第38話 夜空の花火 星の夢
かくして自分とキョウダイは人間として転生したのだが、それから楽に生きてこれたわけではない。
物心ついたころでも親の顔も知らず、売られたのか攫われたのかもわからないまま、戦地のような厄介な土地で暮らしてきた。
死が日常のような毎日だったが、キョウダイと力を合わせて何とか生き残ってきた。
まあ、いつもの事と言えばいつもの事だ。
そしてとある日に、こちらを見つけた狼から連絡が来た。日本に亀と蛇がいると。
キョウダイはいてもたってもいられないようだったので、共に日本に向かうことにした。
この場に辿り着くことも、ニンゲンレース程の障害の多さだった。
地雷原を走ったり、夜中の日本海を泳いで渡ったりと、正直何度も死を覚悟したものだ。
ともあれ、そんなこんなを乗り越えて、やっと日本に到着した。
夜空に花火が暢気に咲いている。
まあ、それはいい。ただ、自分が気に入らないのは亀だ。
目の前には人間に成ったキョウダイに、おそらく元亀の女が抱き着いている。
なんとなく亀に苛立ったので引き離そうとしたら、別の二人の女に立ちふさがれてしまった。
「ええい、邪魔をするな、狼に蛇」
そいつらを昔からの名称で呼んでみた。もちろん、今のこいつらも転生しているので、人間の姿をしている。
蛇は体も小さく気にする必要もないのだが、狼は体も大きいし人間になってから戦闘技術も習得しているのか、なかなか隙がない。
「いや、だってさ。クーとカメ子が会うのは久々なんだから、今日は二人にしてあげようよって言ったじゃん。気を利かせようよ」
確かに口を尖らせた蛇の言うとおりではある。久しぶりの再会ならば、積もる話もあるのも分かる。
「だが、それとこれとは話は別だ」
「これだからブラコンは……」
蛇が小さく首を振りながらため息をついた。
自分だって何故キョウダイと亀が仲良くしていると腹が立つのか自分でも分からないのだが、ついぞ割って入りたくなる。
といっても自分が亀を意識しての事でもないし、逆に今更亀がキョウダイをどうこうしようとしているわけではないことくらい知っているのだが、……本当に自分でも謎だ。
どうにも冷静でいられないのは、何故か亀に対して苦手意識があるからだろう。
亀は自分を見て一瞬、怪訝に首をかしげたが思いついたように声を掛けてきた。
「あ、くーちゃんの弟さんかな? お久しぶりです」
「……久しぶりだな」
ぺこり、と素直に頭を下げられたので、自分もつい挨拶を返した。
「みんなも転生できたんだね」
亀はそう言いながら、きょろきょろと周囲を見渡した。
誰かを探しているようだが、ここに集まったのは俺達だけだ。
「女王アリも転生したよ。ここには来ていないけどね」
「……そっか、良かった」
蛇は表情を消して、そんな言い方をした。亀にはそれを事実かどうか確かめる術はない。
ただ、何かを察したのかほんの少し押し黙った。
亀はぼすり、とキョウダイの胸に顔をうずめた。あるいは泣いているのだろうか。
自分は、ここにいない女王アリの事を思いだす。
思えば亀と女王アリは不思議な関係な気がする。味方というわけでもなく、性格も違うのだが、何か通じ合うものがあったのだろう。だが結局、女王アリは何も語らないままだった。
自分だって気になっているのだが、あいつがどうなったのか。人間になれたのか、それともあのまま死んだのか分からない状態だ。
蛇は悪ではないが、時折、嘘をつくのでその言葉の全ては信じられない。
とりあえずキョウダイが転生したのは、おそらく女王アリが多くの命を生んだからという理由ではないだろう。もし、そんな理由であれば、蛇は人間レースの途中で兄弟にでもその話をしていただろう。
おそらくは別の要因が絡んできているのだろうが、自分にはそれを知る術がない。兄弟もこのことには口をつぐんでいる。
しばし周囲が無言になるが、花火が次々と上がり、みんなでそれを見上げる。
「折角の花火だ。みんなで見よう」
兄弟は噛みしめるように言う。
ここに辿り着けた者、たどり着けなかった者。色々な命を置き去りに、世界はそれでも続いていく。
赤や、青、緑など様々な花がを空に咲かせている。
蛇がキョウダイの裾を掴んだ。
「ところでさ、クー。これから、どうするの?」
キョウダイと自分は、この国の戸籍すらない。ゼロからのスタートと言えるだろう。
自分は生きるのに必死なだけだったが、キョウダイには人生に目標があるようだった。
キョウダイは空に向かって手を伸ばした。
「あの花火の向こう側。……星空に手を伸ばそうと思う」
それはいつか聞いた誰かの夢。命を縦に繋いでいく、と。
あるいはキョウダイの心の中には、誰かが生きているのかもしれない。
蛇たちは驚いて、キョウダイと少し話をしている。
自分は少し考える。例えレースが終わってニンゲンになったからと言ってそこで終わりではない。
人間の社会も色々ある。生きるためには、これからだってもっと遠くに旅をしていかなくてはならない。
そう考えていると、キョウダイが振り向きながらこちらに顔を向けた。
「兄弟はどうする? これは俺の我儘だ」
「キョウダイの我儘は嫌いじゃない。それに大きなことをするなら、手足がいくらあっても足りないだろう」
自分はキョウダイの背に近づき、自分の背中を合わせた。
もう互いに手足は四本しかない。目の数だって足りないくらいだ。
「……今度も手を貸してくれるか、兄弟」
そんな言葉に対する答えは一つしかない。
「当たり前だ」
鳴りやまぬ花火の炸裂音は、とりあえずのゴールのファンファーレだ。
だが、生きている限りはレースは続く。だから、きっとこれからだって色々とあることだろう。それでも自分たちは、決して何ものにも屈しはしない。
手が足りないなら、こうして他の生き物同士で手を組むこともあるだろう。そうして次のゴールを目指そう。
自分は光る夜空を見ながら、次はどんなレースになるのかと思いをはせた。
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