SIDE EPISODE 1:住居


「ん、ここは……――いや、本当に一体全体どこなのよ」


 気付けば四角い部屋の中だった。内装は簡素でこぢんまり、しかし必要最低限の家具は揃っており、かたわらにはベッドにテーブル、クローゼットや姿鏡などが一式完備されている。

 人間態に戻ったピットはしばしの間首を傾げるものの、すぐに「なるほど」と合点がいってポンと手を叩く。

 ここが妖精の言っていた封印される先、隷属の鍵で行ける怪人専用空間なのだ。

 力の源たる胸の紋章を施錠されたことで謎の場所へと飛ばされたらしい。

 地球上のどこかに位置するのか、それとも体をミクロ化されて鍵の中にいるだけなのか。あるいはそのどちらでもなく、異次元や亜空間と呼ばれる場所にいるのかもしれない。

 どんな技術を用いたのか、出来の悪い頭では皆目見当がつかないが、とりあえず「なんか不思議なことが起こった」と一纏めに納得しておく。

 それよりも気になるのは――黒貴遊のことである。

 地区の住民のほとんどが奴隷として母星送り。エリア内はほぼ無人の閑古鳥かんこどりすら鳴かない寂しさ具合。そんな中、ようやく出会えた貴重なショタ、それが遊だった。

 惑星メイデンを牛耳る組織“アモレ”に就職したまでは良かったが、ろくな成果も上げられず平兵士のまま。最底辺なので待遇も悪く、生まれて一度も男児にありつけず。三十路越えても経験なしの魔法使い系怪人になりかねない勢いだ。焦燥感と欲求不満の毎日は悶々もんもんエナジーダダ余りである。

 だから遊に執着した。性欲発散用のショタを何としても手に入れる、と。……つい先程までは。

 一応、遊を甘やかし手篭めにしたい気持ちに変わりはない。だが、ショタなら誰でも良いという節操のなさは消え失せた。

 遊だから欲しい。彼自身を求めてしまう体になってしまった。


「あの目に射貫かれちゃったのよねぇ」


 決意を固めて鍵を差し込んだ時の凜々しい瞳が忘れられない。滲み出る優しさを押し殺し、強くあろうとする姿にキュンキュン。覚悟を決めた男の子はどうしてこうも愛らしいのだろうか。思い出すだけで下腹部がうずいてしまう。

 最初は死ぬくらいなら封印も悪くない、という消極的な思いだったが、今では遊のために尽くしたいというのが偽らざる本音である。

 と、長々理屈を並べたが、要するにピットは恋をしてしまったのだ。そして同時に遊の思い人こと安納えるに嫉妬していた。彼のために戦えば自ずと邪魔な女もついてくる。難儀な関係である。


「でもそれより先に、この体をどうにかしないと」


 恋に身を焦がすにも体が資本だ、健康状態が悪ければ遊をにするのも難しい。怪我けがを治すのが最優先だろう。

 人間態に戻ったところで傷の具合は変わらず、右手と左足は砕けて緑の鮮血でべっちょべちょ。ミリ単位で動かすだけで激痛が走る。怪人とはいえ放置すれば死にかねない重傷だ。


「確か、妖精が地球特製の回復薬があるとか何とかって言ってたけど……なさそうね」


 部屋の中を這い回って探してみるも、それらしき品は見つからず。となるとあり得そうなのは、


「この扉の向こうかしら」


 部屋唯一の出入り口である大きな扉。この先に回復薬と呼ばれる物があるのだろうか。もしなかったら妖精を丸焼きにしてやろう。少しの苛立ちと激しい痛みに顔をしかめながら、ピットはドアノブをゆっくりと回して押し開ける。

 そこは広々としたラウンジだった。立方体の室内、中央には丸テーブル、四隅には食料庫やキッチン、本や生活必需品が詰められた棚が屹立きつりつしている。怪人生活を営むのには困らない充実の住まいだ。地球も割と気が利くらしい。

 扉を閉めて振り返ると、扉にでかでかとへびを模した刻印がされている。ピットの紋章と同一のもの、この部屋が専用の個室と記してあるのだろう。すると、残り三つの壁それぞれにある無地の扉も、その内誰かの個室になるという訳か。


「……って、そんなことより早く回復薬を見つけないと!」


 新居に満足している間に手足からドバドバ流血、失血死もあり得る量が溢れている。本格的に限界が近づいているのかもしれない。ピットは焦ってバタバタ家捜しを始めるのだが、


「――ぎゃんっ!?」


 突然棚から小瓶が飛び出し額に激突した。傷口にダイレクト、地味に痛い。何かと思ってラベルを見ると、そこには“スグナオルンデスX”という表記。これが地球特製の回復薬なのだろうか。クソダサネーミングセンスである。


「……これを飲めってことかしら?」


 虚空に向かって問いかけるも返答はなし。地球の対応が思いの外がさつだ。侵略者相手なので当然と言えばその通りなのだが。

 ピットは片手でキャップを捻り小瓶を開栓する。中身は液体、ぱっと見エナジードリンクの類いだ。意を決してぐびぐび一気飲みをする。味はそこそこ、分量も大してないのであっという間に飲み干した。


「うわっ……何コレ凄いっ」


 するとあら不思議、ぐちゃぐちゃだった右手と左足が元の形に、割れたひたいも塞がり完治した。それどころか滴っていた血も傷口へ逆流し体内に戻っていく。地球の神秘と言って差し支えないだろう。驚きで開いた口が塞がらない。

 他にはどんなビックリアイテムがあるのだろうか。棚の中を覗いてみるが、これまた不思議なことに中身は空っぽだ。正確に言えば空洞があるだけ。底も先も何も見えない。あまり深く考えない方がよさそうだ。本能がそう告げている。


「……元気になったら、今度はお腹が空いたわね」


 遊との追いかけっこで火を吐きまくったせいか、胃袋が空腹の悲鳴をぐぅぐぅ上げている。体力も全快したので盛大にアルコールを飲みたい気分だった。


「痛っ!?」


 という希望をんでくれたのか、食料庫からキンキンに冷えた缶ビールが飛び出してきた。またも額に直撃したのだが。

 この部屋は、態度は悪いが素直に注文を聞いてくれるらしい。

 ならば、


「ついでに枝豆もお願いしちゃおうかしら?」


 と、調子に乗って注文したら生のまま出てきた。「自分で調理しろ」とでも言いたげである。続けて塩の瓶と鍋も飛んできた。これが本当の塩対応か。


「まぁ、別にいいけど」


 口先尖らせてピットは枝豆を塩茹で、遊の凜々しい顔を思い浮かべながら一人酒盛りをするのだった。

 ――プシュッ、カッコン。

 プルタブで押し開ける快い音が響いた。

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