EPISODE 18:追憶
※
日が落ちて、月明かりだけのコンビニエンスストア。
店舗の半分が既に赤黒い粘菌に覆われており、内装もじわじわと塗り替えが進んでいる。だが不幸中の幸い、棚に積まれた商品はパッケージのおかげでかろうじて無事。粘菌を払い落とせば大丈夫そうだ。
侵略が始まった日から、遊とえるはこの店の商品棚の間に身を隠し、息を潜めて堪え忍んでいた。襲撃を逃れながら塩塚地区内を駆けずり回り、ようやく見つけた安全地帯。隠れる場所とわずかながらの食料、救助が来るまでここで籠城するつもりでいたのだ。
世界が一変して五日目。
街から人の姿が消え、代わりに
不安でたまらない。
いつか自分達も捕まってしまうのだろうか。連れていかれた先でどんな目に遭うのだろうか。
遊は体育座りで身を縮め、
頼れる大人はもういない。警察か自衛隊が救助に来てくれる、という希望的観測で籠城しているが、それも本当に来るという保証はどこにもない。このまま何も出来ずジリ貧、いつか怪人やシャドー軍団に押し切られてゲームオーバー。そんな最悪の未来がすぐそこまでやってきている。
「心配しないで遊君。あたしが、あたしが絶ッ対に守ってみせるから」
えるが肩を寄せてそっと抱きしめてくれる。震える体を包み込むように柔らかな温かさが伝わってくる。
彼女だってまだ高校生だというのに。
日常が突如終わりを告げて過酷な世界に放り出された。不安を感じていないはずがない。それなのに、より幼い者のために折れない心で励ましてくれている。
「ありがとう、える姉さん……」
それがとても嬉しくて、また惨めに感じてしまう。
おんぶにだっこ、えるに頼りっぱなしだ。どこまでいっても自分は守られる側に過ぎず、彼女に相応しい男とは到底言えないだろう。
無力さを悔いて奥歯をぐっと噛みしめた、その時だった。
ぬるり、と。
えるの真後ろより黒い影が伸びる。
店舗内の床、赤黒く染まった平面から、シャドーメイデンが現れたのだ。
「大丈夫、あたしに任せて! はぁッ!」
えるは振り向きざまに裏拳を放ち、漆黒の顔面を叩き潰して粉砕する。頭部を失った影は崩壊し、赤黒い床へと染み込み消えていく。が、それを合図にニョキニョキ、雨後の竹の子よろしく大勢のシャドーが生えてきた。
「ここも安全な場所じゃないってことね!」
だが、えるは
まずは足払い、出てきたばかりの影を蹴り倒しエルボーを叩き込む。周囲が怯んだ隙に、今度は棚から二リットルのペットボトル取り出し、次々
『いやいや、ちょっと待つラン』
『何? 回想にツッコミ入れられると、色々ややこしくなるんだけど』
『このえるとかいう女、無駄に強くないラン?』
『これが平常運転だよ』
『将来は霊長類最強を目指すつもりランか?』
『ううん、アイドル志望だったみたいだけど』
『バイオレンスなアイドルとか需要なさそうラン』
『ここにあるけど』
『お前の趣味は聞いてないラン』
『はいはい、じゃあ続き行くね』
遊を背に庇うよう立ち回り、
このままでは消耗戦。達人級に強かろうと無尽蔵な数の暴力に屈服するしか術がない。
「このままじゃマズい……っ!」
冷や汗たらり。さすがのえるにも焦りが見え始める。終わりのない戦いを前に、敗北の二文字が色濃くなっていく。
「遊君、先に逃げて!」
「で、でも……」
「いいから早く!」
背中を押され、遊は後ろ髪引かれる思いで退避する。
この流れ、始まりの日と全く同じだ。自宅に押しかけたシャドー、身代わりとして捕らえられた両親。嫌な予感がじっとりと脳裏を埋め尽くしていく。
バックヤードへ駆け込み、スタッフ専用の出入り口から逃げようとして、ドアノブにかけた手が止まる。
えるを置去りにしたら、二度と会えないかもしれない。
逃走を
えるを見捨てて逃げるなんて出来ない。しかし非力な自分は戦力にならないどころか足手まとい。そんな思いから導き出された答えがコレだ。結論と言うにはあまりにも中途半端な判断、どっちつかずの優柔不断である。
壁一枚隔てた向こう側から、勇ましいえるの声が聞こえてくる。肉を殴る湿った音、棚が崩れるけたたましい音、そしてシャドーが倒れて消滅する音。その中に聞き覚えのある、身の毛もよだつ冷え切った声が混じる。
「中々捕獲出来ないと思えば……期待以上の力を持っているじゃないか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます