EPISODE 26:在宅


 と、いった調子で過去を振り返りつつ決意を新たにした、丁度ちょうどその時だった。


「あれ? あそこのカーテン、ちょっと動いた気が……」


 公園を囲む柵を越えた先にたたずむ民家。その一室の異変が目に飛び込んできた。

 中が窺えぬようぴったり閉め切られたカーテン。それがふわりと微かに動く瞬間。まるで室内の何かが触れたように不自然な揺れが起きていた。


「もしかして、誰かいる?」


 怪人襲来以降、どこの地方でも多くの住民がさらわれただろう。しかし、必ずしも全員とは限らない。遊自身、こうして助かりなんだかんだ旅をしているのだ。他にもやり過ごしている人がいてもおかしくないし、こんな田舎となれば身を隠そうとする可能性は尚更高い。


「まさか、見に行くつもりランか?」

「だって放っておけないじゃん」

「まったく、お人好しランな」


 打倒怪人を掲げての旅の途中。自分の身すらやっとなのに、他人を守ることなど出来るのだろうか。不安と疑問は無限に湧き出てくるが、尻込み足踏みは無意味に等しい。考えるよりも先にまず行動、遊は迷わず民家へと歩みを進める。

 家の外観は別段特徴のない、築何十年かの庶民的な和風住居だ。田舎のせいか敷地が広くてそこそこ立派な点以外はひたすらに普通。片隅には農具がずらりと鎮座しているあたり、周辺の畑の管理者宅だろうか。粘菌による侵食も半分程度で済んでいる。

 ピンポーン。呼び鈴を鳴らしてみる。

 反応はなし。


「おかしいなぁ」


 ピンポーン。もう一度。

 やはり反応はなし。

 ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。

 何度やっても反応はなし。

 ピンポピンポピンポピピンピンピンポピポンポポピンピピピンポピピンポーン。

 一秒間十六連打で押してみるも反応はなし。

 これだけやって「うるせぇ」の一言もないのはおかしくないだろうか。本当に人がいるのか疑わしくなってくる。


「見間違いだったんじゃないかラン?」

「そんなはずないと思うけど……――あ」


 試しにドアノブを捻ってみると、ガチャリ。不用心にも鍵はかかっておらず、玄関の扉は簡単に開いてしまう。

 戸締まりせずにどこかへ行ったのか、それとも在宅中に襲われて怪人達に連行されてしまったのか。

 答えはどちらでもなさそうだ。

 家の中からシャカシャカと、何やら耳障りな音が漏れ出してくる。


「あのー、お邪魔しまーす」


 大きめの声で呼びかけてから踏み込んだのだが、やはり住人からの返事はない。それもそのはず、家屋全体が騒音で満たされているからだ。テレビかラジオ、もしくはそれらに類するメディアを大音量で視聴しているのだろう。

 音の発生源は二階にある部屋らしい。


「誰かいるんですよね?」


 靴を脱いでそろりそろりと階段を登っていく。元凶の部屋に近づくほどにシャカシャカ音の正体がはっきりしてくる。

 芝居がかった人の声、そのやり取り。どうやらアニメかドラマのワンシーンのようだ。ムードを盛り上げるBGMもほのかに流れている。

 怪人の侵略で世界中がてんやわんやの一大事真っ最中だ。暢気のんきにアニメやドラマを流すテレビ局なんてないし、ネット回線も粘菌で掌握されている。まともな放送や配信があるはずない。となると、録画した番組でも見返しているのだろうか。何にせよ、危険と隣り合わせの中、大音量で視聴する神経が図太過ぎて困惑なのだが。


「到着したランよ」


 眼前には木製の扉。

 結局、家主からの返事がないまま、音の発生源たる部屋までやってきてしまった。

 扉の向こうに、誰かがいる。

 有事だというのにマイペースな何者かがすぐそこ、目と鼻の先にいる。

 ここまできて何を躊躇ためらう。

 意を決した遊は扉を開け放ち、


「……うわぁ」


 視界を占有する室内の様相に、思わず声が漏れてしまった。

 耳鳴りがしそうなほどの大音量も驚きだが、それはある程度想定していたのでまだ良い。それよりも驚愕きょうがくに値するのが、部屋を埋め尽くす物。それは所狭しと並びひしめく漫画アニメゲームの類い。棚に入りきらなかったアイテムが床に平積み山積みの石垣になっており、足の踏み場がない城郭じょうかくを構築。更に撒きびしとばかりにゴミが散乱、菓子の袋が生物兵器と化している。整理整頓が行き届いていない、いわゆる汚部屋と呼ばれる魔の巣窟だ。遊の部屋の方がよっぽどまともである。

 そんな汚いお城の主はどうかと言うと、これまた異様な出で立ちだ。焦げ茶色の髪をボブカットにした女性なのだが、切り揃えた前髪が目元をすっぽり隠して陰気な雰囲気。服装はゴシックロリータ風、白いトップスに黒いケープのモノトーンスタイルで、スカートはフリル多めのミルフィーユが目立つ。

 容姿からして二十歳前後だろうか。根暗で痛々しい女性は前のめりでテレビを見つめている。そこに映っているのはアニメだ。男性キャラ同士がイチャついており、ねっとりベタベタしっぽりバコバコ。遊はまだ知らない、BLボーイズラブというジャンルの作品である。


「え、何してるんですか……」


 ドン引きしながら遊は問いかける。

 女性はようやく来訪者に気付いたらしく、びっくりして正座姿勢のまま垂直に跳び上がっていた。その拍子に前髪が上がったのだが、その瞳はどろりと渦巻くにごり色。遊のけがれなき純粋な輝きとは対照的である。


「え、えとえと、その、自分はあ、怪しい腐女子じゃないですよ……はい」


 目を逸らし、両手の指を絡めながら、ぼそぼそ言い訳らしき言葉を紡いでいる。口元から覗く歯はギザギザで、妙にぬらぬら光って不気味さをどろりと醸し出していた。

 大変面倒な人に会ってしまったかもしれない。

 遊は自分の判断に若干の後悔を覚えた。

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