【41】化けて出てやる(1)

 カガチさんが仕入れた情報通り、この寺院には地下が存在していた。神の像が置かれた台の下に隠し扉があり、そこを開けると薄気味悪い鉄製の扉が姿を現す。その先に地下へと続く階段がのびていた。

 いかにも、何か隠してありますと訴えかける扉を前に、私とナバナは顔を見合わせた。どこかに隠すにしても、もう少しまともな場所にしてもらいたいものだ。悪党にそんな常識を求めても無駄なことだと呆れながら、背中を押されるがまま階段を降りていく。


 その先には、光の射し込まない薄暗い石壁の地下牢が広がっていた。鉄格子の向こう側には夜叉の子供達がたくさんいる。数にして30ほど。闇の中に黄金色の瞳がいくつも浮かび上がっていた。


「大人しくしてろよ」


 山賊男は私とナバナを突き飛ばしてそこに押し込めた。

 ガシャンと冷たく重い音をたて、牢の扉が閉まって鍵がかけられた。男は満足気な笑みを残して離れていく。階段を上る足音が徐々に遠ざかり、上の方で扉が閉まる音がしたのを最後に辺りは静かになった。


「行った……よな?」

「うん、行ったみたい」

「スズ! スズ、いるんだろ? どこだ!」


 ナバナはすぐさま立ち上がって名前を呼んだ。そういえば、ナバナが同行したのは私の監視だけではなく、妹を探すためでもあったんだ。


「お兄ちゃん!」


 牢の一番奥から声があがり、一人の少女が子供達を掻き分けてこちらへやってきた。真っ赤な着物に、腰まである長い黒髪がよく似合う10歳くらいの女の子だった。


「スズ! よかった……無事だったんだなっ」

「うんっ」


 ナバナの胸に飛び込んだその子が、さらわれていた妹のスズちゃんだった。横顔はどことなくナバナに似ていた。


「よかった、妹さんも無事だったのね」

「スズも見つかったし、あとはここを出るだけだよ!」

「わかったわ。皆の無事は確認できたから、外に知らせないとね」


 所持していた札香に火を灯し、それを一匹の蝶に変えて放った。

 蝶は鉄格子の間をすり抜け、ヒラヒラと扉の方へ飛んでいく。これでシュロさんが突入してくれるはずだ。


「今、何をしたの?」


 スズちゃんは不思議そうに私を見つめた。他の子達も私の妖術に興味が湧いたらしく、鉄格子の間から外を覗いていた。


「外で待機している黒龍隊の総長さんに合図を出したの。もう少し待てば助けが来るから、ここから出られるよ」

「助けって……どういうこと?」

「ナバナと一緒に、あなた達を助けに来たのよ」


 ここから出られるかもしれない、そう覚ったとたんに子供達に笑顔が戻った。スズちゃんも笑みをこぼしていたけれど、その笑みはすぐに消えて警戒の色が濃くなった。


「……信用できないよ。お姉さん、人間でしょ? 人間が夜叉を助けるなんて、あり得ないことだもん」


 その一言で、喜んでいた他の子達の笑顔が消えた。

 確かに、この子達にとって私は敵対する人間だ。私が緋ノ里へ踏み入れた時と同じで、何も知らない今の時点では信用してもらえるはずはない。長い歴史の中で根付いた感情は、そう簡単に拭えるものではないということだ。


「お家に、帰りたい……」


 どこからか、そう呟く声がした。

 暗く狭い地下牢に閉じ込められて、子供達の心は折れかけている。その一言がきっかけで、小さな子達が一人、また一人と泣きだしてしまった。

 怖いと泣けば周囲もつられて涙ぐむ。我慢はしているが、スズちゃんも薄らと涙を浮かべていた。ナバナは大丈夫だと励ましているけれど、こんな場所に閉じ込められた状態では無理もない。

 膝を抱えているスズちゃんの手をそっと握った。突然のことだったせいか、スズちゃんはびっくりして目を丸くしていた。


「な、何するの?」

「そんなに驚かなくてもいいでしょう。少し手を握っただけなんだから」

「ひ、人になんて触られたくないっ」


 まるでヒユリさんみたいな敵対心を向き出しにして、握られた手を力いっぱい振り解こうとする。けれど、私はそれでも握り続けた。 


「スズちゃん、私の目を見て」


 相手が取り乱している時こそ冷静な態度で接すれば、相手もほんの少し冷静さを取り戻すもの。暴れていたスズちゃんも冷静さを取り戻し、真っ直ぐ見つめる私を怪訝そうに見つめ返した。


「ねぇ、知ってる? 怖いなって感じる時ってね、自分にそう思わせてしまうから怖くなるの。この薄暗い部屋も、見方を変えればとても素敵に見えるんだよ?」

「こんなに気味が悪いのに、どこが素敵だっていうの……?」

「そうだね。今のままじゃ、ジメジメして暗くて気味が悪いけど、私が少しだけ光を放てば、あっという間に変わっちゃうよ」


 懐からさらに札香を取り出し、傍にいる子供達に見えるようヒラヒラと振って見せた。項垂れていた子供達も一人、また一人と顔を上げ、興味深げに身を乗り出した。

 視線が私に集まったことを確認すると、札香に翳した手で下から上へ撫でるように触れる。チリチリと音を立てて火が灯ったのを見計らい、それを扇ぐようにヒラリヒラリと左右に振った。

 爽やかな金柑の香りと共に淡い光の玉がフワフワと飛び、牢内を支配していた闇はあっという間に光で打ち消された。

 不気味な天井の隅も、冷たい石の壁も、重く固い鉄格子も、露わになってしまえば何も怖くはない。さっきまで怯えていた子供達も、今は飛び交う光に手を伸ばすことに夢中になっていた。


「スズちゃん。これでも、まだ怖いかな?」

「ううん、怖くない! なんだか、お姉さんって変わってるのね」

「か、変わってる?」

「だって、夜叉の私達に優しいもの。変わってるわ」

「その言葉、ナバナにも言われたよね……やっぱり兄妹だね」


 ナバナとスズちゃんは照れくさそうに笑って顔を見合わせた。ようやく暗い牢の中に笑顔が戻り始めた頃、ふと上が騒がしくなった。

 ドタドタと慌ただしく走り回る足音が、一つ、二つ。私はもちろん、異変に気付いた子供達も天井を見上げた。


「どうしたんだ?」

「きっと黒龍隊が到着したんだわ。もう少しで出られるから安心して」


 本当に助けが来たのだとわかると、子供達は「家に帰れる」と口々に安堵していた。



 ―― 黒龍隊が乗り込んできやがった! ここは放棄するぞ、急げ!



 戸の向こうからかすかに男達の会話が聞こえてきた。

 自分達のことを一番に考えれば30人もの子供達を連れて逃げるのは不利だし、確実に足手纏いになる。このまま捨て置いて逃げるはずだし、あとは黒龍隊の助けを待つだけだ。

 今か今かと待ちわびていると、ガコンッと戸が開く音がした。ようやく助けが来たのだと喜んだのも束の間、目の前にもくもくと赤い煙が漂ってきた。鼻先をかすめていった香りに、私は驚きと焦りで背筋が凍りついた。


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