第五章:Armour Zone

EPISODE 33:通信


 地球から遠く遠く遙か先、二万光年離れた宇宙に浮かぶ惑星――メイデン。

 地球とよく似たその星に生きる生物は、これまたそっくりうり二つ。無論、人類に相当する知的生命体もおり、高度に発展した文明を築き上げていた。

 しかし、ある日を境に全てが変わってしまった。

 恒星の爆発、降り注ぐ隕石、メイデンを襲う天変地異の連鎖。

 多くの生物が激変する環境に適応出来ず死滅していく。その例に漏れず、惑星メイデンの人類も危機を迎える。このままでは滅びを免れない、種族存亡の危機が目前に迫っている。


 そんな大逆境に立ち向かうため、惑星メイデンの人類は新たなる能力を獲得した。

 それこそ、異形の姿への急激なる進化――怪人に変身する能力だった。


 惑星メイデンの人類、その内の性別メスに該当する個体は次々と怪人態を獲得。生命に牙剥く過酷な環境へと適応していく。一方のオスは変身能力を得られず死滅の一途を辿り、生き残ったのはごく一部。メスの手厚い保護をもってどうにか生きながらえるヒモ状態だった。

 怪人態への変身能力を得たことで、メス達は母星の復興に尽力し始める。

 しかし、どこの星でも知的生命体は一筋縄ではいかない。手にしたばかりの強大な力に飲まれてしまう者が続出。各地で頻発する犯罪、悪化する治安、弱者を食い物にする弱肉強食の世界。強者メスが徒党を組み、他の弱者メスを暴力で支配、富を独占して圧倒的な格差社会を構築していった。


 それこそ、後に“おねショタ第一主義党アモレ”と呼ばれる集団の誕生、その瞬間である。


 “アモレ”の独裁の下、レジスタンスたる弱者メスは武力で制圧される。一般民も常に貢ぎ物を強要され、弱者はより貧しく、強者は搾取により全てを手に入れた。

 それでも、惑星メイデンの人類はどうにか安定、種の保存と繁栄を成し遂げてきた。弱者の諦めと“アモレ”の増長が歪ながらも噛み合い、滅びの道だけは回避出来たのだ。

 というのが、つい最近までの歴史。

 メイデンの人類の存続事情は急展開を迎える。


 保護していたオス、その最後の一人が死亡してしまったのだ。


 元より弱い生き物だったが、“アモレ”の権力者達による乱暴な扱いが寿命を縮める要因となった。具体的に言うと、子作りと称した激しいプレイのせいなのだが、その辺りはもみ消して原因不明の病気と処理。真実はどす黒い悪意で塗り潰した。

 さて、こうしてメスだけになると、喫緊の問題とは何か。

 当然、次代を担う子どもが生まれないこと、いては滅亡の危機だ。

 変身能力を得て進化したというのに、権力者達の道楽のせいで再び訪れたピンチ。早急に手を打たなくてはならない。

 分裂による無性生殖を獲得するか。

 無理だ。今更下等な単細胞生物の生き方など出来るはずがない。それに一度味わった生殖の快楽を手放すなど、上層部が全会一致で突っぱねる。

 性転換技術やクローン技術を進歩させるか。

 不可能だ。そもそも運用可能なレベルに行き着くまで何十年かかるのか。それまでに、甚大で不可逆な少子化問題で滅びは確定的なものになる。


 そこで“アモレ”の党員達が下した決断こそ、他惑星の侵略だった。


 かつての惑星メイデンに似た環境の星、すなわち太陽系第三惑星――地球は既に発見済みだ。

 それに加えて二つの技術を利用する。一つは宇宙空間における超高速航法の技術。これを用いて一気に太陽系へとワープ、地球人を根こそぎ回収する。もう一つはテラフォーミングの技術。劣悪環境に適応した怪人でも他惑星に降り立てるよう土壌を改造する。

 この二つの技術を組み合わせた物こそ“侵略の聖槍インヴェイジョン・ランス”と地球を覆い尽くす赤黒い粘菌の正体である。

 侵略のメインは当然、将来有望な種馬であり愛玩対象である男児の略奪。他の地球人は使い勝手の良い労働力としてついでに拉致する。それが、計画のザックリとした概要だった。


 以上が、惑星メイデンより侵攻する怪人の誕生経緯とその目的である。

 天変地異によるオスの減少が男、特に若く価値のある男児に対する執着心を芽生えさせた。それは種族レベルで遺伝子に刻み込まれ、結果、母性本能をくすぐる者であるほどに好意を抱く習性を獲得。その異常性はオスを失った後も残り続け、地球にて猛威を振るう。その酷さは、これまでの奇行を見ての通りである。





 赤黒い市街地にそびえる“侵略の聖槍インヴェイジョン・ランス”、その最上階に居座るのは一人の女性。

 暗緑色のカールヘアーを垂らし、吊り上がった目には赤いメイク。ビキニを彷彿ほうふつとさせるボンテージやガーターベルト、真紅のマントという奇異な出で立ちからわかる通り、塩塚地区こと四○二九エリアを統括する隊長だ。間違ってもSM嬢ではない。

 彼女の名はハイランクメイデンのウィンク。“アモレ”の党幹部の一人である。

 

「こちらウィンク、四○二九エリアの侵食は順調です」


 彼女は今、巨大なモニター越しに計画の進捗を報告している。

 槍を地球に突き刺してから早一ヶ月。塩塚地区は順調にテラフォーミング中。あと数日で全域が“アモレ”の手中に収まるのだ。


『ところで、例の件はどうなっておるのじゃ?』


 画面の向こうより聞こえてくるのは、老齢とした話し方とは対照的な、幼子のような甲高かんだかい声。“アモレ”を束ねる首領の高貴なる発言である。


「ええ、最高級の素材が見つかりました」

「本当か。それは嬉しいのじゃ」


 首領が望むもの、それは人間の女性の肉体だ。

 男児が好みの怪人が何故そんなことを。その疑問の答えを知る者は、党内でもごく一部の上層部のみに限られている。


『ほう、これが……』


 ウィンクの頭上より降りてくる巨大な水槽。鮮やかな透明度を誇る若緑色の液体、そこに浮かぶのは一糸纏わぬ少女の姿。首領が求める、素材として最高級な人間である。


「処置は大方終了しており、準備は万全です。いつでもお届け出来ますよ」

『ふふふ、それは楽しみじゃ』


 ウィンクと首領があやしく笑い合う中、水槽の中の少女は目を閉じて微動だにしない。異様な液体にその身を預けるばかりだ。

 首領に献上されようとしている少女。

 彼女の名は安納える。

 遊が愛し取り戻そうと尽力している女性、囚われのお姫様である。

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