EPISODE 3:決意


「そうなんだ」

「反応薄っ! もっと大げさに驚いたらどうラン!?」

「だってよく分からないんだもん」


 大層な設定を説明されても、何の変哲もない鍵にしか見えないのだから仕方がない。試しに触ってみるも、別段力が湧いてくることもなく、金属製のひんやりとした感触だけが伝わってくる。


「いいかよく聞け、グランも地球もそれから遊も、みんな戦う力がないから困っているラン。相手の怪人は戦闘力も技術力も、地球とは段違いの埒外らちがい連中、真っ向勝負で戦うなんて考えなしの自殺行為。でもこの鍵を怪人に突き刺せばあら不思議、強大な怪人を支配下に置いてこちらの味方に出来るラン」

「えっと、こんなかんじ?」


 試しにグランのひたいにぶすり。隷属の鍵をめり込ませてみる。だが、対応する鍵穴はどこにも現れず。印鑑のように赤い押し跡が残るだけだった。


「ぎゃあっ!? 痛いなコラ、グランに刺してどうするランか!?」

「妖精だから封印されるのかなぁって」

「地球産の生き物には効果ないランよ! さてはお前、取扱説明書を読まずに道具を使うタイプだろラン!?」

「うん」

「だろうね、ふざけるなラン!」


 額の傷痕きずあとをさすりながらグランは溜息を一つ。


「ちゃんと説明してやるから、耳の穴かっぽじってしっかり聞くラン」

「はーい」

「この鍵を差し込む先は怪人達、奴らの体に刻まれた紋章に反応して、対応する鍵穴が出現するラン」

「うんうん」

「使い方はとても簡単。鍵の先端を紋章に向けるだけで、ぴったりサイズの鍵穴が形成されるラン。あとはサクッと突き刺して、ガチャリと施錠すれば晴れて封印完了。こっちの命令は何でも聞いてくれる仲間の出来上がりラン」

「でもそれいくら? 僕、お金持ってないんだけど」

「それがなんと、今だけ遊には無料で提供のサービス。初心者も安心安全な設定ランよ」

「逆にお得過ぎて怖いよ、それ」

「更に出血大サービス、サポート役のグランもセットだから悩み無用万事解決万々歳ラン」

「えー、でも……」

「ごちゃごちゃうるさいラン。いいから隷属の鍵の所有者として、怪人退治に励むランよ!」


 踏ん切りつかずにまごついていると、ずいと残りの鍵とベルトを押し付けられた。意外とずっしり重い本格使用。これが地球の未来を背負う重圧なのだろうか。緊張で口の中が乾いて苦しくなる。

 この鍵を用いて怪人を封印して使役、同族の怪人達を倒して地球から追い出す。要するに同士討ちを狙う司令官になれ、という話だ。どこか卑怯にも感じて気乗りがしない。それに、実際戦うのが怪人とはいえ封印するのは自分の役目。命の危険と隣り合わせという事実に変わりはないだろう。どこが安心安全なのか。踏み出す勇気が湧いてこない。


「遊はさらわれた家族を、この星の平和を取り戻したくないランか!?」

「うっ、それは……」


 詰め寄るグランの、澄み切った青空の瞳がキラリと光る。答えにきゅうする遊は耐えられず、視線を足元の赤黒さに逸らしてしまう。

 隷属の鍵があれば、絶望的な戦力差を覆して反撃が可能。それすなわち、母星に拉致らちされた両親、そして憧れのあの人も救い出せるということだ。

 脳裏にフラッシュバックするあの日の記憶。遊をかばったがために連れ去られた女性。鮮やかに踊るポニーテールが目に焼き付いている。

 彼女の名は安納あんのうえる。遊の初恋相手にして現役女子高校生の友人だ。

 両親が怪人の手に落ちてから、えると一緒に敵の魔の手から逃げ回っていた。赤黒い大地より生えてくる影に襲われた時も、彼女は身を挺して戦ってくれた。恋い焦がれる相手にして頼りになるタフなお姉さん。

 だが、つい先日。

 侵略者の一人が突然やってきて、有無を言わさずえるを捕らえていった。それも、他の者とは違い、侵略者の拠点たる塔へと。

 襲撃の直前、えるに言われるがまま身を隠していた遊は、幸運にも見つからずやり過ごして無事今に至る。

 その悲劇は、何も出来ず無力を噛みしめ涙を流すしかなかった悔しさは、遊の幼い心に鈍色にびいろの影を落としていた。

 だが、隷属の鍵があれば、纏わり付く闇を振り払えるかもしれない。怪人を封印して使役すれば、塔にいるはずの、囚われの姫を救出出来る。それだけではない。汚染された地球の浄化も、怪人の母星に乗り込んで両親を解放することも、失われた日常をこの手で取り戻せるのだ。

 これは千載一遇の大チャンス。二の足を踏んで躊躇ためらえば、一生後悔することになるだろう。


「一応確認なんだけど、この鍵を使うデメリットってあったりする?」

「多分ないと思うランよ」

無料タダより高い物はないって聞いたことあるし、怪しい人から変な物もらっちゃ駄目だめって言われているし」

「地球直々の悪徳商法だなんてあり得ないラン」

「ちょっと不安だけど、僕やってみるよ」

「お、意外とチョロいランな」


 地球が生み出した神秘のアイテム――隷属の鍵。

 この力があれば侵略者を打ち倒し、えるを助け出せる。父も母も地球の平和も、全てが元通りの世界になるはず。

 ヒーローがいないなら自分がなるしかない。

 愛する人のために立ち上がる、それが今なのだ。

 初々しい決意と共に、遊がぎゅっと鍵を握りしめた、その瞬間。


「僕ぅ、そんなところでどうしたの?」


 見知らぬ女性が雑居ビルにやってきた。

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