EPISODE 31:汚泥


 翌日。影も短くなった正午過ぎ。

 田舎の片隅にひっそりたたずむ一軒家は、相変わらずアニメが大音量で流されている。

 自宅警備員在中の、大して堅牢でもない防御手薄な城。

 遊は大股で踏み込み二階へ突き進み、天守閣たる汚部屋の扉を躊躇ちゅうちょなくオープン。そこにいるのは城主のキューム、こちらも変わらず自堕落にBLアニメを視聴中だ。室内は昨日よりも魔窟まくつさに磨きがかかっており、物で埋もれた狭苦しさはレベルアップ。よくこんな場所で生活出来るものだ、と悪い意味で感心してしまう。


「あ、遊氏じゃないですか。これまた来てくれるなんてどうして」

「リベンジに決まってンじゃ~ん?」

「うげっ。ギャル、襲来」


 キュームは飛んで火に入るマジのショタに目を輝かせたのだが、その隣に立つ女性のせいで一気に青ざめる。見るからに陽キャギャルのハウリ、自身と正反対の属性を前にして狼狽うろたえウロウロせわしない。

 昨日は怪人召喚前に不意打ちを食らったせいで敗北した。なので今回は最初から召喚して戦いに臨んだのだ。その効果は覿面てきめん。苦手なタイプを前にしてキュームは動揺、泳ぐ目はバタフライよりも激しい。


「キュムっちだよね、確かよくいじめられていた」

「よ、余計なこと言うなっ……言わないで、下さい。オナシャス」

「うわ部屋マジヤッバ。真っ昼間からアニメ三昧ざんまいとか、“アモレ”の仕事しないの?」

「ふへへ……あの、自分窓際兵士ですから」


 距離感ズケズケなハウリ相手に、居心地悪そうにオドオドなキューム。生来の性格なのか迫害によって歪んだせいなのか、上目遣いで卑屈に指をもぞもぞ動かしている。


「ま、そんな話はどーでもいいんだけどさぁ」

「ふへ?」

「遊っちに手ぇ出した落とし前、つけさせてもらうから。早く表出ろや」


 お気楽なにこやかさはどこへやら。

 急転直下の氷点下、おおかみだけど豹変ひょうへんだ。

 ハウリは低い唸り声を上げる。と同時にキュームの首根っこを掴み、窓を蹴破りダイナミック退出。ガラスを粉砕して外へ飛び出していく。おかげで室内は酷い有様だ。元から酷かったが輪をかけて滅茶苦茶である。元の住人さん、ご愁傷様。

 遊とグランは急ぎ階下、戦場となった畦道あぜみちへと向かう。

 玄関扉を開くと、そこでは激しい取っ組み合いが繰り広げられていた。ハウリとキュームは共に怪人態へ変身済み、狼とひるが異形の姿でドッカンバッカン大騒ぎ。鋭い爪で切り裂く女、指先の牙で噛みつく女。死闘、暴力の応酬だ。両者の体は血飛沫で緑色に彩られている。


「腐ってぐずぐずな根性、あーしが叩き直してやるじゃん!」

「よっ、余計なお世話だしっ。自分はこれでいいんだから!」


 怪人になっても陰と陽、水と油の関係だ。いくら議論を尽くしても決して交わることはないだろう。となると、拳で決めるのが一番手っ取り早い。勝てば官軍、負ければ賊軍。暴力こそ正義なのは侵略者の性分故だろうか。


「“狂愛の傷痕ブラッドサッカー・キスマーク”!」


 キュームの歪な指先が十匹の蛭と化して伸びる。もふもふ毛皮をき分けて、遠慮なしにハウリの体へ噛みついていく。


「くひひっ。ギャルの不味まずい血、吸わせてもらうっスよ……っ!」

「ふざけンなしっ!」


 身をよじるも吸い付く指先は離れそうにない。牙が食い込んでいるせいだ、無理に引き剥がしては傷口が余計に拡がってしまう。


「ハウリさん、“刃裏剣亡畏怖ハリケーンナイフ”で指先に攻撃だ!」

「だよねっ。ぶった斬ってやるかンねッ!」


 ならばと狙う先は指、鋭利な風の刃を撃ち放つ。つむじ風が舞うと十匹の蛭は切断ぶつ切り断ち切られる。


「ひぎぃっ!?」


 指を切り落とされた痛みでキュームはもだえ苦しみ後退、風使いより距離を取る。

 一方のハウリは悪夢の吸血地獄より解放されて一安心、食らいついたままの蛭をぶちぶち引き抜いていた。凄くワイルド。結局、傷口は拡がってしまった。

 ハウリの血がさらさらと、凝固せずに流れ続けている。相手は吸血で体力を回復可能、逆にこちらはスピード重視の紙耐久。長期戦となれば不利になるのは確実だ。ここは一気に攻めるのが得策だろう。


「“魔破数羅終マッハスラッシュ”で短期決戦だ!」

「りょっ!」

「させるか、“狂い咲く大地メルティ・アンダーグラウンド”!」


 だが、こちらの攻撃よりも早く、キュームが新たなる一手を打つ。血塗れの掌を地面につけると、辺り一面が突如として泥状に。ハウリの足はずっぽり沈み込んでしまい、最大の強みたる速さが潰されてしまう。


「きひっ、いい気味っスね。ついでに食らえ、“狂った泥塊マッド・ブラスト”!」


 ――ドドドドドドドッ!

 指先より飛来する泥の弾丸。軽やかに避けたいところだが、溶けた地面に足を取られてフットワークが活かせない。結局ハウリは動けないまま、弾丸は胸部装甲に直撃。泥まみれになりながら吹き飛び転がっていく。


「ハウリさん!」

「こんなの大丈夫だしっ!」


 強がっているものの、傷口から滴る血は止まる様子もなく、金色の毛皮を鮮緑に染めていく。このまま攻めあぐねていてはハウリの身が持たない。それは誰の目にも明らかだ。

 この戦況、どう巻き返す?

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