【2】黒龍隊
「っ!! う、うううっ、腕っ!」
「ん? あぁ、驚かせてすまない。よく見ろ。義手だ、義手」
「ぎ、義手……?」
おそるおそる歩み寄り、目を細めてじっと見つめた。
それは確かに義手だった。肌の質感はもちろん血が通っているのではと錯覚するほど、その義手は精巧に作られていた。彼の肩にある義手の装着部には
〈
高度な妖術であることはもちろん、使用されている素材も高価なため、大抵は高官や城に仕える剣士にしか出回らないため、私も実物を見るのはこれが初めてだった。
「義手だったんですね……突然千切れた腕を見せられたので驚きました。それで、頼みというのはなんでしょうか?」
「急ですまないが、この義手と肩を繋いで欲しいんだ」
彼はそう言って外套を脱ぎ、装着部分である肩を見せた。袖口から覗く肩には確かに腕が無く、皮膚の上に深く残る傷跡を隠すように、連結の術式である〈
「町の外で山賊を捕えようと交戦していた時に、相手の放った矢が肩口に刺さってしまってな。肩と義手を繋いでいる紋様に傷がついて、効力が消えてしまったらしい」
「それでそんな状態に……」
「左ならまだしも、利き手の右が外れてしまっては、どうにも不便でな。直せるか?」
その問いに頷くことができず、
私は香術師であって義手の技術師ではないから、確かなことは言えない。推測でしかないけれど、傷ついて効力を失った義手の方の紋様を塗り直せば、一時的に効力が戻るかもしれない。
「できるかどうかわかりませんが……応急処置程度でも、よろしいですか?」
「あぁ。それで構わない」
「わかりました。お城に戻ったら、ちゃんとした術師に直してもらって下さいね」
そう告げながら、きょろきょろと室内を見回した。目に留まったのは、作業場の机にあった墨だ。代用できそうなものも他になかったから、それを使うことにした。
離れてしまった義手を抱え、〈
香術を見たことはないのだろうか。黒龍隊ともなれば、専属の香術師くらいはいるだろうし、それほど珍しいものではないはず。
様子を窺っていると、ふと目に留まったのは彼の頬や首元。よく見れば、切り傷や擦り傷が目立つ。それもまだついたばかりの、新しい傷ばかりだ。さっき、山賊交戦したと言っていたから、その時にできたのだろうか。
「剣士様」
そっと、問いかけるように声をかけた。
振り返った彼に手招きをし、二脚の椅子を出した。一方に私が座り、もう一方の座面を叩いて、そこに座るよう促した。
「どうした?」
「こちらへお願いします」
一体何事かと、彼は怪訝な表情を浮かべながら椅子に座った。詳しい理由も告げないまま、私は香炉に火を入れ、売り物の香の封を切って香炉の中におさめた。
「何を始めるつもりなんだ?」
「動かないで下さいね、すぐに済みますから」
香炉に手を翳した瞬間、私の力に呼応し、香はジジッと熱そうに弾けて自ら燃え上がる。
やがてシューッと音を立て、淡い黄金の光を纏った煙が立ち上ったのを見計らい、そっと手で煽いだ。流された煙はゆらゆらと漂いながら、彼を抱き寄せるように包み込んだ。その瞬間、肌に刻まれていた切傷が跡形もなく消えていった。
「そうか、薬香だな。すまない、売り物を使わせてしまったな」
「いいえ。よく見たら生傷が多かったので。小さな傷も放って置くと悪化しますよ」
「ありがとう。えっと……まだ、名を聞いていなかったな」
「神代アオバです。剣士様は?」
「
その名前に聞き覚えがあった。確か、黒龍隊を束ねる総長の名前だ。〝どこか影と色気のある大人の男〟だと、ショウジョウの町娘達が〝シュロ様〟と呼んで噂しているのを耳にしたことがある。
その時話していた娘達がやけに色めきだっていたし、彼に恋人がいるかどうか調べて欲しいと、私のもとへやってきた娘達も何人かいたから、どんな人なのだろうと気にはなっていた。実際に会ってみてわかったのは、おそらく〝影のある〟という印象を与えた部分は、顎から首筋にかけて走る切り傷のことだろう。語らずとも何かを物語るその傷が、彼女達には魅力的に見えたのかもしれない。
「シュロさん、できましたよ。付くかどうか、ちょっと不安ですけど……」
会話を交わしつつ作業を進め、ようやく〈
紋様を塗り直しただけだから、効力が戻るかどうか不安は残る。私は預かった義手をおそるおそる肩口に押し付け、そっと手を離した。コトンと落ちてしまうのではないかとヒヤヒヤしたけれど、義手はしっかりと肩に貼りついた。
「よかった! ちゃんと付きましたね。指や関節はどうですか? ちゃんと動きますか?」
「ちょっと待ってくれ。今、確かめる」
彼はふうっと息を吐き、ゆっくりと腕を持ち上げた。肘の関節がしなやかに曲がり、顔の前に掲げた手は親指、人差し指、中指と、滑らかに拳をつくっていた。
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