、怪人態へと変身する。青い仮面に白い軟体と触手揺らめくスクィッドメイデンだ。

 自信に満ち溢れた瞳で影の集団を見据えている。怪人界のエリート街道まっしぐらの優等生だっただけある。ドロップアウトしてもメンタルはフルメタル超合金のままらしい。


「セルピアさん、“右激流うげきりゅう”だ!」


 遊の指示に従い右腕を上げ、セルピアは噴出孔より高圧水流を放つ。狙う先は眼前の邪魔なシャドー達。暴徒鎮圧を彷彿ほうふつとさせる極太の水鉄砲が黒い影を吹き飛ばしていく。

 数人倒れたら後はドミノ倒しだ。バタバタバタバタ、バタバタバタバタ。転倒が次の転倒を呼び、みるみるうちに防御が崩れて守りは手薄になっていく。


「今のうちに突破するラン!」


 水流によって道が切り開かれた。このチャンスを逃す手はない。セルピアを先頭に、囚われの姫がいる塔へと突き進む。

 しかし、シャドー達も易々とは通してくれるはずもなく。水鉄砲の直撃を免れた者達が起き上がり、侵入者一行の行く手を阻み取り囲む。


「“左煙幕さえんまく”で攪乱かくらんして!」


 勿論もちろん、それはこちらも承知の上。放水だけで突破出来るなんて甘く考えてはいない。

 黒い霧が辺り一面を埋め尽くし、シャドー達は標的を見失って右往左往。そこへセルピアの触腕がうなる。

 ビシッ、バシッ、ドガッ、バキッ!

 柔軟にして強烈な殴打が連続で炸裂。打ち据えられたシャドーは力なく消滅していく。が、いかんせん数が多くてきりがない。


「それなら、“触腕縛しょくわんばく”を使ってハンマー投げだ!」

「うん、なるほど」


 そこで、効率的に纏めて倒す一手に出る。

 セルピアお得意の触手プレイ、もとい拘束技の応用だ。一体のシャドーを縛り上げると、それをハンマー投げの要領で回す。

 ブンッ、ブン、ブンッブンッブンッブンブンブンブンブンブンブン!

 中心のセルピアが台風の目、回転する触腕はシャドーの重さも相まって威力十分。遠心力で絶大な破壊力の持つ渦に飲み込まれ、影の大軍勢は抵抗虚しく粉々に吹き飛ばされていく。

 ぐしゃ、どしゃ、べしゃっ。

 黒い粘液と肉塊が降り注ぐ。その中には見知った妖精も混じっている。お約束なのか、グランも巻き込まれたらしい。大きなタンコブを作っていた。


「絶対わざとだろ、いい加減にしろラン!」

「人聞きの悪い」

「はいはい、そうですかっ。こいつも交代決定ランよ!」


 責められてもセルピアは飄々ひょうひょう何処どこ吹く風。業を煮やすグランが面倒臭い。遊は怪人を入れ替え、最後の一人としてピットを召喚する。


「じゃじゃーんっ! 満を持してママの登場よっ!」


 赤い仮面で表情を覆い隠し、へびの特質を備えた怪人――スネークメイデンが降り立った。


「頼むから、お前はちゃんとしてくれよラン」

「いつもしてるつもりだけど?」

「もう何も言うまいラン」


 戦場に残るシャドーはあと少し。無尽蔵かに思えた軍団もようやく終わりが見えてきた。と、安心しかけたが、そうは問屋が卸さない。


「が、合体した!?」


 リーダー格だろう門番を中心に、シャドー達が寄り添いうごめき合っていく。顕現けんげんするのは漆黒のナイスバディな巨人だ。さしずめビッグシャドーメイデンとでも言うべきか。実際のところ、組み体操のように繋ぎ合わさっているだけなのだが、巨大な壁に変わりはない。


「“毒牙どくが調律ちょうりつ”で動きを封じて!」

「私の猛毒を食らいなさい!」


 頭部より伸びる蛇の群れが巨体に噛みつく。流し込む猛毒でまずは弱体化、サイズというアドバンテージ差を詰めていくのだ。

 しかし、巨人にはさして効いていない様子。というのも、その巨体が合体ではなく組み体操状態であるが故。一つの生命体ではないので全身に毒が回らないのだ。外側を担うシャドーが数人力尽きるだけで、さっぱり衰えてくれない。

 本丸のリーダー格に攻撃を通さないと、巨人には勝てないだろう。


「“蛇神じゃしん炎舞えんぶ”で急所攻撃だ!」


 ならば今度は格闘戦。胸部に陣取る門番シャドーを直接叩く。


「はぁぁぁッ!」


 裂帛れっぱくの勢いで炎を纏う拳が打ち込まれる。が、別のシャドーが身代わりに。攻撃は届かず、逆に巨人の拳がピットを殴り飛ばす。


「きゃあっ!?」


 地面に叩きつけられてワンバウンド。受け身を取ったピットは《かす》り傷で済み、すぐさま体勢を立て直す。

 巨体相手では力負け必至。毒も有効打とはならず、核のシャドー狙いも難しい。

 かくなる上は、あの手に出るしかない。


「ピットさん、大きいの出せる?」

「多分出せるわ」


 力は温存しておきたい。故に技は小出しに、無理はせずに。

 だが、それで突破出来なければ本末転倒。

 いざという時は出し惜しみせず、全力で踏ん張り押し通すべきだろう。


「一撃で決めるよ、“蛇炎じゃえん連弾れんだん”を特大バージョンでお見舞いだっ!」

「任せてちょうだいッ!」


 ピットの髪の毛――無数の蛇の群れが逆立つと、炎を噴いて一つの巨大な塊を形成していく。

 元は散弾銃に似た四方八方に炎の弾丸を振り撒く技。一発一発は軽い火の粉だが、ちりも積もれば山となるの要領で敵を打ち倒す。では、それを一箇所に纏めて放てばどうなるのだろうか。

 答えは決まっている。


「私と遊ちゃんの愛の結晶……――食らいなさいッ!」


 ズドォォォォォォォンッ!

 大砲の如く撃ち出されるのは超巨大な火球。もはや連弾という名に相応ふさわしくないのだが、本来の意味は複数人で一つの鍵盤を用いて演奏すること。あながち間違っていないだろう。だが、愛の結晶なのは否定しておきたい。

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