SIDE EPISODE 2:詰問


 隷属の鍵、その鳥籠型キーホルダーから通じる先に拡がる異空間。そこには封印されし怪人達がくつろげる部屋が存在する。

 現在の住人は二名。一足先に封印された者の部屋には赤いへびの紋章、新参者の部屋には烏賊いかを模した青い紋章が、それぞれの扉に刻まれている。

 残る無地の扉は二枚。果たしてどんな怪人が入居するのか、それはまだ誰も知らない。


「それで、どうして封印される気になったのかしら?」


 怪人達の共同空間――中央に位置するラウンジにて。

 ピットは険しい面持ちでずいずいずい、新たな入居者ことセルピアに詰め寄っていた。遊の前では絶対見せない顔である。その手には一升瓶いっしょうびんが握られている。手土産でなければ手酌てじゃく用でもない。お高くとまった脳天を叩き割る用だ。

 ピットはいつでも殴りかかれるように現在絶賛スタンバイ中。ニトログリセリンもびっくりの一触即発状態だ。


「さっきも言った通りだから」


 一方のセルピアは何処どこ吹く風、回復薬と解毒剤と火傷やけど治しの小瓶をグビグビ飲んでは一息ついている。爆発寸前の蛇女など歯牙しがにも掛けず飄々ひょうひょうとしている。

 因みに回復薬の名前は“スグナオルンデスX”、解毒剤は“スグナオルンデスVヴェノム”、火傷治しは“スグナオルンデスBバーン”。地球のネーミングセンスは相変わらず酷い。


「嘘ね。私の毒が怖いだけじゃ理由にならない。あなたなら力尽くで解毒剤を奪うくらい出来たはずでしょ。あっさり封印を望むなんて不自然極まりないのよ」


 先程の戦い、その幕引きがどうしても引っ掛かってしまう。

 セルピアは優秀な頭脳を受け継ぐ名家の生まれ。母親は怪人能力開発の分野でトップクラスの科学者で、その後継者として期待される将来有望な娘。しかも親の七光りに甘んじることなく努力し続けており、羨望せんぼうの眼差しを向けられる優秀な怪人だ。その辺の世襲ぼんくら二世怪人とは訳が違う。真面目に職務を全うすれば昇進間違いなし、薔薇ばら色人生が確約されたような身である。

 それなのに母なる星と“アモレ”を裏切るなんてあり得ない。頭の悪い万年平兵士が一発逆転で反旗をひるがえすのとは大違い。怪しさ満天不審さ丸出し過ぎるのだ。


「確かに、不自然かもね」


 詰問されるのが嫌だったようで、セルピアは面倒臭そうに溜息を一つ吐き出す。


「私がエリートだから、裏切るなんておかしいと?」

「その通りよ」

「思慮が浅い」

「いちいちかんに障る言い方するわね」

「エリートだって悩みがある、そういうこと」


 セルピアは訥々とつとつと語り出す。

 いわく、親の敷いたレールの上を歩くなんてくそ食らえ、とのこと。絶対に成功する未来が約束されて順風満帆、安心安全安泰で自由のない人生なんて窮屈でつまらない。という、ピット目線からすれば贅沢な悩みをぶちまけていた。勢い余って一升瓶のフルスイングかましてやろうか、そんなねたみそねみのどす黒い感情はギリギリのところで抑えておく。


「英才教育だけの毎日。遊びの時間もない。結構キツイよ」

「だからって、今までの努力全部かなぐり捨ててまでこちら側につくなんて、あなたも相当思慮が浅いような気もするけど?」

「それに、アモレ側よりこっちの方が男児にありつける」

「あら、それなら私と同じじゃない」

「一緒にしないで」

「でも、昇進すれば男の子も食べ放題でしょ?」

「待ちきれない」

「せっかちねぇ」


 組織に殉じていつかありつけるご褒美を待つよりも、自分の意志でつかみ取る道を選択した。出来の悪いピットでもそれなりに納得がいく理由だった。

 出来損ないとエリート。理解し合えないと思いきや、行動の根底にある欲望は同じらしい。直情的に選択したか、合理的に選択したか。違いはあれど両者共に怪人、結局性欲優先のケダモノ。封印されて仲間になろうが、本能的に男児を性的に食べたい変態種族なのは純然たる事実。変えようのない現実である。

 互いの目的を知り、これにていがみ合いも万事解決、


「でも、遊ちゃんは私のものですからね」


 するはずもなく。


「先に見つけたんだから私が美味しく頂く。至極当然の流れよね?」

「違う、アレは私の玩具」

「私がねっとねとに愛でる予定なの。勝手に決めないでほしいわ」

「それはこっちの台詞せりふ


 テーブルを挟んでバチバチと、一人の男の子を巡って争いの火花が散っている。

 神秘の力で封印しても、その心までは縛れない。貞操の危機をもたらす魔物は、水面下で常にその時を待っているのだ。

 一升瓶の割れる音が、キャットファイトのゴング代わりとなった。

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