EPISODE 19:誘惑
姿は見えないが、それは女性のハスキーボイス。どこかで聞いたはずの、人間ではない者の声。
「あなた、誰なのよ?」
「私は新たなる支配者の一人にしてこの一帯――四○二九エリアの統治を任された者だ」
思い出した。
壁の向こうにいるのは侵略者、始まりの日に宣戦布告の放送ジャックをした女だ。
「ふ~ん。で、自称支配者が何の用? あたし凄く忙しいんだけど」
「それは承知の上だ」
「わざととか、普通に迷惑な人ね」
会話だけでもひりつく緊迫感が伝わってくる。当たり前だ、これまで戦ってきた影と違い本物の怪人、しかも塩塚地区を支配するリーダー格。強さは別格だと容易に想像が付く。
「貴様の強さは素体にぴったりだ。そこで、あの塔まで来てもらおうと」
「素体? 何の話かわからないけど、嫌だと言ったら?」
「無理矢理連行するまでだ」
次の瞬間、轟音と共に壁が吹き飛んだ。
コンクリートには無数の穴、
段ボールの陰にいた遊はかろうじて無事。ほぼ無傷で済んだ。一方、真っ向から攻撃を受けただろうえるは――どさり、と
「安心するといい。貴重な素体だ、殺しはしない。……と言っても、聞こえてなさそうだな」
それから、女は指をパチンと鳴らし、気を失ったえるを塔へ運ぶようシャドーに命令する。
助けなきゃ。
連れていかれてしまう。
そう思っても体が動かなかった。
影相手に手も足も出ないような自分に何が出来るというのだ。リーダー格に立ち向かったところで一発撃沈、一緒に連行されるのが関の山。
それに何より、ただただ怖かったのだ。
リーダー格の女とシャドーの群れがいなくなるまで、遊は倉庫の中で縮こまったまま一歩も動けず、たった一人の朝を迎えるのだった。
※
「それは……辛かったランな」
グランが肩をぽんぽん優しく叩いてくれる。
「だから僕はこの鍵で、ピットさんとセルピアさんの力を借りて、える姉さんを救いたい。そして怪人達を地球から追い返したいんだ」
「しかし、その素体がどうって話が気になるラン。あいつら、一体何をするつもりランか……」
四○二九エリア、つまり塩塚地区を統括するリーダーの女は何を目的に動いているのだろうか。皆目見当がつかない。だが素体という単語からして十中八九ろくでもないことだろう。小さい男の子が好きなくせに、わざわざ少女を狙っている時点でおかしさ満天、よからぬ雰囲気しかない。
「ねぇ、ピットさんは何か知らない?」
「ごめんね、ママは下っ端だから詳しいことは全然なの」
改めて質問するも有益な情報はゼロ。元末端の構成員には知らせていない極秘の重要任務なのだろう。下手に伝えては情報
ところで、
「それよりもぉ、ママとこっちで一休みしよ?」
ピットが何をしているのかというと。家具コーナーのベッドに寝そべって、わざと着衣を乱して「おいでおいで」と手招きしていた。買い出しの仕事はどこへやら、忘却の彼方へダンクシュートを決めたらしい。サボり癖があるから万年平兵士だったのでは、という疑念すら湧いてくる。
「ここはラブホじゃないから、休憩も宿泊も挟まずキリキリバリバリ働けラン!」
「痛い痛い! 髪の毛引っ張らないでよ
「誰が小蠅ランか蛇女コラ、しばくぞ」
ベッドの上でどったんばったん大騒ぎ。ピットとグランの体格差コンビがもつれ絡まり暴れている。これで何度目だ、もはや止める気も起きない。
冷静に思い直してみると、ピットやセルピアは地球支配を企んでやってきた元侵略者であり、現在進行形で自分の貞操を狙う宇宙人。こうして
と、溜息混じりに物資調達を再開したところで、
「あはっ。僕ぅ、こんなところでどうしたのかなぁ?」
通路が伸びる先、ゲームセンターのある方角より、一人の少女が歩いてきた。
ウルフカットの金髪には黄緑色のメッシュ、露出多めのヘソ出しスタイルで
「あ、あの僕は……」
「やだぁ、緊張しちゃって可愛いなー。あ、もしかして、あーしのむっちりボディにドキドキしてるかんじぃ? もう、小さいくせにマセてるなぁ」
アメスクよろしく胸の下で結ばれた白いブラウス、透けて見えるのはビビッドイエローが目に痛い骨柄ブラジャー。そこから
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