第四章:飛び立てない私にあなたが翼をくれた

EPISODE 25:田舎


 ここは塩塚地区でも指折りの田舎、通称下塩塚しもしおつか地区。

 視界に拡がるのは田園風景。ランドマークの類いは見当たらず、ぽつりぽつりと古めかしい民家が建っている程度。まさにのどかな過疎地といった風情。そのせいか、支配の証である赤黒い粘菌も少なめ。シャドーメイデンもおらず、侵略の進捗具合はほどほどといった具合である。とはいえ人っ子一人いない無人状態なあたり、住民は全員連れ去られてしまったらしい。寂れた街並みに鳥の鳴き声が染み渡る。

 そんな田舎の道を行くのが遊とグラン、地球奪還のために邁進まいしんする一人と一匹だ。下塩塚地区に何か用事があるかと問われれば、別段特にない。街の中心部に突き刺さる塔――“侵略の聖槍インヴェイジョン・ランス”を目指す道中で通りかかった。ただそれだけの理由である。


「この辺は平和……とは言い切れないけど、比較的落ち着いているみたいランな」

「下塩塚だからね。怪人達もあんまり重要だと思っていないのかも」

「確かに、見るからに田舎だし、納得ラン」


 人も大しておらず、侵略も進まないとなれば注目されるはずもなく。怪人達も都市部に集中するのが当然の摂理である。実際、人間の生活も都会に一極集中、地方は衰退の一途を辿っているのだから違和感はない。若干田舎の存在が馬鹿にされている気もするが、おかげで田園風景が保たれているので、ひとまず良しとしておこう。


「あ、公園だ」


 視界の端に捉えたのはブランコと滑り台。田んぼや畑ばかりの中に、ぽつんと孤立する公園があった。高齢者ばかりだろう地方故か、遊具はびだらけに寂れている。いつから遊ぶ者がいなくなったのだろうか。思いを馳せると切なさに胸が締め付けられる。


「懐かしいなぁ。僕の家の近くにも、こんなかんじの公園があったっけ」


 空から槍が降ってくるより少し前、まだ平和だった頃はよく近所の公園で遊んでいた。

 ここより幾分マシとはいえ、寂れた空間に錆びた遊具の寒々しい広場。クラスメイトと遊ぶこともあったが、一番印象に残っているのは、やはりえると過ごした時間だろう。まぶたを閉じれば当時の光景がありありと映し出される。

 思い出シアター、満員御礼。

 振り返ってみればえるとの出会いも公園、彼女との関係はそこから始まったのだ。


「あ、これ、回想に入る流れランな」





 今からさかのぼること五年前。

 黒貴遊、五歳。まだ右も左もわからない、か弱いぷにぷに幼稚園児だった頃の、ある日のこと。

 冒険気分で散歩、鼻歌交じりに街を歩いていたら迷子になってしまった。右も左もわからない、とはそういう意味ではないのだが、当時は幼児なので仕方ない。

 そんなこんなで行き着いたのが運命の公園だった。夕暮れの陽光を受ける、錆びに錆びて赤茶けていた遊具が立ち並ぶ区画。そこに一人の女の子がいた。

 える姉さんこと安納える。当時十二歳で小学六年生の、紛うことない少女である。

 彼女はブランコに腰を預けて泣いていた。誰の目もない場所だからか、時折甲高い嗚咽おえつを漏らしている。こぼれ落ちる涙が西日に反射して宝石のように輝いていた。

 まだ幼かった遊は、何故彼女が泣いているのかわからなかった。だが、理屈なんてない。放っておけない、という思いに突き動かされて、気が付くと隣のブランコに腰掛けていた。


「お姉さん、どうしたの?」

「あなた、誰?」

「ぼくは黒貴遊。お姉さんは?」

「あたしは……安納える、だけど」


 それが二人の出会いだった。

 彼女は悩みの訳を訥々とつとつと話す。無論、遊には理解出来ない。思い返してみれば家の事情とか友達との人間関係とか、その辺が理由だと察するのだが、幼児だった彼には「お姉さんも色々大変なんだなぁ」程度の理解だった。

 だが、それでいい。

 大事なのは答えを導き出すことではなく、彼女の思いを受け止めることなのだから。


「あーっ、話したらなんかスッキリした」

「もう大丈夫?」

「うん、ありがとうね遊君」


 別に問題が解決した訳ではない。もやもやを吐き出して一時的な爽快感を得ただけだ。しかし、当時の彼女にはそれが必要だったのだろう。

 それから、遊とえるは急速に心を通わせるようになっていった。

 引っ込み思案で消極的な遊だったが、えるの前では素直に自分を表に出せた。一方のえるも、遊の前では些末さまつな悩みを忘れ、心ゆくまで癒やされていた。

 お互いに相手を求めるようになり、次の日も、また次の日も、そのまた次の日も。遊はわざと迷子になり、えるはいつも公園で待っていた。

 夕焼け差し込む人気のないの中、二人だけの時間が流れていた。

 体格差のある二人が何で遊ぶかと言えば、大抵ヒーローごっこかアイドルごっこのどちらかだ。ヒーローになりたがったのは無論遊の方だったが、アイドル役をしたがるのはえるの方。なんでも彼女の抱く将来の夢はアイドルらしい。きっかけはアイドルモチーフのアーケードゲームとのことだが、詳細についてはさっぱり。なので遊はいつも観客役、えるのパフォーマンスに合いの手を入れて楽しんでいた。

 もっとも、彼女は想像を絶するほどの音痴だったのだが。


『音痴のアイドルって需要あるラン?』

『もー、また回想にツッコミ入れてるー』

『いや、これは入れざるを得ないランって。まぁ、程度によるかもだけどラン』

『耳から吐血するくらい酷いよ』

『耳から吐血ラン!?』

『そう、鼓膜がパーン』

『バイオレンスで音痴とか、囚われの姫要素ゼロ通り越してマイナスじゃんラン』


 結局、その後も歌唱力は進歩する気配はないまま。

 高校生になった今のえるもアイドルを夢見ているのだろうか。新たな将来の展望を見つけている可能性もあるが、遊は聞いたことがない。

 度を超した音痴なのは確かだし、アイドルの道はとうに諦めたのかもしれない。

 それでも、あの楽しかった二人の時間をもう一度過ごしたい、味わいたい。それが偽りのない遊の願いである。





「……だから、早くえる姉さんを助け出したいんだ」

「え、何この締め方。感動した方がいいかんじラン?」

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