EPISODE 5:本性


「ぼ、僕をどうするつもりだったの!?」

「決まっているじゃない。骨のずいまでた~っぷり愛してあげるつもりだったのよ?」


 母性をたっぷり含んだ言葉は変わらずだが、それは愛情ではなく性欲由来の歪な発露。よわいわずか十の遊にも、それが意味するおぞましさを本能的に感じていた。こんな女性の、否、怪人のおっぱいをしゃぶろうとしていた自分が恥ずかしい。黒歴史確定。今すぐ塗り潰したい、押し入れの奥に仕舞っておきたいレベルだ。


「私達はね、可愛い男の子が大好きなの。見ているだけじゃ我慢出来ないくらい、愛して愛して愛し尽くしたいほどに。だからね、遊ちゃんが欲しいの。身も心も、全部私の物にしたいの。ね、いいでしょ妖精さん?」


 暗黒が滲み出る微笑みを絶やさずに、女性はグランをじっとり見据えている。

 自身の欲望を叶えるためならどんな犠牲もいとわない。男の子の人権なんて知らぬ存ぜぬ何処どこ吹く風、侵略者に期待する方が愚かである。


「お断りラン。っていうかさっさと出てけ、この変態侵略者!」

「あら、そう。じゃあ実力行使しないとね」


 抱えていた遊をそっと床に降ろすと、女性の顔に仮面のような物体がオーバーラップする。と同時に胸の紋章が真紅に発光、全身より未知の力がほとばしっていく。


「まずい、こいつ変身する気ラン!」


 グランの警告を聞くや否や、遊は飛び込み前転の要領で逃げ出す。直後、衝撃波が放たれて、女性の姿は全く別のものに変わっていた。

 長かった髪の毛はへびの群れに置き換わり、滑らかな柔肌は爬虫類はちゅうるいうろこでびっしり覆われている。母性の象徴だったエプロンは蛇柄に、優しさとは真逆の印象をかもし出す。心なしか身長が伸びて体格も屈強になっている。そして微笑みの表情は真っ赤な仮面に覆われてしまい、つり目のスリットの奥にあるだろう彼女の瞳はうかがえなくない。

 まさに怪人と呼ぶべき異形の姿。仮面を被る不気味な蛇女がそこにいた。


「私は四○二九エリア担当兵士、スネークメイデンのピット。遊ちゃんは力尽くで手に入れるんだからっ!」


 蛇女――ピットは欲望のおもむくまま、頭部の蛇の軍勢をうねり伸ばして遊を絡め取ろうとする。


「うひゃあっ!?」


 蛇の一匹が右腕に巻き付く。ひんやりざらついた体表が素肌に触れて、悪寒が背筋を這い上がっていった。


「うわっ、このっ、殺す気ラン!?」


 一方のグランはというと、何匹もの蛇に襲われ噛まれそうになっている。可愛い男の子には優しく、邪魔な妖精に対しては苛烈かれつに。酷い扱いの差である。グランは必死に飛び回り、噛撃こうげきを紙一重で回避していく。


「たす、助けてグラン!」

「ああもう、分かっているランよ!」


 反撃の狼煙のろしとばかりに目映い光が雑居ビル内を包み込む。仮面越しでもまぶしいのか、ピットと蛇の軍勢は怯んでしまう。

 絡みつく蛇が離れた隙に、遊はグランの元へとすがるように逃げていく。


「うぅ、気持ち悪かったよぉ」


 四つん這いの半泣きで顔をくしゃりと歪めている。蛇が纏わり付く独特の感触のせいで腰が抜けかけ状態。ぞわぞわした嫌な肌触りが未だに残っている。これならおっぱいを吸っていた方が良かったと意味不明な後悔をしてしまう。


「まったく、そんな調子で本当に怪人と戦えるランか?」

「が、頑張るつもりだもん」

「じゃあ早くあの蛇女をサクッと封印してくるラン」

「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理」


 ぶんぶんぶん、全力で首を横に振る。

 やる気はあるが無理なものは無理だ。鍵を差し込む位置は紋章、つまり胸の中心部分。赤い光で目立っており、間違いようがない。だが、封印のためには至近距離まで近づく必要がある。無策で突っ込めば確実に蛇の餌食えじき。今度こそ捕縛されて、性的な意味でおいしく食べられてしまうだろう。


「こんなこけおどし、私には通用しないわよ!」


 男児を手篭てごめにする次の一手として、ピットは頭部の蛇達を逆立てる。


「“蛇炎じゃえん連弾れんだん”!」


 怪人は各々属性を有している。ピットの場合は炎、仮面の色が示す通りの業火を放つことが出来るのだ。

 頭部の蛇が禍々まがまがしい口腔こうくうを晒し、一斉に火の玉を発射する。機関銃を彷彿ほうふつとさせる攻撃で、弾丸一発一発はさほど大きくない。しかし、生身で受けるとなればその一発が致命傷になり得るだろう。対象が小さな生き物とくれば余計である。


「また集中攻撃ラン!?」


 当然ながら、その殆どがグランに向けて発射されている。降り注ぐ火の雨を前に、俊敏でキレのある動きでシュババと避けるも流石さすがに限界。火の粉が熱い。命懸けのファイヤーダンスだ。


「こうなったら、コレでどうラン!」


 両手をかざすとグランの眼前にバリアが展開される。薄黄色に輝く光の壁だ。炎の弾丸を受けてひびが入るも、無情の掃射を防ぎきっている。小さく頼りない存在かと思いきや、案外有能である。


「バリアが出せるなら最初から使えばいいじゃん」

「切り札をホイホイ使いたくないラン」

「えー、先に出しておけば燃えずに済んだのに」

「燃え……――え?」


 だが、出し惜しみしたせいで火の粉を被り、薄い羽に引火していた。グラン絶賛炎上中である。


「ああああああああああああああああああああああああっ!」


 絶叫しながら小さな火炎車が床をローリング。暴れまくってどうにか鎮火、黒コゲになりかけたグランは見事なパンチパーマ。羽が半分焼けたせいでバランス悪そうに浮いている。

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