EPISODE 44:崩壊


 時を同じくして、グランのバリアが突破される。

 幾重にも展開されたはずの障壁はもろくも瓦解がかいし、影の衛兵が襲いかかる。

 頑丈な鎧に加えて他の戦闘員とは一線を画す戦闘力。それが同時に二体。ひ弱な遊とグランは為す術なく蹂躙じゅうりんされてしまうだろう。

 だが、倒れ伏したのは衛兵の方。両者共に首がへし折れており、瞬く間に溶けて無に帰した。

 何が起きたのか。

 答えは単純明快。解放されたえるのダブルラリアットが炸裂。二体纏めて一発撃破。以上である。

 元々人並み外れた身体能力を有するえる。怪人に改造するために施された処置が、その力を底上げした結果、パワーが桁違いに跳ね上がった。

 故に衛兵程度は瞬殺だ。後には空の鎧だけが転がっている。


「ただいま、遊君」


 えるは振り返ると微笑んで、そのままガクッと崩れ落ちた。


「える姉さん!?」


 考えるより先に駆け寄り、最悪の予感を振り払いながら抱き起こす。

 果たして、えるは。

 すぅすぅ、可愛らしい寝息が聞こえてきた。


「……よかったぁ」


 ほっと胸をで下ろす。

 どうやら気絶しただけらしい。目立った外傷もなく、えるは無事だった。


「なっ。……え、どういうことだ?」


 まさかの事態にウィンクは二度見どころか三度見。額の瞳を高速で瞬きさせて、動揺を隠せず狼狽うろたえている。攻め手のビームも出せなくなり、全身の眼球が忙しなく泳いでいた。

 苛烈かれつな攻撃が止んだことで、ピットは血塗れの体を起き上がらせる。左足が潰れたせいでバランスが取れない。腰を下ろした体勢がやっとである。それでも四つん這いでいるよりは幾分マシだろう。

 ようやく隙を見せた。千載一遇のチャンス。圧倒的強者たる幹部を倒すなら、今反撃しないでいつするのか。


「うぐぅぅぅ……っ!」


 ピットは悲鳴を上げる体にむちを打つ。砕けたひざだけではない、全身の至る所から血が噴き出る。ビームで溶接されて止血状態だった傷口も、無理に動かしたせいで裂けてしまう。


「あっ……」


 やはり、気力だけではどうにもならない。

 人間にも怪人にも、命の限界という絶対のボーダーラインがあるのだ。

 視界がマーブル模様に歪む。手足の先から感覚が失われていく。よろけて後ろ向きに倒れそうになる。


「世話の焼ける先輩ね」


 だが、床に激突する寸前で支えられた。

 肩を貸してくれたのは元同僚にして恋敵の一人、烏賊いか怪人のセルピア。

 どうしてここに?

 決まっている、階下の大群を全て倒し、駆けつけてくれたのだ。


「ま、頑張って持ちこたえたっぽいじゃん?」

「てっきりもうやられているものかと……いえ、何でもないっスよ」


 セルピアだけではない。おおかみ怪人のハウリにひる怪人のキューム。三人とも全身血まみれの満身創痍まんしんそういだが、無事に戻ってきたのだ。

 遂に、心強い仲間が戦場に揃った。

 決めるなら今しかない。


「みんな……ありがとう。全員の力を合わせて、巨悪を倒しましょう!」


 平兵士一人では勝てない強敵でも、四人が協力し合えば打ち勝てる。

 そう確信出来た。


「炎の力!」ピットが、

「水の力!」セルピアが、

「風の力!」ハウリが、

「土の力!」キュームが、

「『「四つの属性、束ねて放て――」』」


 それぞれの手を天に掲げて重ね合わせる。

 予定にない、想定もされていない、勢い任せの合体奥義。

 四人の体に眠る、沸き立つ愛のエネルギーを収束させた、一度限りの一点突破の一撃必殺技だ。


「『「戦乙女いくさおとめ合奏がっそう

   四重撃しじゅうげき

   絵連綿斗無羅星エレメントブラスター

   熱狂する四属性デストロイ・フュージョンドライブ!」』」


 技名バラバラ、一斉に叫んでカオスの極み。

 炎と水と風と土が螺旋らせん状に絡み合い、全てを貫き破壊する極太光線となりて、眼球怪人を打ち砕く一矢を放つ!


「ふ、ふざけるな、平兵士風情共がッ!」


 対するウィンクも、額より放つ極太光線で迎撃。合体技を押し返そうとする。

 だが、圧倒的な思いの力には敵わない。主を愛し手篭めにしたい、という強烈な欲望が混ざり合うよこしま坩堝るつぼ。たった一人の、おごり高ぶるプライドが勝てる道理など、欠片かけらもあるはずがないのだ。


「ぐっ、こんな……いい加減な下っ端連中に負けるなんて、あり得ない……っ!」

「それがあり得るのよ。冥土めいど土産みやげに覚えておきなさい、このブラック上司ッ!」


 瞬間、弾ける。


「あああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 炎と水と風と土の螺旋はウィンクを飲み込み、更には塔の壁をも貫いて、空の彼方まで際限なく伸びていく。

 それは勝利、地球側が侵略者に打ち勝った瞬間だった。

 だが、喜びを噛みしめている時間はない。


 ――ズズズズッ……。


 腹の底で響くような、不吉な地鳴りが低くうなる。窓ガラスは砕け、床が絨毯じゅうたんごと割れ、天井から赤黒い塊がこぼれ落ちてくる。壁に開いた穴を中心に、ひび割れが塔全体へと広がっていく。


「ねぇ、なんか崩れそうな雰囲気なんだけど?」


 不安そうに遊は問いかける。


「言われてみたら、確かにそうね」

「不穏過ぎる」

「もしかしてコレ、かなりヤバいかんじ?」

「ラスボスを倒した時にありがちなやつっスよ」


 誰がどう見てもそういう状況としか思えない。

 幹部であるウィンクが倒されたことで、“侵略の聖槍インヴェイジョン・ランス”が維持出来なくなり、崩壊し始めているのだ。ある種の自爆機能のようなものだろう。間違っても合体技で破壊したせいではない……はず。


「た、退避! みんなとっととズラかるランよぉ!?」


 グランの悲鳴を合図に、全員一目散に避難開始。

 セルピアが遊を、ハウリがえるを、キュームがピットを抱えて、転がり落ちるように階段を駆け下る。一行は脇目も振らず、最下層の出口へと急ぐのだった。

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