第17話 水の雫と白き紳士

「そこにいるのはクモであるか」


 俺は暗がりに隠れて移動しているのだが、この白い虎は異様に目が良いようだ。

 何と答えるべきか俺は迷う。

 そこにカメ子が地面を滑るように駆け込んできたので、すぐさま俺はカメ子の背をめがけて飛び降りる。


「クモよ、動くでない」


 虎に立ち止まれと言われて、俺たちは足を止めることにした。

 こいつを無視して逃げ去れるほど、虎の足は遅くはない。

 俺がじっと観察すると、白い虎は温泉に浸かりながらも手足を伸ばしている。

 

「俺達に何の用だ」


 俺は虎から目を離さないようにして、尋ねることにした。


「吾輩、クモが嫌いなのである。そこの亀よ、どくのである。そこにいればクモを殺せぬのである」


 虎は口元を引き締めながら、カメ子に語り掛けた。

 これだけ見るからに強そうな生き物なのに、何故だかカメ子を殺すことをためらっているようだ。


「やだもん」


 カメ子は勢いよく首を振った。そして両手をぐっと広げて伸ばしている。おそらくは虎に対する威嚇のつもりだろう。


「ふうむ」


 それを見て虎がうなる。それから、ぐっと前傾姿勢になり牙を見せて俺を睨んできた。


「吾輩は紳士故、無意味に命を取ろうとは思わぬのである。だがクモよ、貴様は許さん」


 なんという理不尽だろうか。

 それに何故、俺を嫌う。出会ったことなどないというのに。だいたい俺くらい小さい生き物の事など、この大きな動物が気にするとも思えない。

 いや考えてみれば、この虎はクモを殺すといった。それならば種族としての恨みの可能性もある。

 もしやと思うが、先行しているだろう土蜘蛛と遭遇して何か衝突があったのではないだろうか。


「くーちゃん……」


 カメ子は俺の指示を待っている。

 逃げ出すか? いいや、逃げたところでこの虎が俺に殺意がある以上、背を向ける方が危険か。

 それより、この虎はカメ子に対しては敵対的ではないようだ。カメ子なら話ができるだろうか。


「……情報が欲しい。カメ子、何か話しかけてみてくれ」


 俺はカメ子に小声で指示すると、カメ子はこくりと頷いた。


「虎さん。くーちゃんは悪いクモじゃないよ」


 カメ子は首を伸ばして、地面をぺしぺしと叩きながら言った。情に訴えてみるようだ。


「クモに良いも悪いもないのである。クモはすべからく性格が悪いのである」


 虎は不愉快そうに、そう言い捨てる。俺にとっては不利な言葉ではあるのだが、全くその通りだと思う。


「ううん。くーちゃんはね、紳士だよ」


 紳士という言葉に虎は耳をピクリと反応させた。


「ほう。それは聞き捨てならぬのである。このレースに置いて紳士足り得るものが、吾輩以外にいるとでも」

「うん。くーちゃんはすごいんだよ。最初にね……」


 これまでの経緯をざっくりと説明している。

 しかし、カメ子と話をしているというのだが、殺気が溢れて俺の身体が痺れる程だ。

 あまりの圧力に俺は動くことができないでいる。


「……なるほど、おぬしたちは二匹、……いや、三匹で旅をしているのか」


 話の流れでヘビ子の話にもなった。すると隠れていたヘビ子も姿を現した。

 虎とカメ子は話し込んでいるので、俺はヘビ子に聞いてみた。


「なあ、ヘビ子。紳士とは何だ?」

「うーん。ボクの知っている範囲で言うと、人間の種類の一つでね。優しく上品で、そして賢い種類の人間の事さ」


 ヘビ子の言葉に俺は少し考えた。カメ子はああ言ったが、紳士とは俺と程遠いものだ。

 優しさなんて、言葉が成立するほど俺たちの生きる世界は甘くはない。そんなものの片鱗でも見せようものなら、簡単に食い殺されてしまうのだ。だがこの虎のように、これだけ強い体であるならそんな余裕もあるのかもしれない。

 力がなくば、優しさなど発揮できるはずもない。

 そしてカメ子は、虎にいかに俺が紳士的であったかという事を語っている。俺としては異議もあるが、この虎にはそう思い込ませている方がいいだろうと思い、黙っていることにした。


「……業腹ごうばらであるが、カメが進むのに必要であるのならば、一旦、そのクモは殺さずにおくのである」

「ありがとう、虎さん」


 ぺこり、とカメ子は頭を下げた。


「しかし、話ができる生き物と出会うのは珍しいのである。大概の生き物は対話を嫌うものである。お主等に聞きたいことがあるのだが……どこかで狐を見かけなかっただろうか」

「ううん。くーちゃんは分かる?」

「いや、俺たちは見てないな」


 レースが始まってから、俺とカメ子はずっと一緒だったがそんな生き物とはあったことがなかった。


「そうであるか、……まったくどこに行ってしまったのか」


 俺たちの言葉に虎はため息をついた。少し虎の目が虚ろであることが気になった。


「狐さんを探してるの?」

「うむ。ずっと一緒に行動しておったのだが、この先の道ではぐれてしまったのである」

「もし、俺たちがこの先で狐に会えたら、何か伝言しておこうか?」


 別に大した手間でもないし、俺たちが困るわけではないからそう提案してみた。虎は俺の言葉に、自身の唇を強く噛みしめた。

 別段、おかしな話ではないというのに、何故こんな表情をするのだろうか。


「……頼めるのであるか?」

「ああ、構わない」

「ならばもし狐に出会ったのならば、吾輩はここにいると伝えてほしいのである」

「分かった。伝えておく」


 俺は虎の言葉に頷き、俺を見るときの険しい目つきが若干和らいだ。

 こうしてメリットを提示しておけば、虎からも殺されにくくなるだろう。

 虎は温泉の中で、ざぷりと片手を揺らした。その大きな肉球の下には何かがありそうだ。

 俺は、そっと温泉に近づき中を覗き見ると、そこには生き物の頭蓋の白い骨があった。鼻が突き出すような形状の骨の形から、それこそ狐の骨のように見える。

 さっきこの虎は、狐を探していると言わなかったか。それなら、この骨はなんだ。

 この虎は危険な事だけは分かる。喰うでもなく骨を持ち歩いているのはどう考えても異常だ。

 動揺を隠すようにヘビ子を見ると、俺の意図が伝わったのか、こくりと頷く。


「ボクも狐なんか知らないなー。話もひと段落したみたいだし、さー、カメ子。いこうか」

 

 カメ子と虎の視線を遮るように、ヘビ子は体を伸ばした。カメ子は演技ができないだろうから、虎の足元の骨を見せないようにしてくれているんだろう。


「行くぞ、カメ子」


 俺はカメ子に声をかけるが、カメ子は動きを止めている。


「あ、それじゃあ虎さん。失礼しますね」


 カメ子はニンゲンとともに暮らしていた風習のせいか、礼儀正しいのだろう。

 礼をするときには、相手と目を合わせる。だが、そんなことをしたらカメ子が狐の骨に気づいてしまうかもしれない。

 確かに、ニンゲンの世界では挨拶は大事だ。だが、命はもっと大切だ。

 ヘビ子は懸命に体を揺らして、カメ子の視線を遮ろうとするが、カメ子は首をぐいっと伸ばして、虎と目を合わせようとする。

 そうして、ぺこりと頭を下げる。

 虎はヘビ子の様子に怪訝な表情であったが、カメ子を見ると体の半分を温泉から出してきた。


「うむ。礼は大事なのである」


 虎は温泉から体を出して、大きい体でずずっと頭を下げた。

 よし、このまま何にも気づかないふりをして先に進もう。

 そう思ったのだが、カメ子が虎の足元の骨に気付いてしまった。


「あれ、虎さん。その足元の骨は何?」

「うむ。狐の骨である」


 表情もなく、そう告げる虎に寒気がした。

 

「走るぞ、カメ子」


 俺は糸を引きカメ子を走らせようとする。


「え、あ。うん」


 俺はカメ子に飛び乗った。そして虎の様子を見ようと、温泉の方向に視線を向けると、そこには既に虎がいなかった。

 俺は焦ってカメ子の後方を確認するが、誰もいない。

 ふと、視界が暗くなって影に覆われたと思ったら、カメ子の進む先に白い虎がいた。

 いつ動いたのか見逃してしまうような、恐ろしく素早い生き物だ。

 どうしたものかと思ったが、虎が自身の手のひらを見せて制止した。


「誤解をしているのやもしれぬから、思い違いは直しておくのである。この骨は吾輩が探している狐ではない……はずである」

「それなら、この狐の骨は?」

「……道の先に落ちていた骨である」


 何を考えているのか分からないのは、恐ろしい。

 いや、さしあたり分かることから整理しよう。

 この虎はカメ子に対しては友好的で、俺の種族に対して敵愾心を抱いている。

 足止めされる時間は惜しく先に進みたいが、進む先の道が塞がれている。

 俺に何ができる、何が言える。俺は急ぎ考えていたのだが、カメ子は俺の様子に気づきもせずに、ゆっくりと虎に声をかけた。


「……虎さんの抱えている骨が狐さんなの?」


 カメ子は虎に疑問を直接ぶつけた。


「分からぬのである。そうであるのやもしれぬし、そうでないのかもしれぬ。はぐれた先に、ただこの骨が落ちていたのである」


 虎はただ淡々と告げ、静かに手の中の骨を撫でる。

 そうか、共に旅をしていた狐の死が受け入れられないというところだろうか。


「吾輩は探したとも。だが、まだ合流できぬのである。……狐は、ここに立ち寄った時の温泉を気に入っていたようであったので、万が一に会えるやもとも思ったのだが」


 そのまま虎は口をつぐんだ。

 この虎は、狐が生きていると思い込みたかったのだろうか。

 俺は近くにいたヘビ子の顔を見た。このレースの管理者ならば何か知っているかもしれないと思ったからだ。

 しかし、ヘビ子は静かに首を振った。レースの内容は答えられないのかもしれないが、この反応では狐がすでに死んでいるのかどうかが分からない。


「どんな状況で、はぐれたんだ?」

「この先に流れる川があるのである。そこは広くて、一匹ずつしか渡れなかった。普段であれば吾輩が先行するものなのだが、狐の方が泳ぎが得意なのである。狐が向こう岸にわたり切った後に、吾輩も渡ろうとしたのであるが」


 虎は思い出しながら話しているせいか、時々怒りを思い出すのか毛を逆立てた。


「そこで流木に軽くぶつかってしまったのである。途中の岩に引っかかったので、流されずにすんだのであるが、ほんの少し気を失ってから向こう側にたどりついたのである。そうしたら……」


 そこまで言って、虎は手を地に叩きつけた。


「この骨が落ちていたのである」


 虎は悄然と肩を落とした。さらにぼそぼそと語るところによると、川の先には広間があり、そこに巨大クモがいたと言う。天井に張り付いているため、虎にはそのクモをどうすることもできなかったそうだ。


「虎さんはこれからどうするの?」


 カメ子がおずおずと虎に声をかけた。


「うむ。吾輩はこのニンゲンレースに勝利するよりも、大事なことがあるのである。……ここにいるのである」


 そうしてこの虎は、帰ってくることのない狐を待ち続けるのだろうか。

 俺達には関係がないこととはいえ、何とも言い難い感情に包まれる。

 仮の話だが、俺が先にこのレースで命が尽きた場合のカメ子は、こんな風に足を止めたりしそうな気がする。

 このまま立ち去れそうな流れではあるが、それで本当にいいのだろうかと自問自答してしまう。

 だが、だからといって何ができる。前向きになって走れとでも言うつもりか。

 それは良いことなのだろうか。

 しかも実際そんなことをしたら、俺たち自身が困ることになる。

 この虎は素早いし、明らかに強そうだ。優勝しそうな敵を増やす必要など、どこにもない。

 だが、さっきから何故だろうか、体が大きいはずのこの虎がどうにも小さく見える。

 この虎は、この骨を抱えていつまでも蹲っていくのだろう。

 俺は考えあぐねたが、虎に一つだけ提案することにした。


「その骨だが、埋めてやったらどうだ。紳士は弔いもできるものなんじゃないか」

「ふむ」


 虎は考え込むように目を細めた。


「ニンゲンでいう墓という奴だね。ボクもそれがいいと思うよ。紳士っていうなら、その辺もしっかりした方がいいんじゃないかな」


 ヘビ子も俺の意を汲んでくれたのか、賛同した。

 墓とかいうものに俺は深い意味があるとは思わないが、少なくとも骨を抱えたままの虎は、どこにもたどり着くことはないだろう。


「……そうか、それもよいのである。手伝ってくれるであるか?」


 虎がそういうと皆で無言で地を掘り穴を作る。といっても、ほとんど力のある虎の爪で穴を掘っただけだが。そして、その中に狐の骨を埋めることにした。

 そして、誰ということもなく皆は目を瞑った。

 俺には瞼が存在しないので、皆の様子を見る。虎が大きい体で少し震えているようだった。何を感じているのか俺には分からないが、何も言わない方が良さそうに思った。


「ふむ。……本当は分かっていたのである。狐程度の弱き生き物は、単独でここまでたどり着けはしないと」


 虎はそういいながら、墓の前で体を小さくしている。さっきまでと表情が少し異って落ち着いた顔をしている。


「さて、俺たちはそろそろ行こうか」


 俺はカメ子とヘビ子に声をかける。


「待つのであるクモよ。礼の代わりに、少しこの先について教えておくのである」

「それはありがたい」

「先ほども言ったが、この少し先に川があるのである。川といっても随分と幅の長い距離の川であった。その先に大広間があるのだが、そこに天井に巨大なクモがおったのである。出口と思われる場所には糸が張られており進めぬのである」


 土蜘蛛の情報は貴重だ。知らずに罠にかかるのと、知って罠に挑むのとでは生還率がまるで違う。しかし、クモの習性として少しだけ不思議なことがある。


「そこの広場には、水は噴き出ていただろうか?」

「うむ。たびたび水は噴き出ておる。だが巨大クモは勘が良いのか、それに当たる様子もない」


 土蜘蛛は、何故そんなところに罠を張ったのだろうか。

 水によって糸の粘性の効果は半減。加えて言うなら間欠泉の直撃を喰らうなら例え土蜘蛛といえど損害は避けられないだろう。

 だがクモの性質として、ひとたびそこに罠を張ったならそこにとどまっているはずだ。


「ねえ、これから虎さんはどうするの?」

「分からぬのである。吾輩はどうするべきなのであるか?」


 カメ子の問いに対して、虎に尋ねられてしまった。

 おそらく狐は、土蜘蛛に食べられてしまったのだろう。

 それなら虎の復讐心を煽るのは簡単だ。むしろ、そうすべきだ。幸いというべきか虎は俺たちに友好的な状態のようでもある。

 虎と土蜘蛛に戦ってもらい、俺たちは先に進む。理屈ではそれが正しいはずなのだが、俺は本当にそれでよいのだろうかと思ってしまう。

 俺が論理と直感の間で考えあぐねている間に、カメ子が虎に静かに語り掛けた。


「多分、狐さんは虎さんが幸せだったらいいなって思うんじゃないかな」


 カメ子はそんな事を言い出した。あったこともないはずなのに、それでも確信がある様にカメ子は言葉を続ける。


「わたしは狐さんの事を知らないけど、虎さんにとって大事な生き物だったんでしょう」

「うむ。ずっと背に乗せて走ってきたのである」

「それなら狐さんにとっても、虎さんは大事な生き物だったんじゃないかな。きっと狐さんはさ、虎さんに幸せになって欲しいと思うよ。それが難しいなら、せめて満足する生き方をしてほしい。それもできないんだったら、納得した生き方を」

「そうなのであるか」


 虎はふと遠くを眺めた。


「最初は狐の事は非常食だと思っていたのである。あるいは狐もまた、吾輩を利用しているだけだったのやもしれぬのである。けれども、言葉を重ねて力を合わせて行くうちに少なくとも吾輩からは、そんな気持ちは薄れていったのである」


 それはあくまで虎の気持ちだ。狐の事は狐しか答えが分からない。だが、狐が安全だけを求めるなら何故、川を虎より先に渡ったのだろうか。虎を利用するだけだったら、そんな行動はとらないだろう。


「吾輩はこのレースになるまではずっと一匹で生きてきた。だから、狐が居なくなっても元通りになっただけなのだが、背中に穴が開いたように軽くて仕方がない」


 誰かと関わってしまえば、心は元通りにならないのだろう。


「そして今、吾輩がどんな気持ちでいるのか、吾輩自身にも分からぬのである。ただただ、心が渇いているのである。こうして水に浸かっていれば渇きが癒えるかと思い、ずっとこの場で立ち止まっていたのである」


 カメ子は、その言葉を聞きながら静かにぽろぽろと涙を零している。


「……泣いてくれるのであるか」


 虎はしばし目を瞑り、黙り込んだ。

 そして大きく息を吸い込むと虎は堰を切ったように咆哮した。どこまでにも声が届くように。

 虎の乾いた叫びを聞いていると、俺まで体の奥が苦しくなる。

 虎は気が済むまでそうすると、虎は再び俺たちに視線を合わせてきた。


「さて、お主等は先に進むのであるか」

「そうだ」

「この先の道も険しい。十分注意するのである」


 虎は最初会った時と異なる穏やかな声をかけてきた。


「虎はどうするんだ」

「吾輩の旅はここまでである。思い出を抱えて、立ち止まる。後ろ向きにでも進んでみるのである」

「……そうか」

 

 虎はレースに勝つという未来を選ぶではなく、復習をするという今を選ぶでもなく、幸福であった過去を選ぶようだ。

 だが、虎を止めることなどできない。物理的な意味でも、精神的な意味でも。


「ああ、そうだ。ここから戻るなら、黒アリの女王に遭遇するだろうから気を付けた方がいい。それと狼はいい奴だから喧嘩する必要はないと思うぞ」


 何か声をかけようと思って、俺はそんなことを口にしていた。

 すると、虎はふっと笑みを浮かべた。


「どうした?」

「いや、お主もまた紳士であるのやもしれぬ」


 そして虎は俺を見て、急に表情を引き締めた。


「吾輩は敗北したのである。だが、お主は負けるな。お主等は負けるな」


 虎はごつごつした前足をすっと前に出してきた。俺は拳でも合わせるように、前脚を突き出して。こつりと合わせた。


「お主達の検討を心から祈る。去らばである」

「虎さんも、元気でね」

「それじゃあな」


 虎は大きい手を軽く振った。その顔には、ほんの少しだけ優しい笑みを浮かべていた。

 そして俺たちは無言で進んだ。

 虎が見えなくなったころに、俺はカメ子に話しかけた。


「なあ、カメ子。俺は虎がいうほど紳士でもなんでもないし、例え誰に何があろうと目的があるから前に進むだけなんだが、お前は……」

「ううん。聞きたくないよ」


 カメ子はそれだけ告げて、のしのしと走る。


「もしもの話だ。先に俺が殺されたら……」

「そんな仮定の話は、やだもん」


 ぴしゃりとカメ子は俺の言葉を遮った。


「大事な話だぞ」


 俺はそういったのだが、カメ子は口元を真一文字に引き締めた。


「まあまあ、クーもカメ子も落ち着きなよ。何も喧嘩することもないだろう。ボクの視点からすれば、すべての命は一瞬だよ。だからさ、なんていうかこう。仲良くした方がいいよ」


 ヘビ子が仲裁に入ってとりなしてくる。

 考えてみれば、残りどれだけある旅なのか分からないのだ。


「そうだな。すまなかったなカメ子。俺も色々と焦っていたようだ」

「こっちこそ、ごめんね。くーちゃん。……これまでも大変だったんだけど、この先に何かが嫌なものがいる気がして、ちょっと怖かったのかも」


 生き物の勘というのは侮れないものだ。一体カメ子は何を感じているのだろうか。

 そうして進むうちに、川の流れる音が近づいてきた。

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