EPISODE 18:追憶




 日が落ちて、月明かりだけのコンビニエンスストア。

 店舗の半分が既に赤黒い粘菌に覆われており、内装もじわじわと塗り替えが進んでいる。だが不幸中の幸い、棚に積まれた商品はパッケージのおかげでかろうじて無事。粘菌を払い落とせば大丈夫そうだ。

 侵略が始まった日から、遊とえるはこの店の商品棚の間に身を隠し、息を潜めて堪え忍んでいた。襲撃を逃れながら塩塚地区内を駆けずり回り、ようやく見つけた安全地帯。隠れる場所とわずかながらの食料、救助が来るまでここで籠城するつもりでいたのだ。

 世界が一変して五日目。

 街から人の姿が消え、代わりに闊歩かっぽするのは黒い女性型の化け物――シャドーメイデン。地面から無尽蔵に生えてくる彼女らは、上位の怪人の命令に従って住民を連れ去っていく。遊とえるの親も例に漏れず、侵略者の手に落ちてしまった。

 不安でたまらない。

 いつか自分達も捕まってしまうのだろうか。連れていかれた先でどんな目に遭うのだろうか。

 遊は体育座りで身を縮め、相貌そうぼうに差し込む影は余計に色濃くなっていく。

 頼れる大人はもういない。警察か自衛隊が救助に来てくれる、という希望的観測で籠城しているが、それも本当に来るという保証はどこにもない。このまま何も出来ずジリ貧、いつか怪人やシャドー軍団に押し切られてゲームオーバー。そんな最悪の未来がすぐそこまでやってきている。


「心配しないで遊君。あたしが、あたしが絶ッ対に守ってみせるから」


 えるが肩を寄せてそっと抱きしめてくれる。震える体を包み込むように柔らかな温かさが伝わってくる。

 彼女だってまだ高校生だというのに。

 日常が突如終わりを告げて過酷な世界に放り出された。不安を感じていないはずがない。それなのに、より幼い者のために折れない心で励ましてくれている。


「ありがとう、える姉さん……」


 それがとても嬉しくて、また惨めに感じてしまう。

 おんぶにだっこ、えるに頼りっぱなしだ。どこまでいっても自分は守られる側に過ぎず、彼女に相応しい男とは到底言えないだろう。

 無力さを悔いて奥歯をぐっと噛みしめた、その時だった。

 ぬるり、と。

 えるの真後ろより黒い影が伸びる。

 店舗内の床、赤黒く染まった平面から、シャドーメイデンが現れたのだ。


「大丈夫、あたしに任せて! はぁッ!」


 えるは振り向きざまに裏拳を放ち、漆黒の顔面を叩き潰して粉砕する。頭部を失った影は崩壊し、赤黒い床へと染み込み消えていく。が、それを合図にニョキニョキ、雨後の竹の子よろしく大勢のシャドーが生えてきた。


「ここも安全な場所じゃないってことね!」


 だが、えるは狼狽うろたえない。それどころか闘志を激しく燃やし、大群相手に飛びかかる。

 まずは足払い、出てきたばかりの影を蹴り倒しエルボーを叩き込む。周囲が怯んだ隙に、今度は棚から二リットルのペットボトル取り出し、次々投擲とうてきで応戦。さしものシャドーも後退するも、そこへ構わずえるの拳がうなり、最前線の影を粉砕爆発四散。雑兵程度、えるにかかれば容易に蹴散らせる。


『いやいや、ちょっと待つラン』

『何? 回想にツッコミ入れられると、色々ややこしくなるんだけど』

『このえるとかいう女、無駄に強くないラン?』

『これが平常運転だよ』

『将来は霊長類最強を目指すつもりランか?』

『ううん、アイドル志望だったみたいだけど』

『バイオレンスなアイドルとか需要なさそうラン』

『ここにあるけど』

『お前の趣味は聞いてないラン』

『はいはい、じゃあ続き行くね』


 遊を背に庇うよう立ち回り、雁首がんくび揃えるシャドーを打ち倒していく。頭部破壊、急所突きに三枚下ろし。影はドミノ倒しに消滅していく。しかし、入れ替わるように新たな影が生えてきては参戦してくる。一匹消えても次の一匹。数が減らない、きりがない。

 このままでは消耗戦。達人級に強かろうと無尽蔵な数の暴力に屈服するしか術がない。


「このままじゃマズい……っ!」


 冷や汗たらり。さすがのえるにも焦りが見え始める。終わりのない戦いを前に、敗北の二文字が色濃くなっていく。


「遊君、先に逃げて!」

「で、でも……」

「いいから早く!」


 背中を押され、遊は後ろ髪引かれる思いで退避する。

 この流れ、始まりの日と全く同じだ。自宅に押しかけたシャドー、身代わりとして捕らえられた両親。嫌な予感がじっとりと脳裏を埋め尽くしていく。

 バックヤードへ駆け込み、スタッフ専用の出入り口から逃げようとして、ドアノブにかけた手が止まる。

 えるを置去りにしたら、二度と会えないかもしれない。

 逃走を躊躇ちゅうちょしてわずかな逡巡しゅんじゅんの後、遊は段ボール並ぶ倉庫の一角に身を隠すことにした。

 えるを見捨てて逃げるなんて出来ない。しかし非力な自分は戦力にならないどころか足手まとい。そんな思いから導き出された答えがコレだ。結論と言うにはあまりにも中途半端な判断、どっちつかずの優柔不断である。

 壁一枚隔てた向こう側から、勇ましいえるの声が聞こえてくる。肉を殴る湿った音、棚が崩れるけたたましい音、そしてシャドーが倒れて消滅する音。その中に聞き覚えのある、身の毛もよだつ冷え切った声が混じる。


「中々捕獲出来ないと思えば……期待以上の力を持っているじゃないか」

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