EPISODE 39:信頼


「ようこそ“侵略の聖槍インヴェイジョン・ランス”へ。地球人の少年よ」


 頭上より声。反射的に上を見遣みやると、螺旋階段の先より一人の女性が降りてくる。

 見た目の年齢からして三十路だろうか、アラサーと言うには年不相応で奇抜な格好だ。血管が浮き出るほど色白な肌に豊満な胸、それを支えるのは漆黒のボンテージ。ひるがえすは真紅のマント。暗緑色のロングヘアーより覗く吊り上がった瞳が、こちらを鋭く見下ろしている。


「気を付けて。あの女がウィンク、このエリアを牛耳る“アモレ”党幹部よ!」


 元上司を前にして、ピットは臨戦態勢に入る。


「ふぅん、ピットじゃないか。我々“アモレ”を裏切った分際で、よくもまぁのこのこ出てこられたな。仮面もいらぬほどに面の皮が厚いのか?」

「散々ブラック労働でこき使ってきたせいじゃないかしら。薄給だし休日は返上だし残業は当たり前のようにあるし。“アモレ”の労働環境が最悪なのよ」

「下っ端風情が、文句だけは一人前だな。貴様達平兵士は黙って命令に従っていればいいというのに」

「階級の低い者をしいたげて、自分達幹部だけは美味しい思いさせてもらうって? そんな生活が嫌だから、私達は地球側についたのよ!」

「嘘つけラン」


 ボソッと小声でツッコミを入れるグラン。

 実際その通りである。本音は遊とイチャイチャしたいだけ、それは周知の事実。格好がつかないのでそれらしい理由を付け加えただけだ。意外と見栄っ張りなのか。


「減らず口を……一体いつまで叩けるかな?」


 ぱちんっ。ウィンクが指を鳴らす。

 それを合図に、どこからともなくシャドーが湧き出してくる。その数ざっと百体ほど。多勢に無勢。いくら弱小戦闘員とはいえ、大群相手となるとさしものピットでも敗北必至だ。


「そんな、こんなにいっぱい!?」

「あまりに人気ひとけがなくて妙だと思っていたけど……罠だったのね」


 塔に入ってからの道中、敵と一切遭遇しなかった。周辺にあれだけ警備兵がいたのに、である。もっと警戒するべきだった。後悔先に立たず。背筋から冷や汗が止まらない。


「ここが貴様達の墓標になるのだよ」


 くっく、とウィンクは冷笑すると、きびすを返して上階へ戻っていく。降りてきたばかりというのに忙しない女性である。


「ちょっと、ウィンク! 降りてきて私と戦いなさいよ!」

「平兵士が命令するな。……あぁ、元平兵士だったか。どちらにしろ、私に指示出来る立場でないのでは?」


 取り付く島もない返答を吐き捨てて、ウィンクはさっさと行ってしまう。

 追わなくては。

 が、それは不可能。取り囲むシャドーの軍勢が、階段前を陣取り通せんぼうしている。

 影の防壁を突破しない限り、えるの救出はおろかウィンクとの勝負すらままならない。だが、この人数を相手に勝利するビジョンが見えないのもまた事実。


「遊ちゃん、ひかえの三人も呼び出して」


 そこで、ピットが進言する。

 仲間の召喚。大群相手にこちらも人数を増やす。定石、誰もが思いつく対抗手段だろう。

 しかし、


「ちょっ、出来る訳ないラン!」


 無論、グランが拒否する。

 今の遊の技術力では、怪人四人を同時コントロールなんて自殺行為だ。しかも全員前科持ち、信用ゼロでブラックリスト入りも当然である。


「じゃあ、グランちゃんは他にいい案持ってるの?」

「ないけど、だからってそれは無理ラン!」

「お願い、私達怪人を信じて。なんなら私の貞操を賭けるから」

「ないものをベットすンなラン」


 味方を呼び出したつもりが敵に回った、なんて笑い話にもならない。

 だが、拒否したところで打開策もなく、このまま敗北するだけだろう。それはグランも重々理解しているはず。それでも足踏みしてしまう。地球の妖精として、易々と怪人を信頼出来ないのだ。


「僕は、ピットさんを信じる」


 それでも、遊は迷わない。

 大好きな人を――えるを救い出す。その信念を貫くために全てを利用する。そう覚悟を決めたのだ。たとえどんなに分の悪い賭けでも全力で乗る。駆け抜けてみせる。

 ホルダーより、残り三本の隷属の鍵全てを取り出す。

 青、緑、黄色。三本同時に虚空へ掲げ、封印を解除。

 同時に三人の怪人を召喚する。


「助太刀よ」

「あーしらがいればマジ百人力っしょ!」

「きひっ……これは無双間違いなしっスね」


 セルピア、ハウリ、キューム。

 かつて敵であり前科者の彼女達は――誰一人として遊に牙を剥かない。むしろ眼前の軍勢に闘志を燃やし、水流と疾風と泥塊を次々と放ち、意気揚々と蹴散らしている。

 ズドンッ、ズドンッ、ズドンッ!

 巻き起こる爆発。倒れ伏すシャドー達。螺旋階段への道が切り開かれる。


「まさか、目糞めくそ鼻糞はなくそ耳糞みみくそ野糞のぐその怪人が、自らの意志で協力するなんて……ラン」


 グランは驚きのあまり口をあんぐり。あごが外れる勢いでオープンしている。

 現在四本の鍵を同時に使用中。遊の力量では維持しきれず、間違いなく暴走しているはずのオーバーワーク状態。

 それなのに、何故。

 現実的に理由を突き詰めれば、変態怪人達がコントロール抜きに遊を守ろうとしている。それ以外に考えられない。

 だからこそ、地球の妖精として驚愕を隠せないのだ。


「ここは任せて」

「早くえるって人を助けに行けばいいかんじじゃん?」

「一応コレ、死亡フラグのつもりはないっスよ」


 三人は足止めに殿しんがりを務めて送り出してくれる。


「セルピアさん、ハウリさん、キュームさん……行ってきます!」


 その思いに、遊は大きく頷き応える。


「ピットさん、お願いします!」


 偽保育士の背中に飛び乗る。安心感ゼロの変態蛇女の体が、今はとても頼もしく見える。


「ええ。ママの本気、見せてあげるわね!」


 ピットは遊の身を背負い、螺旋階段を猛ダッシュで駆け上る。

 向かうは最上階、ウィンクが居座る幹部の間。

 最終決戦の時は近い。

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