EPISODE 45:未来


 ズズン……。

 ゴゴゴゴゴゴゴ……。

 バキバキグシャグシャドンガラガッシャーン!


 “侵略の聖槍インヴェイジョン・ランス”がド派手な音を立てて崩れ去っていく。まるで往年のコント番組のオチ、場面転換の軽快なBGMも聞こえてきそうだ。


「うわぁ、酷い有様」


 後に残るのはこんもり盛られた瓦礫がれきの山。炊きたてご飯のように土煙が立ち上っている。

 ものの見事に破壊し尽くされた景色。遊はへたり込み、呆けて弛緩した面持ちで眺めている。

 怒濤どとうの展開に疲労困憊ひろうこんぱい、思考停止で動けそうにない。だが、体全体が充足感で満ち満ちており、不思議と嫌な気持ちはしない。

 それもこれも、全てがうまくいったからだ。

 視線を落とす。そこにはたおやかな寝顔。恋い焦がれ追い求めていた女性、囚われだった姫のえるが、心穏やかに寝息を立てている。絶賛ひざ枕中、さながら恋人同士のようだ。人間態に戻った怪人四人が指をくわえて覗き込んでいる。


「……あれ、ここは?」


 えるがおもむろまぶたを開ける。瞳は微睡まどろみで濁り気味だったが、意識が戻るにつれて本来の輝きを取り戻していく。


「おはよう、える姉さん」


 何事もなかったように、穏やかに告げる。

 すると、えるはむくりと体を起こし、


「よかった、夢じゃなかったんだ」

「え?」

「遊君が、助けに来てくれたんだよね?」


 待ち望んでいた、とびっきりの笑顔を咲かせてくれた。

 見計らったかのように、街の景色が鮮明に彩られていく。支配の証たる赤黒い粘菌は消滅し、本当の塩塚地区の街並みが蘇ろうとしているのだ。


「ありがとう……あたしのために戦ってくれて」

「ううん、僕なんて全然だよ。……むしろ、今までずっと守ってもらうばかりで、やっと恩返し出来たと思う」

「別にいいのに。遊君のことが大好きだから頑張っただけだもん」

「……そ、それって」


 不意に「大好き」と言われて、耳がかっと熱くなる。嬉しさのあまり、顔もだらしなくにやけてしまう。折角せっかく良い雰囲気なのに台なしだ。なんて格好悪い。遊は取り繕うように忙しなく手をばたつかせる。

 えるの言う「好き」とは仲の良い友達としてなのか、それとも男女の仲としての意味なのか。もし後者なのだとしたら、それは両想いという意味を示すのだろう。

 告白するなら、今だろうか。

 愛する相手を救い出した瞬間。映画ならキスシーンが挟まれる絶好のチャンス。彼女に好意を伝えるとしたらベストタイミングじゃないだろうか。

 しかし、もし失敗してしまったら? 断られてしまったら? 望まぬ未来が否応なく脳裏をかすめてしまう。

 歓喜と高揚、不安と緊張でパニック極まり、思考がグルグル渦を巻いていく。口の中は乾いてもうカラカラ、高まる鼓動で心臓は爆発寸前だ。


「あの、お取り込み中のところ悪いんスけど」


 と、そこへ割り込む者が約一名。キュームが上目遣いで迫ってくる。おかげで告白の機を逸してしまう。わざととしか思えないムードクラッシャーっぷりである。


「救出作戦大成功な訳だしさ~、もうそろそろいい頃合いじゃない?」


 のしっ、と遊の頭に重く柔らかい物が乗せられる。ハウリがおっぱい置き場にしているのだ。彼女も告白を妨害したいのだろうか。


「ご褒美の時間」


 更にはセルピアまでもが参戦だ。背中に豊満な乳房を押し当てて貼り付いてくる。この流れは明らかにまずい。よからぬ方へと全速力で突き進んでいる。


「勝利記念にママといいことしましょうよ。……ね?」


 駄目押しにピットだ。瀕死の重傷で動くのがやっとのくせに、命を削って絡みついてくる。

 四人の目的は、遊を性的に美味しくいただくこと。初志貫徹、本能に従いむさぼり食おうと群がっているのだ。

 すっかり忘れていたが、現在彼女達はコントロールの範囲外。隷属の鍵を四本同時に解放中なので実質暴走状態だ。当然の結果、むしろ最終決戦で戦ってくれた方が奇跡である。

 無茶むちゃをした反動が今、纏めて襲いかかろうとしている。


「お、お前ら裏切る気ランか!?」

「違うわよ、ただ遊ちゃんとイチャラブエッチしたいだけだもの」

「それ同じ意味ラン――ぎゃんっ!?」


 お約束のように、グランはガラガラで殴られ星になる。

 これで最後のとりでは陥落した。最終防衛ラインを踏み越えて、性欲に支配されし四匹の獣がはぁはぁ、劣情の吐息と共に迫り来る。

 手元には鍵が四つ。襲われる前に封印すれば事なきを得るが、果たして彼女達に敵うだろうか。否、不可能。怪人一人でも無理難題なのに、四人同時に相手なんて多勢に無勢。圧倒的戦力差で蹂躙じゅうりんされる未来しか見えない。

 もう駄目だ、と思われたが。

 ばたり、どさり、ばたん、どたん。

 ピットも、セルピアも、ハウリも、キュームも、一人残らず力なく倒れ伏した。

 その中心に立つのは唯一人、安納える。


「まったくもう、油断も隙もないわね」


 彼女が倒したのだ。

 塔の最上階にて衛兵を倒したように、その身ひとつで沈黙させた。

 えるは更なる進化を遂げて帰ってきた。怪人に改造する下準備とやらが、良くも悪くも功を奏したらしい。その身体能力は、もはや人間の域を優に超えていた。

 泡を吹いて倒れる四人を再度封印していく。彼女達は性欲に取り憑かれた猛獣だが、それでも共に戦う仲間。胸元へ丁寧ていねいに鍵を差し込んで施錠する。四色の光が瞬いて、その体は鍵の先の異空間へと消えていった。


「オイ、目的は達成したけど、今後はどうするラン?」


 タンコブで身長が二割増しになったグランが帰ってきた。

 地球の神秘が生み出した力で怪人を使役、“侵略の聖槍インヴェイジョン・ランス”に囚われたえるを救い出す。そんな当初の目的は、こうして大成功を収めて大団円を迎えた。幹部が倒されたことで支配も解かれ、塩塚地区も元に戻りつつある。

 なら、これからどうするか。


「僕は、これからも戦うよ」


 決まっている。

 それ以外にあり得ない。


「塩塚地区は解放されたけど、他の場所はまだ怪人に汚染されっぱなし。だから地球全部を取り戻さないと。それに、父さんも母さんも、たくさんの人がさらわれたまま。だから、怪人の故郷に乗り込んで、みんなを助け出したい」


 この力を手にした瞬間から確定したであろう使命、宿命、運命。

 全てに決着がつくまで戦う。それこそ、力を与えられた者の責務。遊はそう決意していた。もっとも、大半は好きなヒーロー番組からの受け売りだ。憧れを真似しているだけである。

 それでも、小さな背中を押すには十分。

 ヒーローがいないのなら、自分がなるまでだ。


「あと、える姉さんの体も、元の人間に戻さないと」

「あたしは別に。遊君を守れるなら半分怪人のままでもいいけど?」

「いや、よくないよ!?」


 やることは山積み手一杯。いつ戦いが終わるのか、見通しはさっぱりつかないほどに遙か遠く。

 だが、やるしかない。

 澄み切った青空の下、四本の鍵が鈍く輝いていた。



完。

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メイデン☆クライシス~地球は女怪人に征服されました~ 黒糖はるる @5910haruru

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