SIDE EPISODE 5:乱戦


「“右激流うげきりゅう”!」

「“刃裏剣亡畏怖ハリケーンナイフ”!」

「“狂った泥塊マッド・ブラスト”!」


 “侵略の聖槍インヴェイジョン・ランス”、その中心に位置する広間に残ったセルピア、ハウリ、キューム。三人は怪人態へと変身し、シャドーメイデンの足止めをしていた。

 遊達はウィンクを追って最上階へ。最年長のピットは少し頼りないが、きっと勝利して帰ってくるはず。三人は、漠然とではあるが、そう信じていた。

 だからこそ、自分達の役目はここで雑兵を食い止めること。遊達が安心して幹部と戦えるよう、シャドーを一匹残らずこの場で仕留めるのだ。


「私が行けばよかった」

「今更ぼやいても仕方ないっしょ」

「正直、羨ましいっスけどね」


 とはいえ、愚痴はじんわり漏れてしまうもの。三人共に、自分こそ遊と最終決戦に挑みたかった、と一抹の嘆きを感じている。ねたみそねみがない、と言ったら嘘になるだろう。


「次のチャンスは絶対逃さない」

「マジそれなー」

「抜け駆けは許さないっスよ」


 だが、仲間割れは厳禁な状況なので、負の感情は目の前の敵にぶつけていく。大量発生なシャドーの退治は、不満の発散にはもってこいである。

 ドンッ、ドンッ、ドンッ!

 飛び交う水と風と泥が、容赦なく影を粉微塵こなみじん。バラバラの黒い破片となり、赤黒い床へ舞い戻っていく。

 百体超もの相手なんて途方もないかと思いきや、意外にも順調に数を減らせている。大群でも所詮はシャドー、怪人の能力を前にしては無力。三人いれば何とやら。

 もっとも、撃破数に比例するように、彼女達のダメージも積み重なっていく。着実に限界へと近づいている。

 人海戦術、物量攻撃。

 怪人と戦闘員。格上であるはずの彼女達は、徐々に追い詰められようとしている。


「新手が来た」


 セルピアの指さす先より、三匹のシャドーが姿を現す。


「げっ、マジじゃん」

「歴戦のシャドーみたいっスね」


 一人は剣を構えた筋骨隆々の影。一人は槍を振るう細身で高身長の影。一人は鉄槌を引きずるずんぐりとした低身長の影。

 他のシャドーとは一線を画す、鍛え上げられた上位の戦闘員。意志はなくともその戦闘力は比べものにならない。一筋縄ではいかないのだけは確かだろう。


「“右激流うげきりゅう”!」


 先手必勝の高圧水流。が、剣のシャドーは刀身でぶった切り。二つの支流はあさっての方向へ、目標から大きく逸れてしまう。


「食らえ、“魔破数羅終マッハスラッシュ”!」


 強靭きょうじんな踏み込みで肉薄、ハウリは縦横無尽に飛び回り、槍のシャドーを引き裂く。しかし、鋭利な爪は槍さばきを前に全て受け流されてしまう。


不味まずそうだけど仕方ない……“狂愛の傷痕ブラッドサッカー・キスマーク”!」


 キュームの指先が吸血しようと伸びるも、鉄槌のシャドーは動じず。鈍重にして強烈な一振りが、ひるの群れをいとも簡単に薙ぎ払ってしまう。


「さすがの経験年数」


 迫る切っ先を、セルピアは紙一重でかわし、一対の触腕を絡めて剣のシャドーを縛り上げる。だが完全に拘束する直前で剣が閃く。

 ザクンッ!

 右の触腕が切断され、断面より緑の鮮血がほとばしる。

 それでもセルピアは怯まない。残る左の触腕を影の両腕に巻き付けて、剣の動きを封じ込める。


「それでもシャドーはシャドー。私には敵わない」


 右の拳を漆黒の顔面に突き出し、

 バシュンッ!

 ゼロ距離より“右激流うげきりゅう”を発射。放たれる超絶怒濤どとうの高水圧、その衝撃にシャドーの体は耐えきれず。表情のない首は、無残にはかなくもげてすっ飛んでいった。


「へー、中々やるじゃん。シャドーのくせに」


 ハウリの爪撃そうげきとシャドーの刺突が交差し合い、それぞれの刃が火花を散らし、互いの肉体を切り裂いていく。

 ガキンッ、ザンッ、ギンッ、ギャリギャリッ!

 拮抗きっこう、一進一退、両者共に決定打はないまま。鍔迫つばぜり合いだけが続いている。

 このまま長期戦にもつれ込むのだろうか。


「なら、ちょっと本気出しちゃおっか♪」


 そこでハウリはもう一段階スピードアップ。“悪攻流宇印怒アクセルウインド”の追い風で加速し、シャドーの対応速度を超越する。戦況を己のものへと一気に引き寄せていく。


「あーしを超えようなんて、百億光年早いンだかンね!」


 ガガガガガガガガガガガガガッ!

 倍速化した爪撃は、文字通り目にもとまらぬ烈風のスピード。飛び散る火花すら遅れて弾けている。

 もはやシャドーは対処しきれない。漆黒の細い体は輪切りになり、崩壊して消滅。持ち主を失った槍は、カランッと乾いた音を立てて床に転がり落ちるのだった。

 因みに光年は距離の単位である。


「指痛いんですが。この落とし前は高くつくっスよ」


 鉄槌で指先は無残に潰され、キュームはじっとり怒りの眼差し。この程度の痛み、自傷行為が日常茶飯事の彼女からすれば大したことない。が、それはそれとして、他人に傷つけられたのが許せないのだ。

 怪我けがを意に介さず、床に血まみれの掌を当てる。“狂い咲く大地メルティ・アンダーグラウンド”で液状化、シャドーの足元はたちまち泥まみれと化す。

 重量感ある巨体のため効果は絶大。ズブズブと床に沈み込み、動きを封じられたシャドーは必死に藻掻もがき脱出を試みる。だが抜け出せない。


「きひっ……死ぬまで食らいなよッ!」


 ズドドドドドドドドドドドドドドドッ!

 おあつらえ向きの標的へ両腕を構え、容赦なく泥の弾丸を撃ち込む。はちの巣を通り越して原形を留めなくなるまで掃射、泥の下でシャドーは無に帰した。


「役不足ね」

「とか言って、思いっきし斬られてンじゃん」

「舐めプも程々にっスよ」


 三人は軽口を叩き合う。余裕の表情を作っているが、その体は三者三様に傷だらけ。ぜぇぜぇ、肩で息をし始めている。

 雑兵、歴戦の戦士。どちらもシャドーに変わりないが、回復なしで連戦となれば疲労も相応に蓄積される。


「残りは……」

「群れてる雑魚ざこだけっしょ。楽勝楽勝」

「ひひっ、ぬるゲー確定演出乙です」


 だが、誰も泣き言は言わない。弱みも見せない。

 彼女達は共に戦う怪人である以前に、同じ男児を狙うライバルなのだ。自分こそが、と張り合うのが当然である。

 セルピアも、ハウリも、キュームも。

 未だうごめく影の群れへと向き直り、その触手を、爪を、牙を振るう。

 全ては遊のため。

 そして彼を我が物とするために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る