EPISODE 19:誘惑


 姿は見えないが、それは女性のハスキーボイス。どこかで聞いたはずの、人間ではない者の声。


「あなた、誰なのよ?」

「私は新たなる支配者の一人にしてこの一帯――四○二九エリアの統治を任された者だ」


 思い出した。

 壁の向こうにいるのは侵略者、始まりの日に宣戦布告の放送ジャックをした女だ。


「ふ~ん。で、自称支配者が何の用? あたし凄く忙しいんだけど」

「それは承知の上だ」

「わざととか、普通に迷惑な人ね」


 会話だけでもひりつく緊迫感が伝わってくる。当たり前だ、これまで戦ってきた影と違い本物の怪人、しかも塩塚地区を支配するリーダー格。強さは別格だと容易に想像が付く。


「貴様の強さは素体にぴったりだ。そこで、あの塔まで来てもらおうと」

「素体? 何の話かわからないけど、嫌だと言ったら?」

「無理矢理連行するまでだ」


 次の瞬間、轟音と共に壁が吹き飛んだ。

 コンクリートには無数の穴、つぶてがガラガラ転がり落ちる。まるで巨大な散弾銃が炸裂したような爆発だった。

 段ボールの陰にいた遊はかろうじて無事。ほぼ無傷で済んだ。一方、真っ向から攻撃を受けただろうえるは――どさり、とくずおれた。


「安心するといい。貴重な素体だ、殺しはしない。……と言っても、聞こえてなさそうだな」


 それから、女は指をパチンと鳴らし、気を失ったえるを塔へ運ぶようシャドーに命令する。

 助けなきゃ。

 連れていかれてしまう。

 そう思っても体が動かなかった。

 影相手に手も足も出ないような自分に何が出来るというのだ。リーダー格に立ち向かったところで一発撃沈、一緒に連行されるのが関の山。折角せっかく逃がしてくれたえるの思いが水の泡になるだけである。

 それに何より、ただただ怖かったのだ。

 リーダー格の女とシャドーの群れがいなくなるまで、遊は倉庫の中で縮こまったまま一歩も動けず、たった一人の朝を迎えるのだった。





「それは……辛かったランな」


 グランが肩をぽんぽん優しく叩いてくれる。


「だから僕はこの鍵で、ピットさんとセルピアさんの力を借りて、える姉さんを救いたい。そして怪人達を地球から追い返したいんだ」

「しかし、その素体がどうって話が気になるラン。あいつら、一体何をするつもりランか……」


 四○二九エリア、つまり塩塚地区を統括するリーダーの女は何を目的に動いているのだろうか。皆目見当がつかない。だが素体という単語からして十中八九ろくでもないことだろう。小さい男の子が好きなくせに、わざわざ少女を狙っている時点でおかしさ満天、よからぬ雰囲気しかない。


「ねぇ、ピットさんは何か知らない?」

「ごめんね、ママは下っ端だから詳しいことは全然なの」


 改めて質問するも有益な情報はゼロ。元末端の構成員には知らせていない極秘の重要任務なのだろう。下手に伝えては情報漏洩ろうえいのリスクもある。いわく性格の悪い隊長らしいので、裏でこそこそやっていても不思議ではない。

 ところで、


「それよりもぉ、ママとこっちで一休みしよ?」


 ピットが何をしているのかというと。家具コーナーのベッドに寝そべって、わざと着衣を乱して「おいでおいで」と手招きしていた。買い出しの仕事はどこへやら、忘却の彼方へダンクシュートを決めたらしい。サボり癖があるから万年平兵士だったのでは、という疑念すら湧いてくる。


「ここはラブホじゃないから、休憩も宿泊も挟まずキリキリバリバリ働けラン!」

「痛い痛い! 髪の毛引っ張らないでよ小蠅こばえちゃんっ!」

「誰が小蠅ランか蛇女コラ、しばくぞ」


 ベッドの上でどったんばったん大騒ぎ。ピットとグランの体格差コンビがもつれ絡まり暴れている。これで何度目だ、もはや止める気も起きない。

 冷静に思い直してみると、ピットやセルピアは地球支配を企んでやってきた元侵略者であり、現在進行形で自分の貞操を狙う宇宙人。こうして和気藹々わきあいあい触れ合っているのもおかしな話である。実際、性格が悪いらしい隊長の女が、何らかの目的でえるをさらったのだ。言うなれば因縁の相手の元手下、封印の力でどうにか猛獣の手綱を引いている状態。危険と隣り合わせだという現実を忘れてはいけないだろう。

 と、溜息混じりに物資調達を再開したところで、


「あはっ。僕ぅ、こんなところでどうしたのかなぁ?」


 通路が伸びる先、ゲームセンターのある方角より、一人の少女が歩いてきた。

 ウルフカットの金髪には黄緑色のメッシュ、露出多めのヘソ出しスタイルで褐色かっしょく肌を晒しており、ぱっと見いわゆるギャルのそれだ。金色のマニキュア、左目の下にはハートマークのペイント、ゴテゴテ盛り盛り睫毛まつげで目元も重装備。内面は別として、清楚な見た目のえる姉さんとは真逆の派手な外見。本能的に忌避きひしてしまうタイプの女性が近寄ってくる。


「あ、あの僕は……」

「やだぁ、緊張しちゃって可愛いなー。あ、もしかして、あーしのむっちりボディにドキドキしてるかんじぃ? もう、小さいくせにマセてるなぁ」


 アメスクよろしく胸の下で結ばれた白いブラウス、透けて見えるのはビビッドイエローが目に痛い骨柄ブラジャー。そこからこぼれ落ちそうな褐色のトロピカルフルーツが圧倒的な存在感を主張している。果汁たっぷりの瑞々みずみずしい大粒の二大巨頭。彼女を恐れる意志とは正反対にくぎ付けだ。たわわな楽園より目が離せなくなってしまう。

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