EPISODE 2:資格


 ぴろ~ん。

 ぺったんこ二次元と化した妖精が、プリンターのコピー用紙よろしく手の間から滑り落ちた。ひらりひらり、風に揺れる枯れ葉みたいに舞っている。


「って、何平然と潰してるラン!?」


 ぽんっ、と勢いよく膨らんで妖精は元の形に戻る。出会って数秒で平面にされてご立腹、プンスカ湯気を立ててお怒りの様子だが、


「うわっ、まだ生きてる!?」

「ぶぎゃっ!?」


 そこへ追撃のはたき落とし。平手打ちを食らった妖精は、盛大に床へと叩きつけられてしまう。顔面から垂直に着地、粘菌の中にめり込んでいる。


「叩くならせめて、こっちの話を聞いてからにしてほしいラン」

「ご、ごめんなさい」


 妖精は傷だらけの体を起こし、膨れっ面で不満そうに浮き上がる。二連続で酷い目に遭っているのだが平気そう。意外とタフな生き物らしい。


「それで、君は誰なの? というか、人じゃないよね?」


 誰がどう見ても虫の類いではないだろう。かといって、人と呼べるサイズでもない。遊はおっかなびっくり、目の前の存在に問いかける。


「よくぞ聞いてくれたラン。グランは地球の意志により誕生した由緒ある妖精、グランドラン・アウスフィールド・ガイアプレイン・コンティネントというラン」

「名前長っ」

「略してグランだラン」

「最初からそっちでいいと思う」


 妖精――グランは語る。

 今、地球はかつてない危機に直面している。

 宇宙の果ての惑星メイデンより侵攻してきた異星人。槍型の宇宙船に乗って来訪したその全員が女性にして異形の怪人。

 塔になった槍から未知の汚染物質が染み出し、彼女達が活動しやすい土壌へと改変されていく。それが赤黒い粘菌らしき物体の正体で、生えてくる影は侵略者に使役されているらしい。

 怪人達は侵略の第一歩として、地球の知的生命体――つまり人間を片っ端から拉致らちしている。捕まった人々は奴隷どれいとして母星に送られたと思われる。世界中で人口が猛烈な勢いで減少中だ。

 環境が書き換えられ、知的生命体が連れ去られる。

 このピンチに対抗するため、地球の持つ自浄作用がフル稼働した結果、生み出されたのが妖精のグラン。その目的は怪人達を倒し、地球を元の状態に戻すことである。


「でも、どうして地球が狙われたの?」

「詳しいことはグランも知らないラン。生まれたばっかりだし、これでも生後間もない新生児ランよ?」

「態度が赤ちゃんっぽくないけど」

「それ程でもないラン」

「褒めてないから」


 では、どうやって怪人達に対抗するのか。

 実は地球自身に迎撃能力はなく、これまでずっと荒らされ放題すがままの悲惨な状況。天変地異を起こせば話は別なのだが、それをすれば人間どころか他の生物まで纏めて絶滅の危機に瀕して本末転倒。余計に地球環境が悪化してしまう。

 そこで地球が下した判断が、対怪人用の戦士を擁立ようりつすることだった。最も知能が高くつ甚大な被害を受けている人類。その中で適性がありそうな者に力を託して戦ってもらおうという訳だ。グランはその戦士の卵を探すため、そして戦いのサポート役として派遣されたらしい。


「じゃあ、その戦士って」

「黒貴遊、お前に決まっているラン」

「む、無理無理無理無理無理! だって僕もやしより弱いし、戦う勇気なんて全然ないし、なんでよりにもよって僕なんかなの!?」

「厳正で公平な抽選の結果じゃないラン? 知らんけど」

「うわ、適当」

勿論もちろん、前線でドンパチしてもらおうなんて、一ミリたりとも思ってないランよ」


 グランはおもむろに、ワンピースの中へと己の手を突っ込む。急にどうした、股間がむずむずかゆいのか。とツッコミを入れる暇もなく、股の間からずるずると、黄金色に輝く物体を取り出していた。明らかに質量保存の法則ガン無視の、グランと同等のサイズの代物である。

 鳥籠とりかごを模したキーホルダーをぶら下げる、古めかしいウォード錠タイプの金の鍵が四つ。それに加えて、鍵を腰から下げるためのホルダー付きベルト。妖精の股間から出てきたという事実を除けば、ぱっと見よくあるオシャレアイテムだ。遊の趣味ではないのだが。


「コレこそ地球が授けし対怪人用最強の切り札、その名も“隷属れいぞくかぎ”ラン!」


 ババーン!

 という擬音を背負ったグランが、大の字ポーズで誇らしそうにしている。

 しかし遊はいまいちピンとこずいぶかしむ。骨董品こっとうひんのような鍵のどこが切り札と言うのだろうか。突拍子のなさに首を傾げてしまう。


「聞いて驚くなランよ。この鍵を使えばなんとまさかの、憎き怪人連中をバッチリ封印ア~ンド思うがままに使役出来るラン!」

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