EPISODE 27:怨念


「えっと、あのぉ……そ、そのアニメは何ですか?」


 ひとまず、当たり障りのない質問をしよう。

 遊は眼前で展開される男同士のラブラブちゅっちゅアニメについて質問してみたのだが。


「あっ、これはね、『ラズベリー・パニック!』って言うアニメでして、BLラノベの代表作をアニメ化した作品で、後世にも語り継がれている名作なのですよ。伝統を重んじる名門男子校、教育係の先輩と入学したてほやほやの後輩。そんな閉ざされた環境で間違いが起きない訳もなく……巻き起こる恋の駆け引き、憧れの相手を巡って泥沼の修羅場、そして訪れるまさかの結末。後のBL作品はおろかアニメ業界全体にも多大な影響を与えたとされた、オタクの歴史を語る上では欠かせないまさに金字塔。この作品からBL文化が一気に注目されたと言っても過言ではないのです!」

「は、はぁ」


 まさかこんなに熱く語ってくるとは想定外だった。あまりの熱量に遊は面食らってしまい、背後に身を隠すグランへと助けを求める。が、ぷいっと目を逸らされてしまう。関わりたくないらしい。気持ちはわかる。


「あっ、自分ってば、またオタク語りに夢中で……こんな女、気持ち悪いですよね」

「べ、別にそんなこと……」


 後ろからボソッと「十分気持ち悪いラン」と聞こえたが華麗に無視。正直遊も同感だが、それを口にすればおしまいだ。この腐女子の心をポッキリへし折りかねない。言葉はナイフ、心を殺す凶器になるのだ。本当のことでも言ってはいけない場合もある。


「いいんです。自分、仲間からもよく『気持ち悪い』とか『近寄るな』って言われてるんで。まぁ実際気持ち悪いのは自覚してるんスけども。えへ、えへへ。その、いつもハブられているから、侮辱とか軽蔑とか結構慣れてますから……」

「で、でも、趣味があるのはいいことだと思います、僕は」


 確かに、初対面の子ども相手にBLアニメの布教はドン引き案件ではある。が、それはそれとして、夢中になれる趣味があるのなら誇っていい。必要以上に自身を卑下する必要はないはずだ。むしろ同調圧力に屈せず迎合せず、一心不乱に我が道を行く。その姿は間違いなく格好良いだろう。

 ひ弱で女子みたいとからかわれても言い返せないまま。笑って誤魔化ごまかしてきた経験がある身としては、形は違えど見習いたい面もある。いや、BLアニメにハマる気は毛頭ないのだが。

 と、以上のように純粋な意味でかけた言葉だったのだが、


「こんな可愛い子に、ほ、褒められちゃった、ふへへへへへへへ」


 女性は顔を真っ赤に染めて、全身くねくね揺らめく昆布こんぶのように踊り出している。やはり挙動は気持ち悪いのだが、それ以外は無害そうだ。


「あっ、また自分ったら……。でも、今までBLアニメばかり見ていて『非生産的だ』『繁殖出来ないなら無意味だ』って馬鹿にされてきたから、認められたのが嬉しくて、つい」


 周囲の人に恵まれなかったのか、趣味に理解を得られなかったらしい。彼女の自己肯定感の低さは生育歴に原因があるのが見て取れる。苦労してきたのだろう。

 しかし、そんなことよりも、である。


「繁殖って、野生の動物じゃないんですから」

「ちょっと待つラン」


 彼女の表現が、どうも引っ掛かった。グランもそれが気になったらしく、ひょっこり割って入ってきた。


「お前、怪人ランな」


 そしてズバッと指摘、サクッと断定。


「な、何を根拠にそんな」

「勘に決まっているラン!」


 なんともアバウト、まさかのフィーリング。

 グランは女性の懐に飛び込むと、力尽くでゴスロリ服を剥ぎ取ろうとする。首元が引っ張られて、開いた隙間より妙齢の柔肌がチラチラ。意外と大きい胸が弾力豊かに揺れており、直視しないようにしてるも、ついつい目線が引き寄せられてしまい……胸?


「紋章があるじゃん」

「な? グランの勘に間違いはないランよ」


 女性の胸元には入れ墨――怪人特有の紋章が刻まれていた。形状からしてひるを模しているのだろうか。不気味な環形かんけい動物が身をくねらせている。


「あーあ、バレちゃったら仕方ないですね……ハイハイそうです、自分は怪人ですよ」


 開き直ったように、女性は投げやりに正体を明かす。


「四○二九エリア担当兵士、リーチメイデンのキューム。この辺鄙へんぴな田舎に追いやられた窓際兵士ですよどーせ」


 そして更に自虐的になった。

 女性――キュームはゴスロリ服のそでまくり上げる。色白というより青白い肌だ。血色の悪い左腕を露わにすると、手首にガブリと噛みつく。ギザギザ鋭い歯のせいで、皮膚が裂けて緑色の血が垂れ落ちる。よく見ると、手首周りには歯型の生傷がびっしりだ。自傷行為、人間で言うところのリストカットか。気分が乱高下する度に噛みついているのだろう。痛々しくて目を背けたくなる。


「確かに自分は強くもないし趣味も根暗で無益なインキャですけど? だからって仕事すらまともに与えてくれないとか追い出し部屋かただのパワハラ、完全に差別ですよ。今日もやることないから日がな一日オタク活動略してオタカツするしかないし、手持ちの仕事ないからどう頑張ったって結果なんて出る訳ないし、自発的に辞めさせようとか“アモレ”は性格悪過ぎるし……」


 それでもって、長々延々と続く不平不満の愚痴祭り。

 ふつふつと湧き上がってくるのは後悔の念。何故扉を開けてしまったのか、数分前の自分をぶん殴りたくなってしまう遊だった。

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