【22】夜を越えて(2)
「おそらく他のヤツには通用するだろうが、残念なことに俺の手は義手だ。せっかくの温かさも、この手では感じられない」
「わ、わかっています。でも、想いくらいは伝わります」
「確かに、それは伝わってくる」
本当にわかっているんだろうか。適当なことを言っているのではないかと疑って、シュロさんを軽く睨みつけた。
「シュロさんは今、過去から逃げているんです。目を逸らしたいから、夜から逃げているんです。今は無理でも、いつか正面から向き合わなければ前には進めません」
「アオバなら……俺と同じ立場だったら、立ち向かえると思うか?」
「もちろんです。逃げるのは嫌ですから」
「相変わらず強いな、お前は」
「強くなんてないです。私もそうだったし、今は乗り越えたからそう言えるんです」
シュロさんの手を握ったまま、あいている右手で左の袖を捲った。手首から肘の辺りにかけて、肌を覆うように刻まれた大きな蝶の刺青があるのを見せた。
「シュロさんは〈セイラン〉という国をご存知ですか?」
「〈ロコウ帝国〉南方の海上に浮かぶ小さな島国だな。〈中ツ国〉のどこにも属さず、中立を保ちながら独自の歴史を歩んできたそうだが、紅炎の大戦時に〈リカン帝国〉に攻め込まれ、一夜にして滅んだと聞いたな」
「この刺青はそのセイランの紋章です。私はその地を治めていた者の血を引いています」
「両親と兄を失ったと言っていたのは、もしかしてセイラン王のことだったのか」
多くを語らずとも、同じように〝大切な人〟を失った過去を持つシュロさんには十分に伝わったはず。シュロさんは「そうか……」と小さく呟いて、おそるおそる私の刺青に触れた。指先はひんやりと冷えているのに、なぜか泣きそうなほどに優しくて温かかった。
「……あの時のことが目に焼きついて、ずっと夜になるのが怖かった。そんな時、お師匠様がこうして手を握って、朝になるまで香術の話をしてくれました。お師匠様が言うには〝夜は妖の力が最も強くなる。悪い事を考えるとその力に付け込まれ、心を食らってしまうから、夜は何も考えるな〟だそうです」
「不安を抱けば、妖が人の心を食らって、その不安を増長させるのか。アオバはそうやって向き合って、乗り越えたのか?」
「夜は本当に長くて、心の闇と向き合うには十分な時間がありましたから。そうして過ごすうちに、夜も憂鬱ではなくなりました」
「俺も、乗り越えられるだろうか?」
「必ず」
「そうか。アオバが傍に居れば、長い夜もそう悪いものではない気がするな」
僅かに安堵の混じる笑みを浮かべ、シュロさんは私の手をぎゅっと握り返した。まさかそんな態度を示すとは思わなかったから、目をキッと見開いて唇をギュッと噛みしめてしまった。その反応が面白かったらしく、シュロさんは堪えきれずに吹き出した。
「自分から握っておいて、俺が握ったら恥ずかしがるのか」
「これは、ついうっかりです! そんなこと言うなら離して下さいよっ」
「いや、せっかくだから繋いでおこう」
何をもって〝せっかく〟なのか。繋いでおくと改めて言われると妙に意識してしまって、どうにもこうにも恥ずかしくて仕方ない。
「この手を離したら、アオバはすぐにいなくなるからな。鎖の代わりだ」
「そ、そうですか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます